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「左足に体重をかけると痛くて、普通に歩けないんです」

そう言って来院されたのは、40代の女性でした。

建築資材を扱う会社で事務職をされており、日中はほとんどパソコン作業。資材の在庫確認や数字の管理など、集中力を使う仕事が多く、座りっぱなしの時間が長いとのことでした。

さらに、ご家庭では小学生と保育園のお子さんを育てるお母さん。下のお子さんはまだ抱っこが必要なこともあり、仕事が終わっても体を休める時間はなかなか取れません。睡眠時間も短く、寝不足の日が続いていたそうです。

症状が出始めたのは、来院の約2週間前でした。

最初に出たのは、左太ももの後ろから膝裏にかけての痛みです。特に左足に体重をかけると痛みが強くなり、歩き方もかばうようになっていました。

整形外科ではレントゲン上に大きな異常はなく、「坐骨神経痛の可能性がある」と言われ、湿布と痛み止めが処方されました。

ところが、その後も下肢の痛みは強くなる一方でした。

さらに1週間ほど経つと、今度は左肩と左肘にも痛みが出てきました。

左肩は腕を上げようとしても90度あたりで痛みが出て、それ以上動かしにくい状態。髪を結ぶ動作もしづらくなっていました。

左肘は、手首を反らす動きや、前腕を外に回す動きで痛みが強くなりました。いわゆる外側上顆炎、テニス肘に近い状態です。

足の痛みから始まり、その後に肩と肘まで痛くなってきた。

単純に「足だけの問題」「肩だけの問題」「肘だけの問題」と分けて考えるには、少し違和感のある経過でした。

 

 

まず確認したこと

下肢に強い痛みがあり、歩き方にも影響が出ている場合、まず大切なのは、重篤な神経症状が隠れていないかを確認することです。

この方の場合、病的反射は確認されず、SLR、FNSといった坐骨神経や大腿神経に関係する検査も、大きな問題のない範囲でした。

もちろん、これだけですべてを判断することはできません。ただ、初回の時点では、急いで医療機関へ戻すべき明らかな中枢性のサインや、進行性の神経脱落所見は確認されませんでした。

そのうえで、痛みのある場所だけでなく、神経系の働き、感覚の左右差、姿勢の安定性まで含めて評価していきました。

痛い場所には、確かに強い反応がありました

左下肢では、大腿筋膜張筋や中殿筋の前側に強い圧痛がありました。触れると体が反応するような、いわゆるジャンプサインも確認されました。

左肩まわりでは、斜角筋、僧帽筋、三角筋に強い反応がありました。

左肘では、橈側手根伸筋に強い圧痛があり、手首を反らす動きや前腕を回す動きで痛みが増しました。

つまり、足・肩・肘それぞれに、局所的な筋肉や筋膜の過敏性は確かにありました。

しかし、この症例で重要だったのは、痛みのある場所だけではありません。

症状が左側に偏っていること。

最初に足の症状が出て、そのあと肩と肘にも広がってきたこと。

さらに、感覚や姿勢制御の検査でも左右差があったことです。

 

 

 

感覚と姿勢制御にも乱れがありました

下肢の検査では、アキレス腱反射や膝蓋腱反射に左右差がありました。上肢でも、上腕二頭筋反射に左右差が確認されました。

感覚検査では、左下腿部に痛覚過敏がありました。さらに、足の指を識別する検査では、第2趾と第3趾の区別がうまくできない状態でした。

これは、単に「足が痛い」というだけではありません。

足から入ってくる感覚情報を、脳が正確に処理しにくくなっている可能性があります。

足の指がどこにあるか。どの指に触れられているか。足の裏にどのように体重が乗っているか。

こうした感覚は、立つ、歩く、バランスを取るためにとても重要です。

実際に、ロンベルグテストでは目を閉じると大きく揺れ、片脚立位はできませんでした。継足歩行でも偏りがみられました。

目を開けていれば何とか立てるけれど、目を閉じると不安定になる。

これは、視覚に頼って姿勢を保っており、足底感覚や前庭系、小脳を含めた姿勢制御の働きが低下している可能性を示します。

また、眼球運動ではサッケードにオーバーシュートがみられました。目標物に視線を素早く移すときに、少し行き過ぎるような反応です。

顔面感覚では、三叉神経第3枝領域に左右差を認めました。ピンホイールでは分かりにくかったものの、単ピン刺激では左右差が確認されました。

このように、左下肢の痛みだけでなく、足趾の識別、姿勢制御、眼球運動、顔面感覚にも左右差がありました。

そのため当院では、局所の筋肉だけの問題ではなく、神経系全体の入力処理や痛みの調整機能も関わっている可能性があると考えました。

 

 

 

背景にあった、座りっぱなし・画面作業・睡眠不足

お話を詳しく伺うと、この方の生活背景には、体が回復しにくくなる要素がいくつもありました。

仕事では長時間のパソコン作業。

画面を見ながら数字を追い、ミスがないように集中し続ける時間が長い。体はあまり動いていなくても、脳はずっと緊張している状態です。

座りっぱなしが続くと、股関節、骨盤、背骨、足部の動きが少なくなります。足底からの刺激も減り、股関節まわりや下肢の筋肉は硬くなりやすくなります。

さらに、パソコン作業では視線が固定され、首や肩も前方に固まりやすくなります。斜角筋や僧帽筋など、首肩まわりの筋肉に負担がかかり、肩や肘の症状につながることもあります。

そして、子育てによる睡眠不足。

睡眠不足は、疲れが取れにくいだけではありません。痛みを感じやすくしたり、痛みを抑える働きを低下させたりすることがあります。

人の体には、痛みを抑える仕組みがあります。脳や脳幹から脊髄へ向かって、痛みの入力を調整する働きです。これを下行性疼痛抑制系、または下行性疼痛調整系と呼びます。

睡眠不足、ストレス、緊張、疲労が続くと、この痛みを抑える働きが低下し、普段なら気にならない刺激でも痛みとして感じやすくなることがあります。

この方の場合も、仕事、育児、睡眠不足、長時間の座位、スクリーンタイムが重なり、神経系に余裕がなくなっていた可能性があります。

 

 

 

施術は、まず呼吸の調整から行いました

初回の施術では、いきなり痛い場所へ強い刺激を入れるのではなく、まず呼吸の調整から始めました。

痛みが強く、感覚も過敏になっている方の場合、最初から強い刺激を加えると、かえって体が防御反応を起こすことがあります。

呼吸を整えることで、頚部や肩まわりの緊張を下げ、神経系が刺激を受け取りやすい状態をつくることを目的としました。

その後、四肢末端への刺鍼を行いました。

手足の末端は感覚入力が豊富な場所です。痛い場所だけを追いかけるのではなく、末端から穏やかな刺激を入れることで、神経系全体の反応を整えていきました。

次に、顔面・頭部への刺鍼を行いました。

この方は三叉神経第3枝領域に感覚の左右差があったため、顔面への刺激は、顔の局所だけでなく、脳幹レベルの感覚入力を整える意味もあります。

そのうえで、大腿筋膜張筋、中殿筋、斜角筋、僧帽筋、三角筋、橈側手根伸筋など、強い反応が出ていたトリガーポイントへ刺鍼を行いました。

局所の筋・筋膜の過敏性を下げること。

痛みを抑える働きを引き出すこと。

左側の感覚入力を整え、荷重しやすい状態をつくること。

この3つを意識して施術を進めました。

また、機能神経学的なアプローチとして、姿勢制御、足底感覚、眼球運動、左右差の変化を確認しながら刺激量を調整しました。

 

 

 

経過

初回の施術後、左肩と左肘の痛みは消退しました。

肩を上げたときの痛み、手首を反らしたときの肘の痛みも、その場で大きく変化しました。

これは、肩や肘の組織が一瞬で修復されたという意味ではありません。

痛みには、筋肉の緊張、防御反応、神経系の過敏性、動き方のクセなどが関わります。初回で変化が出たということは、肩と肘に関しては、神経系の調整や筋緊張の変化によって反応しやすい状態だったと考えられます。

一方で、下肢の痛みはすぐには消えませんでした。

歩行に影響が出るほどの痛みがあり、左足に体重をかけると症状が強くなる状態だったため、慎重に経過をみながら施術を重ねました。

回数を重ねるごとに、左下肢の痛みは少しずつ軽減していきました。

かばう歩き方が減り、左足に体重を乗せやすくなり、姿勢の安定性も少しずつ改善していきました。

7回目の施術で、下肢の症状も消退しました。

現在は、1ヶ月に1回ほどのメンテナンスで通院されています。初回から8ヶ月が経過していますが、今のところ再発はありません。

 

 

 

この症例で大切だったこと

今回の症例では、左太もも後面から膝裏の痛み、左肩の痛み、左肘の痛みがありました。

それぞれの場所に、筋肉や筋膜の過敏性はありました。

しかし、それだけではなく、左側の感覚処理、足趾の識別、姿勢制御、眼球運動、顔面感覚にも左右差がみられました。

そのため、単に「坐骨神経痛だから腰やお尻だけをみる」「肩が痛いから肩だけをみる」「肘が痛いから肘だけをみる」という対応では、不十分だった可能性があります。

痛みは、痛い場所だけで起きているとは限りません。

長時間の座りっぱなし。

パソコン作業による視覚と首肩への負担。

子育てによる抱っこ。

睡眠不足。

疲労やストレスによる痛覚抑制系の低下。

足底感覚や姿勢制御の乱れ。

こうした要素が重なった結果、まず下肢に痛みが出て、その後、肩や肘にも症状が広がったと考えられます。

 

 

 

痛みがある場所だけでなく、体全体の状態をみる

レントゲンで異常がないと言われても、痛みが強く出ることはあります。

そのような場合、骨だけでなく、筋肉、筋膜、神経、感覚入力、姿勢制御、睡眠、生活背景まで含めて考えることが大切です。

今回の方も、足の痛みだけでなく、肩や肘の痛み、感覚の左右差、バランスの不安定さがありました。

当院では、症状のある場所だけでなく、神経系の働きや姿勢制御、生活背景まで確認しながら、その方に合った刺激量で施術を行っています。

坐骨神経痛と言われたけれどなかなか改善しない方。

レントゲンでは異常がないと言われたけれど痛みが続いている方。

足、肩、肘など複数の場所に痛みが出ていて不安な方。

そのような場合は、痛い場所だけでなく、体全体のバランスや神経系の働きも含めて確認することが大切です。

 

 

参考文献

・NICE CKS. Sciatica / lumbar radiculopathy: red flag symptoms and signs.
・Staffe AT, et al. Total sleep deprivation increases pain sensitivity, impairs conditioned pain modulation and facilitates temporal summation of pain in healthy participants.
・Lewis GN, et al. Conditioned pain modulation in populations with chronic pain: a systematic review and meta-analysis.
・Dzakpasu FQS, et al. Musculoskeletal pain and sedentary behaviour in occupational and non-occupational settings: a systematic review.
・Ma KL, et al. Management of Lateral Epicondylitis: A Narrative Literature Review.
・Dua A, et al. Myofascial Pain Syndrome. StatPearls.
・Goldman N, et al. Adenosine A1 receptors mediate local anti-nociceptive effects of acupuncture.
・Lv Q, et al. The Involvement of Descending Pain Inhibitory System in Electroacupuncture-Induced Analgesia.

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