こんにちは。
はる鍼灸整骨院 院長の島井浩次です。
今回ご紹介するのは、30代女性の患者さんのお話です。
2人のお子さんを育てながら、食品製造のパートとして働く日々。
忙しい毎日の中でも、家族との時間をとても大切にされている方でした。
趣味は、家族で行くキャンプ。
休日になると、少し早起きをして車に荷物を積み込み、自然の中へ出かける。
焚き火を囲みながら、子どもたちの笑い声を聞く時間が、何よりの楽しみだったそうです。
「外で食べるごはんって、なんであんなに美味しいんでしょうね」
そう笑って話してくれた表情が、とても印象的でした。
ですが、そんな日常に少しずつ変化が現れます。
「最近、ふとした瞬間にフラッとするんです」
「立っていると、身体が傾いて倒れそうになることがあって…」
最初は疲れのせいだと思っていたそうです。
しかし、その違和感は徐々に頻度を増していきました。
キャンプの準備中、立ち上がった瞬間に視界が白く飛ぶ。
子どもを見ながら立っていると、自分だけがゆっくり傾いていくような感覚。
「このまま倒れるんじゃないかって、怖くて…」
やがて外出すること自体にも不安を感じるようになり、
楽しみだったキャンプにも行けなくなってしまいました。
耳鼻科では「異常なし」
脳神経内科でも「問題なし」
それでも症状は確かにある。
「原因が分からないのが、一番しんどいですね」
そう言って、少し不安そうな表情で来院されました。
■ 来院までの経緯
患者さんは30代女性。趣味は家族でキャンプ。
2児の母で、食品製造のパート勤務をされています。
症状は
・眩暈
・ふらつき
・光過敏
・不眠
特に特徴的だったのは、
「ふとした瞬間に、身体がスーッと傾いて倒れそうになる」
「時々、視界が白く飛ぶような感覚がある」
という訴えでした。
耳鼻科では
・眼振なし
・聴覚正常
→「前庭性ではなさそう」と判断。
その後、脳神経内科でも
・画像検査異常なし
つまり「器質的異常なし」とされていました。
しかし症状は続いている。
むしろ、不安と不眠で悪循環に入っている状態でした。
■ 初診時の印象
問診の段階で感じたのは、
・軽度の不安状態
・睡眠の質低下
・慢性的な疲労感
です。
ここで重要なのは、単なる「精神的問題」と片付けないことです。
不安や不眠は結果であって原因ではないことが多い。
特に神経系の機能異常では、二次的に起こることが非常に多いです。
(*ここから少し専門的な内容になります)
■ 神経学的評価
ここからがこの症例の本質です。
● 自律神経・循環系
・瞳孔不同
・血圧の左右差
・SpO₂の左右差
→これは明確に中枢統合の左右差を示唆します。
特に重要なのは
「単なる数値異常ではなく左右差がある」という点です。
これは脳幹〜視床下部〜自律神経系の出力に偏りがあるサインです。
● 姿勢制御
・ロンベルグ動揺大
・片脚立位困難
・閉眼で立位保持不可
→これは典型的な
- 前庭系
- 小脳
- 深部感覚
の統合不全です。
ただし足部感覚は正常。
つまり
末梢ではなく中枢統合の問題と判断できます。
● 眼球運動
・サッケード:オーバーシュート
・輻輳保持不可
これは重要な所見です。
サッケードのオーバーシュートは
→ 小脳(特に虫部・片葉)の制御低下
輻輳不全は
→ 中脳レベル+前庭眼反射系との統合異常
つまり、
視覚―前庭―小脳のネットワーク異常
が明確に疑われます。
● 視線と姿勢の関係
・右上方視で動揺増大
・バランスパッド上で顕著
これは非常に重要なヒントです。
視線方向で姿勢が崩れる場合、
→ 前庭半規管(今回は右前半規管)
→ 小脳フロックルス
→ 前庭核
このループの機能低下が強く示唆されます。
● VOR評価
・右前半規管角度で視点保持不可
・ヘッドインパルスは正常
ここがポイントです。
ヘッドインパルス正常
→ 末梢前庭は保たれている
VOR機能低下
→ 中枢処理(小脳・前庭核)の問題
つまり
「壊れている」のではなく「うまく使えていない」状態
です。
● 頚部の評価
・右後頚部(頭板状筋)
→ 痛覚過敏
→ 振動覚低下
さらに
・頚部伸展で眩暈誘発
・エンドフィールの詰まり感
これはかなり重要です。
頚部には
- 筋紡錘
- 関節受容器
- 皮膚受容器
が密集しており、これらは
→ 小脳
→ 前庭核
→ 上丘
へ強く入力します。
つまり
頚部は「第二の前庭」とも言える感覚器
です。
今回の症例では、
右後頚部の感覚入力異常
↓
前庭・小脳への誤情報
↓
姿勢制御エラー
という流れが考えられます。
● 歩行
・継足歩行困難
・床が傾く感覚
これは
空間認知の歪み(body schemaの破綻)
です。
単なる筋力ではなく、
「どこに足を置けばいいか分からない」というのは
→ 小脳
→ 頭頂葉
→ 前庭入力
の統合異常です。
■ 病態のまとめ(仮説)
この症例を統合すると
- 右後頚部の感覚異常
- 小脳の制御低下
- 前庭統合の不一致
- 自律神経の左右差
これらが連鎖して
「姿勢制御システムの不安定化」
を引き起こしていると考えました。
さらに
不眠
↓
脳代謝低下
↓
小脳・前庭機能低下
という負のループも加わっています。
■ 施術戦略
① 呼吸調整
まず最初に行ったのは呼吸です。
目的は
- CO₂調整
- 脳血流安定化
- 静止膜電位の回復
呼吸が浅いと
→ 神経細胞は過敏化しやすい
→ シグナルのノイズが増える
ここをまず整えます。
② 鍼刺激による左右性調整
刺鍼により
- 侵害受容入力のリセット
- 交感神経の左右差調整
- 脊髄後角のゲーティング
を狙います。
特にこの症例では
「左右差」がキーなので
左右バランスの再構築が目的です。
③ 頚部へのアプローチ
右後頚部への刺鍼
これは単なる筋治療ではなく
→ 頚部固有感覚の再入力
→ 小脳への正確な情報供給
が目的です。
振動覚低下がある時点で
「入力の質が落ちている」ためです。
④ 前庭・小脳アプローチ
・視線誘導
・頭位変化
・バランストレーニング
を組み合わせて
誤った内部モデルの修正
を行います。
⑤ 自宅指導
・小脳系エクササイズ
・後頚部温熱
温熱は
→ 血流改善
→ 感覚入力の正常化
に寄与します。
■ 経過
初回の施術後、
まず変化が現れたのは「身体の感覚」でした。
施術直後、継足歩行を再度確認すると、
来院時には一歩も安定して進めなかった状態から、ゆっくりではありますが数歩踏み出せるようになっていました。
「あれ…さっきより、ちゃんと立ててる感じがします」
ご本人も少し驚いたような表情をされていたのを覚えています。
さらに、右上方へ視線を向けた際のふらつきも軽減。
この時点で、「入力が変われば出力が変わる」ことが確認できました。
2回目の来院時には、
「フラッとする回数が、少し減ってきた気がします」
と、控えめながらも変化を実感されていました。
ただし、不安感や睡眠の質はまだ不安定な状態です。
3回目の施術後。
「そういえば、昨日は一回もフラッとしなかったです」
何気ない一言でしたが、これは大きな変化です。
“気づいたら症状が出ていなかった”という状態は、神経系の安定化が進んでいるサインでもあります。
4回目の来院時。
少し表情が明るくなり、こんな報告をしてくださいました。
「この前、久しぶりに子どもたちと公園に行けたんです。」
「ずっと立ってても大丈夫で、“あ、大丈夫かも”って思えました。」
そして、少し照れたように続けて、
「キャンプも、そろそろ行けそうな気がします。」
と話されていました。
5回目の施術後。
来院されたときの第一声が印象的でした。
「行けました、キャンプ。」
その一言に、これまでの経過がすべて詰まっているようでした。
詳しくお話を伺うと、
朝から準備をして、家族で車に乗り、いつものキャンプ場へ。
テントを張っている最中も、以前のような不安感は出ず、
焚き火の前で座っている時間も、安心して過ごせたとのことでした。
「まだ少し怖さはありましたけど、それより“楽しい”が勝ちました。」
そう笑って話される表情は、初診時とはまったく違っていました。
6回目の施術時には、
・ロンベルグ動揺の改善
・片脚立位の安定
・眼球運動の精度向上
といった検査所見も明らかに改善。
ご本人も
「もう、あのフラッとする感じは出ていません」
とおっしゃり、症状はほぼ消退しました。
■ この症例の本質
この症例の本質は
「壊れていないのに機能していない」状態
です。
画像では異常がない。
でも神経ネットワークは乱れている。
特に重要なのは
- 頚部感覚
- 前庭入力
- 小脳制御
この3つの統合です。
■ 臨床的示唆
このタイプの眩暈は
- 検査で異常が出にくい
- 心因性と誤解されやすい
しかし実際には
極めて神経学的な問題です。
そして
適切に評価すれば
改善可能なケースが多い。
■ 最後に
「異常はありません」
と言われたあとに残る不安。
それは決して気のせいではありません。
身体は、必ず何かのサインを出しています。
それを丁寧に拾い、整理し、再構築する。
それが私たちの役割だと考えています。
同じように悩んでいる方に、
少しでもヒントになれば幸いです。
■ 参考文献
- Kandel ER et al. Principles of Neural Science
- Guyton and Hall Textbook of Medical Physiology
- Leigh RJ, Zee DS. The Neurology of Eye Movements
- Cullen KE. Vestibular processing during natural self-motion
- Proske U, Gandevia SC. The proprioceptive senses
- Dieterich M, Brandt T. Functional brain imaging of vestibular disorders
- Schmahmann JD. The cerebellum and cognition
- Tracey I, Mantyh PW. The cerebral signature for pain perception