AIが便利になるほど、失われるかもしれない「発達の機会」
今の子どもたちは、生まれたときからスマートフォンやタブレットが身近にある「デジタルネイティブ」と呼ばれる世代です。
そして、これから生まれてくる子どもたちは、さらにその先の「AIネイティブ」として成長していくことになります。
分からないことがあればAIに聞く。
宿題で困ったらAIが解き方を教えてくれる。
文章を書くのも、調べ物をするのも、何かを決めるときにも、AIが助けてくれる。
大人にとっても便利な技術ですし、子どもたちの学習や可能性を広げることにもつながるでしょう。
ただ、神経学や子どもの発達という視点から考えると、私は一つ気になることがあります。
便利になることで、子どもたちが本来経験するはずだった「脳を育てる機会」が、少しずつ失われていくのではないか。
今回は、AIの普及がこれからの子どもたちの脳や神経系の発達にどのような影響を及ぼす可能性があるのか、神経生理学や動物行動学の視点から考えてみたいと思います。
なお、AIが子どもの脳の発達を阻害することが科学的に証明されているわけではありません。
今回のお話は、現在分かっている神経科学の知見を基に、これから起こり得る問題を考察したものです。
子どもの脳は、経験によって育っていく
人間の脳は、生まれたときに完成しているわけではありません。
成長とともに、神経細胞同士のつながりが形成・調整され、神経回路が少しずつ成熟していきます。
その発達に大きく関係するのが、日々の経験です。
例えば、赤ちゃんが目の前のおもちゃに手を伸ばす場面を想像してください。
最初はうまくつかめません。
手を伸ばしすぎたり、狙ったところと違う場所に手が動いたりします。
それでも何度も繰り返すうちに、少しずつ上手につかめるようになります。
このとき脳の中では、視覚情報、身体の位置感覚、運動指令、実際に起こった結果などが統合されています。
大脳皮質や小脳を含む神経回路が関わり、経験に応じた学習が進んでいるのです。
つまり、単におもちゃを手に入れることが目的なのではありません。
おもちゃをつかもうとして、失敗し、修正し、もう一度試す。
この過程そのものに、神経系の発達にとって重要な意味があります。
これは身体の運動だけではありません。
言葉を覚えること。
友達と遊ぶこと。
相手の気持ちを考えること。
問題を解くこと。
自分の感情を落ち着かせること。
こうした経験の積み重ねによって、子どもたちの脳は発達していきます。
デジタルネイティブとAIネイティブでは何が違うのか
これまでのデジタル機器も、子どもの生活を大きく変えてきました。
昔は分からないことがあれば、辞書や図鑑で調べたり、先生や親に聞いたりしていました。
インターネットが普及してからは、検索するだけで大量の情報を得られるようになりました。
しかし、AIはさらに一歩進んでいます。
情報を探すだけでなく、考えることそのものを手伝ってくれるのです。
例えば、作文を書くとします。
これまでは、自分で何を書くか考え、言葉を探し、文章を組み立てる必要がありました。
うまく書けずに悩むこともあったでしょう。
ところがAIを使えば、テーマを伝えるだけで、きれいに整った文章が出来上がります。
もちろん、それを参考に学ぶこともできます。
しかし、AIが作った文章をそのまま使ってしまえば、自分で言葉を探し、考えを整理し、文章を構成する経験は少なくなります。
算数でも同じです。
問題が解けずに悩み、いくつかの方法を試し、間違いに気づく。
その過程が学習につながります。
AIが最初から解答を提示すれば、正しい答えは得られても、本人が同じように理解できたとは限りません。
ここに、AI時代の教育で考えなければならない問題があると思います。
前頭前野の発達への影響
大脳皮質の中でも、特に注目したいのが前頭前野です。
前頭前野は、計画を立てる、注意をコントロールする、衝動を抑える、情報を比較する、判断するなどの働きに関わっています。
これらは「実行機能」と呼ばれ、子どもの成長とともに発達していきます。
例えば、難しい問題が出たとき。
「どうすれば解けるかな?」
「この方法ではうまくいかないな」
「別の方法を試してみよう」
こうした思考には、前頭前野や前帯状皮質などを含む神経ネットワークが関わります。
子どもは、実際に考えて行動する経験を重ねながら、こうした能力を身につけていきます。
もし、分からないことがあるたびにAIが答えを教えてくれるとしたらどうでしょう。
自分で考える前に、AIに聞く。
迷ったら、AIに判断してもらう。
失敗しそうになったら、AIに正しい方法を教えてもらう。
これが日常的になれば、自分で判断したり、試行錯誤したりする機会が減るかもしれません。
もちろん、AIを使うことで前頭前野の機能が低下するという直接的な証拠はありません。
しかし、神経系が経験によって変化することを考えると、発達期にどのような認知活動を経験するかは無視できない問題です。
小脳の発達から考える「失敗すること」の大切さ
小脳は、身体のバランスや運動の調整に関わることで知られています。
しかし近年では、運動だけでなく、認知機能や言語、情動などにも関わることが分かっています。
小脳の重要な働きの一つが、予測と結果の違いを利用した学習です。
例えば、ボールを投げるとき。
これくらいの力で投げれば、あそこまで届くだろう。
そう予測して投げてみる。
ところが、思ったより手前に落ちた。
次は少し強く投げてみよう。
こうした繰り返しによって、運動は上達していきます。
認知的な活動でも、自分で予測し、結果を確認し、考えを修正する経験が重要です。ただし、認知的な誤りの修正を、すべて小脳の働きだけで説明できるわけではありません。
ここで私が懸念するのは、AIが間違いを減らしてくれることです。
間違わないことは、一見するとよいことに思えます。
しかし、発達という視点では、必ずしもそうとは限りません。
子どもにとって失敗は、単なる悪い結果ではなく、学習のための情報でもあるからです。
AIによって失敗を回避する機会が増えすぎると、自分で予測し、間違いに気づき、修正する経験が減る可能性があります。
私は、この点が今後のAI教育を考えるうえで非常に重要になると思っています。
感情の発達にも影響するかもしれない
もう一つ気になるのが、感情をコントロールする能力です。
子どもは最初から自分の感情を上手に調整できるわけではありません。
欲しいものが手に入らずに泣く。
友達とけんかする。
思いどおりにならなくて怒る。
失敗して落ち込む。
そうした経験の中で、周囲の大人に助けてもらいながら、少しずつ感情との付き合い方を学んでいきます。
この過程には、前頭前野、扁桃体、島皮質などを含む神経ネットワークが関わります。
では、将来の子どもたちが、困ったことや嫌なことがあるたびにAIに相談するようになったらどうでしょう。
AIは話を聞いてくれます。
優しい言葉をかけ、解決策を提示してくれるかもしれません。
それ自体は悪いことではありません。
一方で、いつも自分に合わせて応答してくれるAIとの関係と、実際の人間関係には違いがあります。
人間は、必ずしも自分の思いどおりに反応してくれません。
意見が食い違ったり、誤解されたり、時には我慢が必要だったりします。
そうした経験の中で、相手の気持ちを考えたり、自分の感情を調整したりする能力を身につけていきます。
もしAIとの関係が人間同士の交流を大きく置き換えるようになれば、社会的な経験の不足が生じる可能性があります。
ただし、AIが子どもの感情理解やコミュニケーションを助ける可能性もあります。
問題はAIと話すこと自体ではなく、人間との関係から学ぶ機会が減ってしまうことです。
動物行動学から見ても、遊びや探索には意味がある
野生動物の子どもたちは、遊びながら多くのことを学びます。
走る、追いかける、取っ組み合う、周囲を探索する。
こうした行動は、単に時間をつぶしているわけではありません。
身体の使い方や社会的なやり取り、環境に適応するための行動を学習する機会になっています。
もちろん、人間と他の動物では発達の仕組みや生活環境が異なるため、動物実験の結果をそのまま人間に当てはめることはできません。
それでも、能動的な探索や遊びが発達に重要であるという考え方は、神経科学と動物行動学に共通しています。
人間の子どもも同じように、身体を動かし、物に触れ、友達と遊び、失敗を繰り返しながら成長します。
泥だらけになって遊ぶ。
木に登ろうとしてうまくいかない。
友達とルールを決める。
思いどおりにならずにけんかする。
そして仲直りする。
大人から見れば、効率の悪いこともたくさんあります。
しかし、そこには身体、感覚、認知、感情、社会性が同時に働く経験があります。
AIやロボットが生活を便利にするほど、こうした一見非効率な経験の価値を、改めて考える必要があるのではないでしょうか。
本当に心配なのは、これから生まれてくる子どもたち
大人がAIを使う場合、すでに獲得した知識や経験を土台として、AIの回答を評価できます。
一方、これから生まれてくる子どもたちは、AIが当たり前に存在する環境で発達していきます。
何か分からないことがあれば、すぐにAIが答えてくれる。
文章も計算も、調べ物も相談も、AIが手伝ってくれる。
さらにフィジカルAIが普及すれば、日常生活のさまざまな身体作業までロボットが代行するようになるかもしれません。
そうなると、認知活動だけでなく、感覚運動経験も変わっていく可能性があります。
ここで考えたいのは、大人がAIを使って能力を失うことと、子どもが能力を獲得する機会を十分に経験しないことは、同じではないという点です。
神経系には、発達の時期によって経験の影響を受けやすい領域があります。
もちろん、幼少期にできなかったことが大人になってから獲得できないわけではありません。
しかし、発達の途中で必要な経験が不足した場合、後から別の方法で学習するために、より多くの支援や時間を要する可能性もあります。
AIネイティブ世代では、この問題を長期的に調べていく必要があると思います。
AIを使わない方がいいのか?
私は、AIを子どもから遠ざければよいとは思っていません。
AIには大きな可能性があります。
学習に困難がある子どもの理解を助けたり、興味を持ったことを深く調べたり、一人ひとりに合わせた学習を提供したりすることもできます。
これまで難しかったことが、AIによって可能になる子どももいるでしょう。
大切なのは、AIに何を任せるかです。
例えば、子どもが問題を解こうとしているとき。
AIが最初から答えを教えるのではなく、考えるためのヒントを出す。
間違えたら、正しい答えを提示するだけでなく、なぜ間違えたのかを一緒に考える。
作文でも、完成した文章を作ってもらうのではなく、子ども自身の考えを引き出すために使う。
このような使い方であれば、AIは神経系の発達を妨げるものではなく、学習を支援する道具になる可能性があります。
AIに考えてもらうのではなく、AIを使って自分がより深く考える。
子どもたちには、そのような使い方を身につけてほしいと思います。
AIが便利になるほど、人間に必要な経験とは何か
これからAIは、さらに進化していくでしょう。
今まで人間が時間をかけて行っていたことも、短時間でできるようになると思います。
しかし、人間の脳の発達まで、AIと同じ速さで変化するわけではありません。
子どもたちの神経系は、これからも身体を使い、感覚を受け取り、人と関わり、さまざまな経験を通して成長していきます。
私たち大人は、子どもが困っている姿を見ると、つい助けたくなります。
早く答えを教えた方が効率的ですし、失敗させない方が安心かもしれません。
AIは、そのような大人の思いにも応えてくれる技術です。
しかし、子どもの発達にとっては、大人がすべてを先回りして解決しないことにも意味があると思います。
分からないことを考える時間。
失敗して悔しい思いをすること。
もう一度挑戦すること。
友達と意見が食い違うこと。
自分の身体を使って、できなかったことができるようになること。
こうした経験は、結果だけを見れば遠回りに思えるかもしれません。
でも、その遠回りの中で、子どもたちは多くのことを学んでいます。
最後に
AIが人間の脳にどのような長期的影響を及ぼすのか、まだ分かっていないことはたくさんあります。
特に、これから生まれてくるAIネイティブ世代の神経発達については、十分な長期研究がありません。
ですから、AIによって子どもの脳が発達しなくなると断定することはできません。
ただ、脳が経験によって発達することは、神経科学の重要な知見です。
そう考えると、AIが子どもの日常からどのような経験を減らし、逆にどのような経験を増やすのかは、慎重に見ていく必要があります。
私が一番気になっているのは、AIによって子どもたちの知識が減ることではありません。
自分で考え、予測し、行動し、間違いを修正する。
その過程を経験しないまま、大人になっていく子どもたちが増えるのではないか。
ということです。
AIは、これからの社会に欠かせない技術になっていくと思います。
だからこそ、子どもたちにはAIを上手に使う力だけでなく、AIがなくても自分で考え、判断し、行動できる力を育んでほしい。
便利な時代になったからこそ、子どもたちが自分の身体と頭を使って経験する時間を、大切にしていきたいと思います。
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※上記にはAI利用そのものではなく、神経発達やデジタル環境に関する基礎研究も含まれます。本記事のAIネイティブ世代への長期的影響は、それらを基にした仮説・考察です。