はじめに
こんにちは。
大阪・枚方市のはる鍼灸整骨院です。
今回ご紹介するのは、
40代女性・オーナーパティシエの方の症例です。
ケーキ屋さんのショーケース越しに見る、
子どもたちの弾けるような笑顔。
その裏側で、
毎朝4時から仕込みを始め、
夜8時まで立ちっぱなしで厨房に立ち続ける——
そんな12年間を積み重ねてこられた方でした。
来院時の主訴 「朝が一番つらい」という違和感
主な症状は、
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左腰の痛み
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左臀部から太もも裏にかけてのしびれ感
特徴的だったのは、
「仕事中は気にならないんです。でも、朝起きた時が一番しびれる」
という訴えでした。
1か月前には整形外科でMRI検査を受け、
腰椎椎間板ヘルニアと診断。
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けん引治療
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マッサージ
を続けたものの、
症状はほとんど変わらなかったそうです。
時期的な焦り「クリスマスまでに何とかしたい」
来院されたのは秋。
パティシエにとって、
クリスマスは1年で最も過酷な時期です。
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仕込み量は通常の何倍
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休憩はほぼ取れない
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冷蔵・冷凍素材を扱うため、厨房は常に低温
特にこの方の職場環境は、
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夏:エアコン18℃
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冬:暖房なし
という、
筋・神経にとっては非常に厳しい条件でした。
「それでも辞めたいとは思わない」
それでも彼女は言いました。
「お客さんが喜んでくれる顔を見ると、全部報われるんです」
「特に子どもさんの笑顔は、最高の報酬ですね」
この言葉が、
治療のゴール設定を明確にしてくれました。
「仕事を続けながら、症状を改善する」
それが今回の前提条件でした。
検査① 筋・トリガーポイントの評価
まず目立ったのは、
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左中殿筋・小殿筋に強度のジャンプサイン
軽く触れただけで、
身体が思わず逃げるような反応。
これは単なる筋疲労ではなく、
慢性的な侵害入力を出し続けている状態です。
検査② 「坐骨神経痛っぽいのに、知覚が合わない」
興味深かったのは知覚検査です。
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しびれを訴える 左臀部・太もも裏
→ 明らかな知覚低下なし -
一方で
- 左下腿前面
- 左拇趾
には、痛覚過敏が存在していました。
つまり、
「症状の出ている場所」と
「神経の反応が異常な場所」が一致していない
典型的な根性坐骨神経痛とは、
パターンが異なります。
検査③ 足底という忘れられがちな感覚器
さらに重要だったのが足部の評価です。
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左足の足長は右より短い
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左足はハイアーチ傾向
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足底アーチの弾力は左が硬い
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左足底の
- 痛覚
- 振動覚
が低下
足底は、
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姿勢制御
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歩行
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立位時の安定
すべてに関わる感覚入力の要です。
既往歴がつながる瞬間 学生時代の右足関節捻挫
ここで重要な情報が出てきました。
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学生時代:器械体操部
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右足関節の重度捻挫
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長期間の固定歴あり
一見、右と左で関係なさそうですが、
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右足関節の可動性・感覚低下
→ 左下肢への代償負荷
→ 左殿筋群・足底への過剰入力
という連鎖は、
臨床では決して珍しくありません。
検査④ 神経学的評価(ここが決定打)
眼球運動
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パスート中にサッケード混入
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サッケードでオーバーシュート
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左パスート時に右口角が無意識に上がる代償
これは、
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小脳
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前庭
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大脳皮質
の協調が乱れているサインです。
バランス系
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大きな破綻はなし
指鼻指試験
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測定感覚(位置覚)の低下
ここで見えてきたのは、
「神経が圧迫されている」のではなく
「神経系の統合が乱れている」状態
でした。
なぜ朝だけしびれるのか?
ポイントは血流です。
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朝は
- 体温が低い
- 血流がまだ十分に上がっていない -
冷えた環境で働く
-
殿筋にトリガーポイントがある
この条件が重なると、
トリガーポイント由来の関連痛が
神経痛様のしびれとして表現される
という現象が起こります。
つまり、
ヘルニアは存在するが、主犯ではない
という判断に至りました。
施術方針 「削る」のではなく「整える」
① トリガーポイント鍼治療
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左小殿筋
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左中殿筋
に対し、
過剰な侵害入力を一度リセットする目的で介入。
② 機能神経学的アプローチ
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眼球運動
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感覚入力(特に足底)
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小脳—皮質連関の再統合
を段階的に調整。
経過 「朝のしびれ」が少しずつ薄れていく
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1〜3回目:
朝のしびれはあるが、持続時間が短縮 -
4〜6回目:
「朝起きた直後だけ少し違和感」 -
7回目:完全消退
仕事量は変えず、
厨房環境も変えず、
それでも症状は消えていきました。
最終評価 これは「ヘルニアのしびれ」ではない
この症例から分かることは、
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MRIに異常がある=原因とは限らない
-
坐骨神経痛様症状でも
根性症状とは限らない -
筋・感覚・小脳・眼球運動
これらは一つのシステム
という事実です。
まとめ 「神経は、挟まれていなくても悲鳴を上げる」
神経は、
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押されても
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切れなくても
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挟まれていなくても
「使われ方」が崩れるだけで不調を訴えます。
今回のように、
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トリガーポイント
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感覚入力の左右差
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小脳—皮質連関の乱れ
が重なると、
画像では説明できない症状が生まれます。
同じような方へ
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ヘルニアと言われた
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でもリハビリで変わらない
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朝だけ症状が強い
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仕事中は意外と平気
こうした方は、
神経の「圧迫」以外の視点が必要かもしれません。
出典・参考文献
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Travell JG, Simons DG. Myofascial Pain and Dysfunction: The Trigger Point Manual. Williams & Wilkins.
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Butler DS, Moseley GL. Explain Pain. Noigroup Publications.
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Shumway-Cook A, Woollacott M. Motor Control: Translating Research into Clinical Practice. Lippincott Williams & Wilkins.
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Kandel ER et al. Principles of Neural Science. McGraw-Hill.
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Hodges PW, Tucker K. Moving differently in pain: A new theory to explain the adaptation to pain. Pain. 2011.