20代女性の病院との並行治療での改善実例
はじめに
こんにちは。大阪府枚方市の「はる鍼灸整骨院」院長の島井浩次です。
当院では、鍼灸治療と機能神経学を合わせた施術を行っています。
腰痛や坐骨神経痛といった症状で来院される方の多くは、
「病院では異常がない」
「画像で原因が分からない」
と言われ、不安な気持ちを抱えています。
中には、痛みの原因が“神経の圧迫”ではなく、血流や自律神経の乱れによって引き起こされているケースもあります。
今回は、そんな中でも珍しい「静脈瘤が原因で坐骨神経痛のような症状が出ていた20代女性」の症例をご紹介します。
この症例は、医療機関との連携がとても重要だった例でもあります。
きっかけは「足のしびれ」と「冷え」
患者さんは20代の女性。
大学を卒業して新社会人として働き始めたばかりでした。
仕事内容はデスクワークが中心ですが、通勤では立ちっぱなしや電車移動が多く、
帰宅時にはいつも「足がパンパンになる」と話していました。
初めて来院されたときの主訴は、
「右足のふくらはぎの奥がずっと痛い」
「しびれが腰から足に抜ける感じ」
というものでした。
本人も「坐骨神経痛かもしれない」と思い、整形外科を受診していたそうです。
しかし腰のMRIでは異常なし。
湿布と痛み止めで様子を見ていたものの、痛みは少しずつ強くなり、特に長時間立っているとズキズキするようになったそうです。
下腿後面に見られた「網状皮斑」
診察で最初に目に入ったのは、右ふくらはぎの後面に広がる紫がかった網目模様でした。
いわゆる「網状皮斑」と呼ばれる皮膚症状です。
軽い冷感を伴い、触れるとやや冷たく、皮下に硬さを感じました。
加えて、足関節の背屈(つま先を上げる動き)が制限され、腓腹筋やヒラメ筋には圧痛もありました。
「この皮膚の色、血の流れが少し滞っている感じがありますね」
そう説明すると、患者さんは思い当たるようにこう言いました。
「最近、足の冷えとだるさがひどくて…。あと、冬は手足が赤くなってかゆくなるんです」
問診を進めると、寒冷アレルギーと起立性調節障害の既往がありました。
これらは、自律神経による血管調節の乱れと深い関係があります。
神経痛?それとも血管のトラブル?
坐骨神経痛というと、「腰から出る神経が圧迫されて痛みが出る」と考えられがちです。
しかし、神経は常に血液から酸素と栄養をもらって働いています。
もし血流が滞れば、神経は“酸欠状態”となり、しびれや灼熱痛を起こすこともあります。
特に、下腿(ふくらはぎ)は心臓から最も遠く、重力の影響を強く受ける部位。
血液が戻りにくくなると、静脈うっ滞が起こり、局所の代謝が悪化します。
その結果、筋肉が硬くなり、神経を取り巻く組織の圧力が上昇。
「坐骨神経痛のような痛み」が出ることがあります。
こうした可能性を説明したうえで、
「一度、血管外科でエコー検査を受けてみましょう」とお伝えしました。
血管外科での診断 「浅部静脈瘤」
数日後、患者さんは血管外科で検査を受けました。
エコーの結果、下腿の浅部静脈に逆流(弁不全)が確認され、
「軽度の下肢静脈瘤」と診断されました。
医師からは、
「静脈の中の逆流防止弁が緩んでいて、血液が心臓に戻りにくくなっています。
長時間立つと血液が足にたまり、痛みやだるさが出ることがあります」
と説明を受けたそうです。
医療機関では、弾性ストッキングによる圧迫療法が開始されました。
当院では、その治療と並行して
「血流の再調整」
「神経過敏の鎮静」
「自律神経バランスの安定化」
を目的に鍼灸治療を行うことにしました。
鍼灸+機能神経学アプローチ
① 血流を促すための鍼刺激
下肢の主要な筋肉(腓腹筋・ヒラメ筋・後脛骨筋)のトーンを整えるため、
承山・承筋・委中・三陰交・足三里などに低刺激の鍼を行いました。
これにより、筋ポンプ作用が活性化し、静脈還流が促進されます。
鍼刺激は、単なる「局所の血流改善」ではなく、中枢の循環調整中枢(延髄・視床下部)にも反射的に影響します。
② 自律神経のバランスを整える耳介刺激
寒冷アレルギーや起立性低血圧を持つ方は、交感神経が過剰に働きやすい傾向があります。
そのため、耳介の迷走神経反射点を軽く刺激し、心拍・血管拡張反応を穏やかに促しました。
この耳刺激は、PAG(中脳水道周囲灰白質)→延髄迷走神経核を介して副交感神経を活性化し、
全身のリラックスと血管拡張を助けます。
③ 呼吸誘導と横隔膜リリース
静脈血を心臓に戻すのは、下肢の筋ポンプだけでなく、横隔膜の動き(呼吸ポンプ)も重要です。
横隔膜が固いと、下大静脈の流れが滞り、静脈うっ滞が悪化します。
そのため、鍼治療後には呼吸誘導法を取り入れ、
「深く息を吸って、下腹部を膨らませる」練習を行いました。
④ 小脳・前庭系へのアプローチ
起立性調節障害の既往があったため、体のバランスを保つ小脳や前庭機能の左右差も評価。
眼球運動(パスート・サッケード)や片脚立位テストで左右の反応を確認し、
必要に応じて「視覚−前庭−体性感覚の統合」を促すエクササイズを加えました。
並行治療の経過
| 期間 | 医療機関での経過 | 当院での施術経過 |
|---|---|---|
| 初診〜1週目 | 血管外科にて軽度静脈瘤と診断。弾性ストッキング着用開始。 | 鍼灸施術後に足の温かさを実感。皮膚色が均一に近づく。 |
| 3週目 | 医師より「血流の安定傾向あり」と説明。 | 夕方のだるさが軽減。しびれ感が約半分に減少。 |
| 6週目 | 静脈エコー再検で拡張進行なし。 | 網状皮斑が薄くなり、背屈制限も改善。 |
| 10週目 | 医師より「ストッキング継続・経過観察」指示。 | 坐骨神経痛様の痛みが消失。冷えもほぼ感じなくなる。 |
医療側では血管の構造評価と弾性圧迫療法、
当院では血流と神経機能の「働き」の改善に取り組みました。
互いに補完し合う形で、症状は少しずつ安定していきました。
症状が軽くなっていく過程
患者さんは初期のころ、夕方になると足全体が重だるく、夜寝る前にはズキズキした痛みを感じていました。
しかし施術を重ねるうちに、
「仕事のあとでも足が冷えにくくなった」
「夜のしびれが出なくなった」
「皮膚の色もきれいになってきた」
と変化を実感されていきました。
最終的には、痛みやしびれは完全に消失。
現在は月に1回、再発予防のためのメンテナンス施術を続けています。
なぜ静脈瘤で「坐骨神経痛様の痛み」が出るのか
ここで少し専門的に解説します。
静脈瘤とは、静脈内の「逆流防止弁」が壊れ、血液が心臓へ戻らず滞る病気です。
この滞り(うっ血)は、筋膜内圧の上昇・局所酸欠・神経虚血を招きます。
神経が虚血状態に陥ると、侵害受容器(痛みセンサー)が過敏化し、
結果として“神経痛のような”痛みを感じるのです。
特にふくらはぎの奥を走る脛骨神経・腓腹神経は、
静脈や筋膜との距離が近く、圧迫やうっ血の影響を受けやすい構造になっています。
つまり、
「腰からの坐骨神経圧迫ではなく、末梢での静脈性神経炎」
が痛みの正体だったというわけです。
自律神経と血流の“悪循環”
この患者さんの場合、さらに複雑だったのは「起立性調節障害」と「寒冷アレルギー」という背景。
これらは共に、交感神経の過緊張を伴うことが多いです。
交感神経が強く働くと、末梢血管が収縮し、血流が悪化。
血流が悪くなると、体が冷え、さらに交感神経が興奮する
という悪循環が生まれます。
このループを断ち切るには、
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血管の弾力を回復させる
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横隔膜と下肢ポンプを再教育する
-
副交感神経を賦活して「リラックスした血流」を取り戻す
といった全身の神経ネットワーク再調整が必要です。
これこそが、鍼灸と機能神経学が得意とする領域です。
患者さんの声
「最初は、まさか静脈瘤が原因だなんて思ってもみませんでした。
腰も悪くないのに足が痛くて、整形外科でも“様子を見ましょう”と言われて…不安でした。
島井先生に“血管の検査も受けてみましょう”と言われて、血管外科で静脈瘤が見つかりました。
鍼のあと足がポカポカして、夜のだるさもなくなっていくのが嬉しかったです。
医師と先生が連携してくださったおかげで、安心して治療を続けられました。」
院長コメント:医療と鍼灸の橋渡しとして
鍼灸院では、すべての痛みを「筋肉や神経」だけで説明することはできません。
ときには、血管・免疫・自律神経といった複合的な要因が絡み合っていることもあります。
この症例では、痛みの背景に「静脈の逆流」という循環の問題がありました。
鍼灸で筋膜の柔軟性と神経反射を整え、血管外科で構造的リスクを管理したことで、安全に回復できました。
私たちは「病院でできること」「鍼灸でできること」を明確に分け、
必要に応じて医療機関への紹介を行います。
これは、患者さんの安全を守り、最短で回復へ導くための大切な姿勢です。
当院では、医療との連携を大切にしながら、
「神経」「血流」「こころ」をつなぐ治療を行っています。
まとめ
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坐骨神経痛様の症状でも、原因が「神経圧迫」ではないケースがある。
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静脈瘤による血流障害は、神経の酸欠・過敏化を招く。
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鍼灸+機能神経学による自律神経調整が、血流改善に有効。
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医療機関(血管外科・整形外科)との連携により、安全で確実な回復が可能。
足のしびれや痛みが長引くときは、「血流の滞り」という視点も持ってみてください。
そして、必要な検査は医師に任せ、機能の回復は私たち鍼灸師がサポートします。
参考・出典
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佐藤昭夫ほか:静脈瘤における末梢神経障害の臨床的検討,日本静脈学会誌,2017.
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Takahashi et al., Venous stasis–induced peripheral neuropathy, Journal of Neurological Sciences, 2016.
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王ほか:起立性調節障害と自律神経機能,日本小児科学会雑誌,2020.
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Cheng et al., Autonomic dysfunction and venous return impairment in young females, Clinical Neurophysiology, 2018.
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Carrick FR. Functional Neurology, Rehabilitation, and Endocrinology, 2017.