40代女性 ホテル勤務、顔面神経麻痺と回復までの物語

はじめに
こんにちは。大阪府枚方市「はる鍼灸整骨院」院長の島井浩次です。
今回は、ホテル勤務という多忙な職場で働く40代女性が体験した「顔面神経麻痺」の回復ストーリーをご紹介します。
「パスタを口からこぼした」 それが最初のサインでした。
翌朝、鏡を見て愕然。
左顔面がまったく動かなくなり、笑顔をつくれない。
接客業として働く彼女にとって、それは大きな不安となりました。
しかし週1回、全14回の治療を経て、ほぼ麻痺は回復。
さらに長年悩まされていた肩こりと頭痛も軽減されました。
本記事では、その回復までの道のりと、顔面神経麻痺の神経学的メカニズム、そして鍼灸・機能神経学的アプローチについて詳しく解説していきます。
発症のきっかけ パスタをこぼした夜
患者さんは大阪市内の有名ホテルで働く40代の女性。接客の最前線に立ち、常に笑顔で人と接するのが仕事です。
しかし、発症前の1か月は夜勤が続き、睡眠不足と強いストレスが重なっていました。
ある晩、自宅で家族と夕食を取っていたときのこと。
大好きなパスタを食べていた彼女は、突然、口から食べ物をこぼしてしまいました。
「なんだろう? 疲れてるのかな?」と気にも留めずにその日は眠りにつきました。
翌朝。
鏡を見た瞬間、愕然とします。
左半分の顔が動かず、口角も垂れ下がったまま。
慌てて病院を受診し、「顔面神経麻痺(ベル麻痺)」と診断されました。
顔面神経麻痺とは?
顔面神経麻痺とは、表情筋を支配する「顔面神経」が炎症や圧迫により障害され、顔の筋肉が動かなくなる状態を指します。
主な症状
- 片側の口角が下がる
- 食べ物や飲み物がこぼれる
- 目が閉じにくい、涙が出やすい/出にくい
- 味覚の異常(特に舌の前2/3)
- 音が響いて聞こえる(聴覚過敏)
まさに「顔の半分のスイッチ盤がショートした」ような状態です。
原因
- ベル麻痺(特発性):ウイルス再活性化や血流障害が関与
- ハント症候群:水痘帯状疱疹ウイルスによるもの
- 外傷や腫瘍による圧迫
- 脳卒中など中枢性の障害
彼女の場合は、夜勤やストレスによる免疫低下が背景となり、ウイルス再活性化と血流障害が引き金になったと考えられます。
病院での治療
病院では、ステロイドや抗ウイルス薬による投薬治療が開始されました。
しかし、患者さんの不安は消えませんでした。
「この顔で仕事に戻れるのだろうか?」
「笑えないまま接客を続けるなんて……」
そこで紹介を受け、当院に来院されました。
当院でのアプローチ
① 鍼治療
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顔面筋や耳周囲のトリガーポイントに刺鍼
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血流改善と神経伝達促進を目的
② 機能神経学的アプローチ
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耳介刺激・迷走神経刺激:自律神経を整え、炎症を抑える
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眼球運動リハビリ:脳幹や小脳を活性化し、神経可塑性を促進
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顔面の感覚入力:触覚刺激で大脳皮質への入力を強化
③ 全身状態の調整
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長年の肩こりや頭痛も併発しており、首肩の筋緊張を解く治療を加えたところ、症状も次第に軽減していきました。
回復までの経過(週1回×14回)
- 第1〜3回:目の閉じにくさがやや改善、肩こりも軽くなる
- 第4〜7回:口角の動きが出始め、飲食時のこぼれが減少
- 第8〜10回:家族から「表情が自然になってきたね」と言われる
- 第11〜14回:笑顔が戻り、仕事復帰。肩こり・頭痛もほぼ消失
患者さんは「またお客様に笑顔で接客できるようになったのが一番嬉しい」と語ってくれました。
神経学的な考察
顔面神経麻痺の回復には「神経可塑性」と呼ばれる、神経が再びつながり直す力が深く関わっています。
鍼灸や機能神経学的なアプローチは、この可塑性を引き出すために複数の回路を同時に活性化します。
① 鍼刺激と三叉神経経路
顔面部への刺鍼は、局所の血流を改善するだけでなく、三叉神経を介して脳幹に入力されます。
この入力は延髄・橋から上行して大脳皮質へと伝わり、「顔面の動き」への運動学習回路を再活性化するのに役立ちます。
② 耳介迷走神経刺激と延髄孤束核(NTS)
耳介への刺激は迷走神経を通じて延髄の孤束核に到達します。
NTSは副交感神経の中枢であり、心拍・呼吸・血流だけでなく「免疫のブレーキ回路」を担っています。
NTSからの信号は副交感経路を介して末梢へ伝わり、マクロファージのα7nACh受容体を刺激。
結果としてTNF-αやIL-1βといった炎症性サイトカインの産生を抑制し、炎症が鎮まります。
③ PAG(中脳中心灰白質)の賦活
迷走神経や三叉神経からの入力はさらに上位のPAG(中脳中心灰白質)へ届きます。
PAGは下行性疼痛抑制系の中枢であり、エンドルフィンやエンケファリンといった内因性オピオイドを放出し、痛みを和らげます。
またPAGは視床下部と連携し、自律神経やホルモンバランスにも影響を及ぼします。
このため、顔面神経麻痺に伴う「痛み・不安・自律神経の乱れ」を包括的に整える作用が期待できます。
④ ネットワークとしての統合
- NTS:迷走神経のハブとして抗炎症・副交感神経系を制御
- PAG:鎮痛・自律神経調整・ストレス抑制を担う
- 両者は双方向につながり、「神経 − 免疫 − 内分泌」を一体化して調整するループを形成しています。
このループがしっかり働くことで、顔面神経の回復力が高まり、さらに肩こりや頭痛といった随伴症状まで改善していったと考えられます。
最後に
顔面神経麻痺は、ある日突然「笑顔を奪う」病気です。
しかし、早期に治療を開始し、鍼灸や機能神経学的リハビリを取り入れることで、回復の可能性は高まります。
今回の患者さんは、週1回・全14回の治療を経て、
- 顔面麻痺の改善
- 肩こり・頭痛の軽減
- 接客業に必要な「自然な笑顔」の回復
を実現しました。
同じように悩んでいる方も、「回復への道はきっとある」ということを知っていただければ幸いです。
出典・参考文献
-
Baugh RF, et al. Clinical practice guideline: Bell’s palsy. Otolaryngol Head Neck Surg. 2013.
-
Kim J, et al. Acupuncture for Bell’s palsy: A systematic review and meta-analysis. Chin J Integr Med. 2019.
-
Peitersen E. Bell’s palsy: the spontaneous course of 2,500 peripheral facial nerve palsies of different etiologies. Acta Otolaryngol Suppl. 2002.