顎関節症と脳神経バランスの関係を探る
こんにちは。
大阪府枚方市「はる鍼灸整骨院」院長の島井浩次です。
毎日の仕事や人間関係のストレスで、知らず知らずのうちに「食いしばるクセ」がついていませんか?
それが続くと、顎の痛みや音、口の開けづらさなど、いわゆる「顎関節症」の症状として現れることがあります。
今回は、半年前から顎の痛みに悩まされていた55歳の女性が、
鍼と機能神経学的アプローチによって症状を克服したケースを紹介します。
◆ ストレスを抱えた日常と、顎の痛みの始まり
55歳、商社勤務。営業管理職として多くの部下をまとめ、取引先とのやり取りも多い日々。
「人の前では常に冷静でいなければ」と、自分の感情を押し込めて頑張ってきたそうです。
そんな彼女が「左の顎が痛い」と感じ始めたのは半年前。
最初は「寝ている間に歯を食いしばったかな?」と思う程度でしたが、
次第に、食事中やあくびをするだけでも痛みが走るようになりました。
「朝から顎が重く、口を開けると“ギシッ”と音がする」
その違和感に不安を感じ、歯科を受診。
検査では、骨や関節円板の異常はなく「顎関節症」と診断。
マウスピースを処方され、数か月使用しましたが、
痛みは一進一退。次第に肩こりや腰痛、不眠も加わり、
「もう何をすればいいかわからない」と感じるようになったそうです。
そんな時、インターネット検索で「はる鍼灸整骨院」の症例ブログを見つけ、来院されました。
◆ 初回の状態:開口2横指、顎を開けると左が痛む
初診時の開口量は2横指(約2.5cm程度)。
口を開けるときに、左顎の関節部に鋭い痛みを感じ、開ける途中で止めざるを得ませんでした。
さらに問診では、
- 左肩から背中にかけてのコリ
- デスクワーク後の腰の重だるさ
- 寝つきが悪く夜中に何度も目が覚める
- 朝起きた瞬間から肩がこっている
といった全身の不調も訴えていました。
本人も「仕事のストレスが大きい」と話されており、
身体的な痛みだけでなく、自律神経や脳の緊張が抜けない状態が続いている印象でした。
◆ 神経学的検査で見えた“痛みの背景
当院では、筋肉や関節だけでなく、神経の働きと脳の情報処理の状態を検査します。
触診では、
- 咬筋(噛む筋肉)に強い緊張と圧痛
- 内側翼突筋、側頭筋にも圧痛
- 特に側頭筋への圧迫で「そこ!」とジャンプサインを確認
神経学検査では、
顔面の感覚に左右差(左の第2枝・第3枝が過敏)
- パースート(滑らかな眼球運動)にサッケード混入
- 輻輳反射に左右差
- ロンベルグ・継足歩行で動揺
- フィンガートゥノーズテストで左側の精度低下
これらから、左の三叉神経系および小脳・脳幹の連携機能低下が疑われました。
つまり、単なる「噛みすぎ」「筋肉のコリ」ではなく、
脳が左右のバランスをうまく制御できていないことによる筋緊張のアンバランスが背景にありました。
◆ 鍼治療と機能神経学アプローチの組み合わせ
施術では、トリガーポイント鍼治療と機能神経学的アプローチを組み合わせました。
【トリガーポイント鍼治療】
咬筋・内側翼突筋・側頭筋などの深層筋にアプローチし、
過剰に興奮していた筋スパズムを鎮めます。
痛みのある筋肉に直接刺激を入れることで、
局所循環の改善とともに、脳の「痛みの記憶」を上書きしていきます。
【機能神経学的アプローチ】
- 顔面感覚と眼球運動の左右差を整える神経刺激
- 小脳・前庭系の連携改善トレーニング
- 呼吸のリズムを整える胸郭リリース
- 耳介への軽い刺激による迷走神経活性化
これらを組み合わせることで、
「筋肉」だけでなく「脳神経ネットワーク」そのものを調律していきました。
◆ 施術経過:少しずつ変わっていく身体と感覚
● 1〜3回目
痛みの強さに波はありましたが、施術後は「顔の軽さ」を実感。
睡眠の質も少しずつ改善し、朝の目覚めが楽になり始めました。
● 4〜6回目
「朝の口のこわばりが減ってきた」とのこと。
咀嚼中の痛みが半減し、顎の動きもスムーズに。
この時点で開口量は約2.5→2.8横指へ。
● 7〜9回目
肩こりや頭の重だるさが軽くなり、
仕事後も「顎が気にならない日」が増えてきました。
不眠傾向も改善し、入眠までの時間が短縮。
顎を開けるときの「カクッ」というクリック音も軽減。
● 10〜11回目
痛みはほぼ消失。開口時もスムーズに動き、
開口量は最終的に3横指(約4.5cm)まで改善しました。
「久しぶりにステーキをしっかり噛めた」と笑顔で話されました。
現在は月に1回、全身バランスを整えるメンテナンス施術を継続しています。
◆ 顎関節症は「局所」ではなく「全身の協調性の乱れ」
顎関節症という名前から「顎だけの問題」と思われがちですが、
実際には、脳幹・小脳・三叉神経・自律神経・筋骨格系が複雑に連動しています。
特に三叉神経は、顔面や顎だけでなく、脳幹や自律神経中枢にも投射しています。
そのため、過剰な食いしばりやストレスによる緊張が続くと、
顎だけでなく、首や肩、頭、さらには睡眠や内臓機能にまで影響を及ぼします。
つまり顎関節症は、
「身体が緊張モードから抜けられなくなっているサイン」ともいえます。
◆ 神経学的に見る“噛みしめとストレスの関係”
ストレスを受けると、脳の「扁桃体」が反応し、交感神経が優位になります。
その結果、咬筋・側頭筋などの顎周囲筋に過緊張が起こり、
「噛みしめ」や「歯ぎしり」が無意識のうちに強まります。
一方で、小脳や脳幹の抑制系が弱まると、
筋肉の張力調整が効かなくなり、同じ部位に持続的な負担がかかります。
この悪循環が続くことで、顎関節周囲に慢性炎症や神経過敏が起こり、
少しの刺激でも「痛い」と感じやすくなる状態になります。
鍼治療や機能神経学アプローチでは、
この“神経の誤作動ループ”を断ち切ることを目的としています。
◆ 体だけでなく「心の余白」も回復していく
施術を重ねるにつれて、彼女の表情も変わっていきました。
初回来院時は、眉間にしわを寄せ、話すたびに顎を気にしていましたが、
終盤には自然な笑顔で会話が弾むように。
「顎の痛みが減ったら、仕事中に人と話すのが楽しくなった」
「夜の眠りが深くなり、朝スッと起きられるようになった」
身体の改善は、心の余裕にもつながります。
顎の痛みという“身体のサイン”をきっかけに、
自分のペースを見つめ直す時間を取り戻せたことが、
この方にとって何よりの回復でした。
◆ 院長よりメッセージ
顎関節症は、単なる「噛み合わせのズレ」ではなく、
脳と身体の協調性の乱れとして現れるケースが多くあります。
仕事のプレッシャー、長時間のPC作業、睡眠不足、
そして「頑張り続ける」気持ち。
これらが積み重なることで、神経系のバランスが崩れ、
筋肉の過緊張や感覚過敏を引き起こします。
検査で異常がなくても、
「痛みがある」「開けづらい」と感じているなら、
それは身体からのメッセージです。
鍼と神経学的アプローチは、
痛みを「無理に抑える」治療ではなく、
脳がもう一度“整う感覚”を思い出すきっかけを与える療法です。
「顎が痛い」「口を開けづらい」だけでなく、
「肩こり」「不眠」「頭の重さ」などが続いている方も、
ぜひ一度、神経のバランスから身体を見直してみてください。
【参考・出典文献】
-
Okeson JP. Management of Temporomandibular Disorders and Occlusion. Mosby.
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De Laat A, et al. Relationship between temporomandibular disorders and stress. J Oral Rehabil. 1998.
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Kato T, et al. Sleep bruxism and its association with stress and anxiety. J Oral Sci. 2001.
-
Carrick FR. Functional Neurology for Rehabilitation of the Human Nervous System.
-
Nakahara T. Neurophysiological mechanisms in orofacial pain and stress modulation.