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今回は、長く続く右腕のしびれで来院された、60代女性の症例をご紹介します。

病院ではレントゲンとMRI検査を受け、「軽度の頚椎ヘルニア」と診断されていました。

その後、リハビリにも通われていましたが、

「なかなかしびれが取れなくて……」

という状態が続き、知人の方からの紹介で当院へ来院されました。

右腕のしびれという症状だけを見ると、まず頚椎や神経根の問題を考えます。

実際、この方にも軽度の頚椎ヘルニアが確認されていました。

ただ、実際に身体を詳しくみていくと、今回の症状は「首だけ」で考えるには少し情報が足りないように感じました。

 

1日7時間、ほとんど座ったままの仕事

現在は、パチンコ店の換金所でパート勤務をされています。

勤務中は、ほぼ7時間座ったまま。

お金を受け取り、数え、確認し、手渡す。

細かい手作業を何度も繰り返します。

一方で、下半身や体幹を大きく動かす機会はほとんどありません。

こうした仕事環境は、単純に「姿勢が悪いから」という話ではありません。

長時間の座位が続けば、足裏から入る感覚刺激、股関節や骨盤の運動、体幹運動、前庭系への刺激なども少なくなります。

その一方で、手や腕は細かな作業を繰り返し続けます。

身体全体への刺激量に偏りが生じやすい仕事だと考えられます。

 

 

首や肩だけではなく、胸郭にも左右差

まず身体を確認すると、

斜角筋、僧帽筋、棘下筋、小胸筋などに強い圧痛がみられました。

これらは頚部、肩甲帯、上肢の動きに深く関わる筋肉です。

特に斜角筋や小胸筋は、姿勢や呼吸、上肢の使用状態によって過緊張を起こしやすい部位でもあります。

さらに、呼吸に伴う胸郭の動きにも左右差が確認できました。

胸郭は呼吸器としてだけでなく、肩甲骨や鎖骨、頚部、上肢が動くための土台でもあります。

胸郭の動きに偏りがあれば、その不足分を首や肩周囲の筋肉が補いやすくなります。

その結果、局所に負担が集中することがあります。

 

 

神経学的な検査でも、いくつかの左右差

今回は、右腕だけではなく、神経系全体の状態も確認しました。

血圧には左右差があり、全体的にやや高め。

酸素飽和度にも左右差がみられました。

もちろん、こうした数値だけで症状の原因を特定することはできません。

あくまで循環、呼吸、自律神経系を含めた全身状態を把握するためのひとつの情報です。

姿勢制御をみるロンベルグテストでは、閉眼すると身体の動揺が著明に大きくなりました。

片脚立位でもふらつきが強くみられました。

視覚情報を使えない状態では、前庭系や足裏、関節から入る体性感覚情報を利用して姿勢を保つ必要があります。

その部分にも不安定さがありました。

 

 

小脳系の検査では右側に低下

指鼻指試験では、右側で距離を正確に合わせる能力が低下していました。

さらに、手を素早く交互に動かす検査でも右側の動きに低下がみられました。

これらの検査は、小脳を含めた運動のタイミング調整や、動作の誤差修正機能をみるために使います。

小脳は単に「バランスを取る場所」ではありません。

筋緊張の調節、動作の滑らかさ、姿勢制御、眼球運動などにも深く関わっています。

症状のない足にも左右差

興味深かったのは、症状が出ている右腕だけではなく、右足にも感覚の左右差があったことです。

右足の小指と薬指で、「どの指に触れられているか」という識別覚が低下していました。

症状は右腕に出ている。

しかし、神経学的な左右差は右腕だけに限局していない。

この所見も、症状を局所だけで考えない方がよいと判断した理由のひとつでした。

 

 

右腕のしびれなのに、なぜ眼球運動をみるのか

眼球運動も確認しました。

両眼を内側に寄せる輻輳には左右差。

サッケードでは、目標を通り越してしまうオーバーシュート。

VORやヘッドインパルステストでは、眼球位置を修正するキャッチアップサッケードも確認されました。

「腕がしびれているのに、どうして目をみるのですか?」

と思われるかもしれません。

眼球運動には、前庭系、小脳、脳幹、大脳皮質など、多くの神経ネットワークが関与します。

そのため当院では、眼球運動も神経系全体の働きを把握するための重要な情報のひとつとして評価しています。

 

 

MRIのヘルニアだけでは説明しにくかった

MRIでは、軽度の頚椎ヘルニアが確認されています。

当然、そのヘルニアが右腕のしびれに関与していた可能性はあります。

ただし今回、

前庭系、小脳系、眼球運動、体性感覚、姿勢制御など、

複数の領域で左右差が確認されました。

これらすべてを「頚椎ヘルニアだけ」で説明するのは難しいと考えました。

ここからは、あくまで今回の症例に対する機能神経学的な考察になります。

 

 

今回考えたこと

この方の場合、

長時間の座位姿勢、

手先を使い続ける反復作業、

そして、前庭系、小脳、体性感覚系にみられた左右差。

これらが重なっていた可能性を考えました。

長時間身体を動かさない状態では、足裏からの感覚入力や、股関節・体幹の運動、前庭刺激などは少なくなりやすくなります。

その一方で、右腕や手指には同じ作業が何度も繰り返されます。

こうした刺激の偏りが続くことで、姿勢制御や筋緊張の調節にアンバランスが生じ、

斜角筋、小胸筋、僧帽筋、棘下筋などに慢性的な負担が集中していた可能性があります。

また、慢性化した痛みやしびれでは、筋肉や関節、神経根などの末梢組織だけでなく、感覚情報を処理する脳幹、小脳、大脳皮質、さらには疼痛を抑制・調整する神経系の働きも関係することがあります。

だから今回は、

「硬くなった筋肉だけを緩める」

という施術ではなく、

局所と神経系の両方から考える必要があると判断しました。

 

 

施術

施術では、まず呼吸と胸郭の動きを整えました。

そのうえで、

斜角筋、僧帽筋、棘下筋、小胸筋などに対して、トリガーポイントを意識した鍼治療を行いました。

さらに、顔面・頭部への刺鍼や、

眼球運動、前庭系、小脳、体性感覚などへの機能神経学的アプローチも組み合わせています。

施術を重ねるにつれて、右腕のしびれは徐々に軽減していきました。

最終的には、全14回の施術で症状は寛解しました。

現在は以前のような右腕のしびれは落ち着いており、

身体の状態を確認しながら、月に1〜2回のペースでメンテナンスに通院されています。

 

 

その手が歩んできた時間

長く施術をしていると、

身体の話だけではなく、

その方がどんな人生を歩んでこられたのかを聞かせてもらうことがあります。

この方は、娘さんが生まれて間もなく、DVを理由に夫と離婚されました。

離婚後は、一時的に生活保護を受けていた時期もあったそうです。

そこから生活を立て直すために、

昼間は正社員として事務の仕事。

仕事が終わると、夜は清掃のアルバイト。

そんな生活を続けながら、女手ひとつで娘さんを大学まで育て上げられました。

そして定年を迎えた今も、

その手はまだ働いています。

換金所でお金を数え、

受け取り、

確認し、

また手渡す。

施術をしながら、

少し節の太くなった彼女の手を見ていました。

「本当によく働いてきた手なんだろうな」

と思いました。

今回、私が診ていたのは右腕のしびれでした。

でも、その腕は、

これまで何十年も、

娘さんと自分の生活を支え続けてきた腕でもあります。

右腕のしびれだけではなく、

これまでずっと頑張ってきた身体そのものを、

少しずつ休ませてあげられたら。

そんなことを思った症例でした。

 

*本症例は、患者さんご本人の許可を得たうえで掲載しています。

 

参考文献・出典

  1. Dzakpasu F, et al. Musculoskeletal pain and sedentary behaviour in occupational and non-occupational settings: a systematic review with meta-analysis. Int J Behav Nutr Phys Act. 2021;18:159.
    長時間の座位行動と筋骨格系疼痛との関連を検討したシステマティックレビュー・メタ解析です。今回の「長時間座位+反復作業」という仕事環境を考察する際の参考としています。 PubMed

  2. Efstathiou MA, et al. Evidence of distorted proprioception and postural control in studies of experimentally induced pain: a critical review of the literature. Scand J Pain. 2022;22(3):445-456.
    疼痛と固有感覚・姿勢制御の変化との関連を整理したレビューです。ロンベルグや片脚立位などの姿勢制御所見を考える際の背景となります。 PubMed

  3. D'Souza C, et al. A review of descending pain modulation in humans. Front Pain Res (Lausanne). 2026;7:1743583.
    ヒトにおける下行性疼痛調節をまとめたレビューで、PAGや延髄などの脳幹領域に加え、前頭前野、前帯状皮質、島皮質、扁桃体などとの関連が整理されています。慢性疼痛を局所だけではなく、中枢神経系を含めて考察する根拠のひとつです。 PubMed

  4. Ossipov MH, Morimura K, Porreca F. Descending pain modulation and chronification of pain. Curr Opin Support Palliat Care. 2014;8(2):143-151.
    下行性疼痛抑制・促通系のバランス変化が、疼痛の慢性化に関与する可能性についてまとめたレビューです。 PubMed

  5. Napadow V, et al. The pain conductor: brainstem modulation in acute and chronic pain. Curr Opin Support Palliat Care. 2022.
    脳幹の複数の神経核が侵害受容入力を促通または抑制し、痛みの強度や慢性化に関与することを整理したレビューです。 PubMed

  6. D'Souza C, et al. Cortical and brainstem mechanisms of pain: linking defensive responses, descending modulation, and affective-sensory integration. 2026.
    疼痛を単純な末梢入力ではなく、感覚・情動・認知と脳幹の下行性調節が相互作用するネットワークとして捉えた近年のレビューです。 

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