筋肉ではなく“神経入力”がカギ。畑と山がつくる自然なリハビリ環境とは?

はじめに
こんにちは。大阪府枚方市「はる鍼灸整骨院」院長の島井浩次です。
日々の臨床で、同じ年齢でも
「元気に畑仕事を続けている方」と
「外に出るのもしんどい方」
がいることに気づきます。
その差は単なる遺伝や体格の違いではありません。
今回は、山仕事や畑仕事を続ける高齢者はなぜ元気なのか?
そしてそれが「ダイナペニア(加齢性筋力低下)」や「認知機能低下」とどう関係するのかを、ある患者さんのストーリーを交えてお話します。
ある患者さんとの出会い
80代の男性患者さん。
定年退職後も、毎日のように畑に出て野菜を育てていました。
「先生、畑に出てると調子がええんや。じっと家におったら逆にしんどいねん」
笑顔でそう話されるその姿は、同年代の方々に比べて驚くほど若々しく、足取りもしっかりしていました。
畑での一日
朝5時。まだ薄暗い時間に長靴を履き、鍬を持って畑へ向かいます。
畝を歩く足元は不安定で、バランスを取りながら進む必要があります。
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草を抜く → 中腰姿勢で股関節・体幹をフル稼働
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土を耕す → 鍬を振り下ろし、背中・肩・腕の筋肉に強い刺激
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野菜を収穫 → 手の感覚で実の硬さや土の湿り気を判断
この繰り返しの中で、筋肉も、神経も、感覚もフル稼働しているのです。
臨床での気づき
同じ80代でも、
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家でテレビを見て過ごす方 → 歩行が不安定、物忘れが増える
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畑に出ている方 → 姿勢もしゃんとし、会話もはきはき
この差に私は「入力の違い」が大きく影響していると確信しました。
専門解説① ダイナペニアとは?
ダイナペニアとは「筋肉量が減っていなくても、筋力が低下している状態」を指します。
その原因の多くは、神経系の入力不足と小脳機能の低下にあります。
筋肉はモーター(エンジン)のようなもの。
しかし、そのモーターを動かす「電気信号=神経入力」が弱ければ、力は発揮できません。
専門解説② 小脳とⅠa・Ⅰb入力
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Ⅰa線維(筋紡錘):筋の長さや伸び縮みを感知
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Ⅰb線維(ゴルジ腱器官):筋の張力を感知
これらは小脳へ絶えず情報を送り、運動の誤差修正や力の微調整を担っています。
加齢や活動不足でこれらの入力が減ると、小脳の可塑性が低下し、
結果として
「力が入らない」
「バランスが崩れる」
状態が進むのです。
専門解説③ 山仕事・畑仕事がもたらす入力
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固有感覚(Ⅰa・Ⅰb)
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不整地を歩く → 足首・股関節からのフィードバック
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重い物を持つ → 張力情報が小脳に入力
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前庭覚
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畝の上を歩く、不安定な山道 → バランス維持で常に前庭器官が働く
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視覚
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野菜の色や形の違い → 視覚-小脳-前頭葉ネットワークが強化
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触覚・環境刺激
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土や草、風や温度 → 外界入力が多彩
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これらは「最高のリハビリ環境」と言えます。
専門解説④ 認知機能との関係
小脳は「運動の調整役」だけでなく、「前頭前野」とのネットワークで認知機能にも深く関わります。
畑仕事や山仕事では
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「次はどこを耕すか」→ 計画力
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「草か苗かを見分ける」→ 判断力
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「危険を避ける」→ 注意力
これらはすべて認知課題と運動課題の同時遂行であり、認知機能の低下防止に直結します。
鍼灸・機能神経学の視点
自然の中で得られる入力は理想的ですが、現代生活ではなかなか難しいもの。
そこで私たちは、鍼灸や神経学的アプローチで不足した入力を人工的に補います。
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鍼 → 筋紡錘・腱器官を刺激してⅠa・Ⅰb入力を回復
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バランス課題 → 前庭・小脳回路を活性化
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眼球運動課題 → 視覚入力と小脳・大脳のネットワーク強化
つまり、「山や畑の生活をミニチュア化したもの」が臨床での施術と言えます。
まとめ
山仕事や畑仕事を続ける高齢者が元気な理由は、筋肉量の多さではなく、神経系への多彩な入力が保たれているからです。
便利な生活の中で「入力の不足」が進む現代において、
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畑仕事は最高のリハビリ
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山仕事は最高のバランストレーニング
そして、それを人工的に補えるのが鍼灸と機能神経学のアプローチなのです。
出典・参考論文
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Clark BC, Manini TM. "Dynapenia: its origins, trajectory, and potential underlying mechanisms." J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 2008.
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Seidler RD, et al. "Motor control and aging: links to age-related brain structural, functional, and biochemical effects." Neurosci Biobehav Rev. 2010.
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Taubert M, et al. "Learning-related gray and white matter changes in humans: an update." Neuroscientist. 2012.
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Koziol LF, et al. "The cerebellum’s role in movement and cognition." Cerebellum. 2014.