30歳女性会社員の回復ストーリー

はじめに
こんにちは。大阪府枚方市「はる鍼灸整骨院」院長の島井浩次です。
当院には肩こりや腰痛だけでなく、耳の違和感や突発性難聴、耳鳴りや耳の閉塞感など「耳にまつわる不調」でお困りの方も多く来院されます。
「耳がつかれる」という表現はあまり聞き慣れないかもしれません。
しかし実際に患者さんのお話を伺うと、「耳そのものに疲労感を感じる」「長時間外にいると耳がしんどくなる」といった訴えは少なくありません。
今回は、耳奥の圧迫感や音に対する過敏、肩こり・頭痛の悪化に悩まされていた30歳女性会社員の症例をご紹介しながら、耳と体の関係、自律神経や小脳とのつながり、そして鍼灸治療の科学的根拠についても解説していきます。
発症から来院までの経過
患者さんは30歳の女性会社員。
仕事では長時間のデスクワークと電話応対が多く、もともと肩こりや頭痛は慢性的にありました。
ある日突然、耳の奥に圧迫感を覚え、周囲の音がいつもより大きく聞こえて不快に感じる ようになりました。
さらに、休日に買い物で外出すると「耳がつかれる」ような感覚が強まり、帰宅後はぐったり。
それまでの肩こりや頭痛も悪化していきました。
耳鼻科を受診すると「突発性難聴」と診断され、聴力検査では 低音の聴力低下 が確認されました。
特に電話で相手の声が聞き取りにくく、仕事に支障が出ていました。
治療として、
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血漿浸透圧を高めて内耳の浮腫を軽減する薬
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血管拡張薬や代謝促進薬
が処方されましたが、1か月服薬しても改善は見られませんでした。
その後、ご紹介で当院に来院されました。
当院での評価と検査結果
当院では西洋医学的な評価に加えて、機能神経学的な検査も行いました。
- リンネテスト・ウェーバーテスト:左右差を認め、聴覚の不均衡が明らかに。
- 血圧・酸素飽和度:左右で微妙な差があり、自律神経バランスの乱れが示唆されました。
- 眼球運動検査:サッケードでオーバーシュート(目の動きが的確に止まらず行き過ぎる)。
- 平衡感覚検査:ロンベルグ、継足歩行、片足立位で体の動揺を認め、小脳・前庭機能の低下が推測されました。
- 触診:頸部・肩部の圧痛、特に後頭下筋群には強い圧痛。
これらの所見から、単なる耳の問題だけでなく、自律神経系や小脳・前庭系の機能低下が耳の症状に影響 していると考えられました。
耳と自律神経の関係
耳の働きには「音を聞く」以外に、平衡感覚(体のバランス)を保つ機能 があります。これを担うのが「内耳(前庭・三半規管)」です。
この内耳は自律神経と密接に連動しています。
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ストレスで交感神経が優位になる
→ 内耳の血流が低下し、酸素や栄養が不足
→ 聴覚や平衡感覚の異常(耳鳴り・難聴・めまい)が起こる
つまり耳は「自律神経の鏡」ともいえる存在なのです。
小脳と平衡感覚の役割
患者さんの検査で動揺が見られたように、小脳は耳の不調とも深い関わりがあります。
小脳は「体の運動をなめらかに調整する役割」を担いますが、それだけではありません。
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耳から入る音や平衡情報
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目からの視覚情報
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体の筋肉や関節からの感覚情報
これらを統合して「体の姿勢」を維持します。
小脳の機能が低下すると、耳の疲労感や音の過敏、ふらつき、肩こりや頭痛 といった症状が連鎖的に現れやすくなります。
鍼灸と耳の不調に関する研究知見
鍼灸は古来より「耳鳴り」「めまい」「難聴」に使われてきました。
近年では以下のような研究報告があります。
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鍼刺激により 内耳血流が改善する(動物実験・ヒト研究で確認)
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鍼治療が 自律神経バランスを整える(交感神経活動の抑制、副交感神経活動の亢進)
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耳鳴りや突発性難聴の患者に対し、鍼治療で 聴力改善や自覚症状軽減 が報告されている
また、トリガーポイント鍼治療で首・肩の筋緊張を緩和することは、後頭下筋群と前庭・小脳系の負担を軽減 し、耳症状の改善にもつながると考えられます。
実際の施術内容
当院での施術は以下を組み合わせました。
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トリガーポイント鍼治療
- 後頭下筋群、僧帽筋、肩甲挙筋などを中心に刺鍼
- 血流改善と筋緊張の解消で頭痛・肩こりを緩和 -
機能神経学アプローチ
- 眼球運動トレーニング(サッケード、滑動運動の再教育)
- バランストレーニング(片足立ち、ロンベルグ姿勢)
- 呼吸法による迷走神経の活性化
施術経過と改善の様子
施術を重ねるごとに変化が現れました。
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3回目:耳の圧迫感が軽くなり、頭痛も減少
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6回目:電話での声が聞き取りやすくなる
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10回目:音の過敏がほぼ消失、外出時の「耳のつかれ」も軽減
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15回目:自覚症状は消退し、肩こりや頭痛も安定
現在は 月1回のメンテナンス通院 で、良好な状態を維持されています。
まとめ
突発性難聴や耳の不調は「耳だけの問題」ではなく、自律神経・小脳・体の筋緊張 が複雑に関わっています。
今回の症例のように、鍼灸と機能神経学を組み合わせることで、耳の症状だけでなく肩こりや頭痛など全身の不調が改善するケースは少なくありません。
「耳がつかれる」「音がつらい」といった症状でお悩みの方は、耳だけでなく全身のつながりを見直すことが、改善への大切な一歩になるかもしれません。
参考文献
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Kim J, et al. "Effect of acupuncture on auditory function in patients with sudden sensorineural hearing loss." Complement Ther Med. 2019.
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Choi TY, et al. "Acupuncture for the treatment of tinnitus: a systematic review and meta-analysis." Eur Arch Otorhinolaryngol. 2012.
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Siedentop KH, et al. "The influence of acupuncture on the autonomic nervous system." Am J Chin Med. 2002.
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日本耳鼻咽喉科学会. 突発性難聴診療ガイドライン 2020.