はじめに
こんにちは。
大阪府枚方市の はる鍼灸整骨院 院長の島井です。
今回ご紹介するのは、
「三叉神経痛(左第3枝)」 によって、
3年間ものあいだ当たり前の日常を少しずつ奪われていった、
40代男性会社員の方の回復ストーリーです。
強烈な電撃痛。
「噛む」「話す」「歯を磨く」
誰にとっても無意識に行っている動作が、
この方にとっては恐怖そのものでした。
患者さんの背景
- 40代男性
- 会社員(自動車部品の配送管理)
- 2児の父
- 趣味:草野球
- 週2回の練習
- シーズン中は試合も多い
仕事では現場とデスクを行き来し、
家では父親としての役割をこなし、
週末はグラウンドに立つ。
とても活動的で、責任感の強い方です。
しかし、3年前から
左下顎に走る激痛 が、
その生活を静かに、確実に変えていきました。
発症から診断まで
3年前、ある日突然。
「歯を磨いた瞬間、
バチッと電気が走ったんです」
左の下顎。
歯なのか、顎なのか、わからないほどの衝撃。
最初は
「虫歯かな?」
「疲れてるだけかも」
そう思って様子を見ていたそうですが、
- 咀嚼時
- 会話中
- 歯磨き中
些細な刺激で、電撃のような痛み が走るようになりました。
病院を受診し、診断されたのが
三叉神経痛(左第3枝)。
抗てんかん薬が処方され、
「薬でコントロールしていきましょう」
と説明を受けました。
薬とともに過ごした3年間
薬を飲むと、
たしかに発作の頻度は少し落ち着きました。
ただし
-
何もしていなくても
「シクシク」「ズキズキ」と鈍い痛みが残る -
咀嚼への恐怖が消えない
-
食事量が減る
「噛むのが怖くて、
自然と柔らかいものばかり選ぶようになりました」
その結果、
3年間で体重は約7kg減少。
さらに3カ月前、
症状が再び悪化。
薬を増量するも、
「少しマシになった程度」。
主治医からは
手術(微小血管減圧術) を勧められます。
「正直、怖かったです。
でもこのまま一生、
痛みに怯えながら生きるのも嫌で……」
悩んだ末、
いったん手術は保留。
「もう少し、薬で様子を見る」
という選択をされました。
そんなとき、
知人から当院を紹介されます。
初診時の印象
問診室に入ってこられた瞬間、
私はある一点に目が留まりました。
深く刻まれた眉間のしわ。
無意識のうちに顔をこわばらせ、
痛みを耐え続けてきた時間が、
そのまま表情に刻まれているようでした。
「寝てるときは、不思議と痛まないんです。
痛みで目が覚めることもありません」
この一言は、
後の評価と治療方針を考えるうえで
非常に重要なヒントになりました。
神経学的評価・検査
① 顔面感覚検査
- 左下顎(V3)
- 左頬(V2)
に 痛覚過敏 を認めました。
軽く触れるだけでも、
ピリッとした不快感が走ります。
② 下肢の感覚検査
一見、顔とは関係なさそうな
左下腿部。
しかしここで、
- 痛覚
- 振動覚
ともに 過敏化 を確認。
これは
中枢(脳・脳幹レベル)での感覚処理の過敏
を示唆します。
③ 眼球運動検査
パースート(追従眼球運動)に
サッケードの混入。
本来なめらかに動くはずの眼球が、
途中でカクカクと跳ぶ。
これは
下行性疼痛抑制系 や
脳幹ネットワーク の機能低下と
関連する所見です。
④ 小脳検査
小脳系の明らかな異常はなし。
つまり、
- 局所(三叉神経領域)の過敏化
- 中枢性の痛覚制御低下
この 二層構造 が
痛みを長期化させていると考えました。
なぜ「寝ている間は痛まない」のか?
ここはとても大切なポイントです。
睡眠中は、
-
意識的な運動
-
咀嚼
-
会話
がありません。
同時に、
-
大脳皮質の活動が低下
-
脳幹・自律神経優位
となり、
下行性疼痛抑制系が働きやすい状態 になります。
つまりこの方の痛みは、
「構造が壊れているから常に痛い」
のではなく、
「起きて活動すると
痛みのブレーキがうまくかからない」
状態だったと考えられます。
治療方針
① 局所の過敏化を落ち着かせる
② 下行性疼痛抑制系を賦活する
この2本柱で進めることにしました。
施術①:顔面への鍼治療
まずは
三叉神経領域の局所過敏 に対するアプローチ。
- 刺激量は極めて穏やか
- 痛みを誘発しない深さ
- 神経の「興奮を鎮める」目的
施術中、患者さんは静かに目を閉じ、
「……正直、
刺されるのも怖かったです。」
と、あとで話してくださいました。
その恐怖心自体も、
神経系には大きな影響を与えます。
施術②:機能神経学的アプローチ
● 眼球運動による下行性疼痛抑制の賦活
● 末梢からの感覚入力調整
特に眼球運動は、
- 脳幹
- 視床
- 中脳水道周囲灰白質(PAG)
と深く関わり、
痛みの抑制回路 を刺激します。
「これ、治療なんですか?」
と、少し不思議そうな表情で
眼を動かしておられました。
1〜3回目:変化なし
正直に言います。
最初の3回は、ほぼ変化なし。
「……正直、
まだよくわからないですね」
その言葉に、
私はむしろ安心しました。
長年続いた神経過敏は、
「スイッチを切る」ようには変わりません。
4〜5回目:静かな変化
4回目を終えた頃。
「そういえば、
昨日の夕方、
痛くない時間がありました」
5回目では、
「歯磨きの途中で
『あれ?今日は来ないな』って」
痛みのない時間が、
少しずつ増え始めました。
その後の経過
- 週1回の施術
- 全16回
結果、
- 日常生活での激痛は消失
- 夕方に たまにシクシクする程度
「久しぶりに、
普通にご飯が食べられました」
その一言が、
何より印象に残っています。
現在の状態
-
1〜2カ月に1回のメンテナンス通院
-
病院の主治医と相談しながら
段階的に減薬 → 現在は薬ゼロ
草野球も再開。
「最近、
また外野を走れるようになりました」
眉間のしわは、
初診時より明らかに柔らいでいました。
この症例から伝えたいこと
三叉神経痛は、
-
「神経が壊れている」
-
「手術しかない」
そう思われがちです。
しかし実際には、
-
神経の過敏化
-
痛みを抑える仕組みの低下
という “機能の問題” が
大きく関与しているケースも少なくありません。
もちろん、
すべての方が同じ経過をたどるわけではありません。
それでも、
「もう打つ手がない」
と感じている方に、
こういう選択肢もある
そのことだけは、
知っていただけたらと思います。
おわりに
痛みは、
目に見えません。
だからこそ、
「わかってもらえない」
「伝わらない」
という孤独を伴います。
今回の症例が、
どこかで同じように悩んでいる方の
小さな希望になれば幸いです。
参考・出典文献
-
Fields HL. State-dependent opioid control of pain. Nat Rev Neurosci. 2004
-
Basbaum AI, Fields HL. Endogenous pain control systems. Annu Rev Neurosci. 1984
-
Ossipov MH et al. Descending modulation of pain. Pain. 2010
-
Borsook D et al. Neuroimaging of trigeminal pain. Headache. 2011
-
Tracey I, Mantyh PW. The cerebral signature for pain perception. Neuron. 2007
-
Schaible HG. Peripheral and central mechanisms of pain generation. Handb Exp Pharmacol. 2007