〜20代女性会社員の回復ストーリー〜

▶はじめに
こんにちは。大阪府枚方市「はる鍼灸整骨院」院長の島井浩次です。
当院には、肩こりや腰痛といった整形外科的な症状だけでなく、耳の閉塞感・耳鳴り・突発性難聴・聴覚過敏など、耳にまつわる不調で悩む方も多くいらっしゃいます。
耳の症状は「音がつらい」というだけでなく、仕事・家庭・人間関係すべてに影響を与えます。
特に「聴覚過敏」は日常の何気ない音が刃物のように突き刺さり、心身ともに追い詰められてしまうことがあります。
今回ご紹介するのは、突発性難聴と診断され、その後も耳の奥の痛みや閉塞感、聴覚過敏に悩まされた20代女性会社員の回復ストーリーです。
薬での改善が乏しく「もう治らないのでは…」と不安を抱えた彼女が、鍼灸と機能神経学的アプローチを組み合わせた施術で少しずつ回復していった過程を、ストーリー形式でご紹介します。
▶患者さんの背景と最初の症状
患者さんは20代の女性会社員。
日々、デスクワークに追われ、パソコンのタイピング音や電話のベル、同僚との会話が飛び交うオフィスで働いていました。
ある日突然、耳の奥に「ツーン」とした痛みを感じました。
まるで飛行機に乗って気圧が変化した時のような違和感が、強く突き刺すのです。
耳鼻科を受診した結果、診断は「突発性難聴」。
特に低音域の聴力が低下しているとのことでした。
薬を処方されましたが、1ヶ月経っても変化はなく、むしろ「耳の閉塞感」「子供の声や食器の音が響く聴覚過敏」「頭痛」といった症状が生活を圧迫していました。
「仕事中、上司の声が突き刺さるようにつらい」
「帰宅後、子供の声が愛おしいはずなのに、耳にガラス片が突き刺さるように響いて耐えられない」
そんな状況で、患者さんは深い不安を抱え、知人の紹介で当院に来られました。
▶当院での初診検査
初診時に行った検査の結果を整理します。
- 聴覚検査:リンネ・ウェーバーテストで左右差あり
- 平衡機能:ロンベルグテスト、継足歩行で動揺あり
- 眼球運動:パースートにサッケード混入、輻輳反射で片方が寄り切らない
- 顔面感覚:三叉神経第1枝・第3枝領域に痛覚過敏
- 全身所見:血圧・酸素飽和度に左右差あり
これらの所見は、聴覚の問題だけでなく、前庭系・小脳・三叉神経・自律神経のアンバランスが関与している可能性を示していました。
▶施術内容
鍼灸治療
- 顔面(三叉神経領域)への刺鍼
- 手足の経穴に刺鍼し、自律神経を調整
機能神経学的アプローチ
- 眼球運動リハビリ(パースート、輻輳反射のトレーニング)
- バランス系リハビリ(ロンベルグ、継足歩行に対する再教育)
- 呼吸法と反射入力を組み合わせた自律神経調整
▶施術経過と患者さんの声
1〜4回目
初回施術後、「耳の奥の重さが少し和らいだ気がします」との感想。
閉塞感は残るものの、頭痛の頻度がわずかに減少。
5〜8回目
「食器の音が前より怖くなくなりました」
オフィスでの電話音も、以前ほど強烈に刺さらないと感じるように。
9〜12回目
「通勤電車の走行音がつらくない日が出てきました」
耳の閉塞感も軽くなり、頭痛が減少。
13〜16回目
「耳鼻科で聴力検査を受けたら、低音の聴力が8割回復していました。本当に涙が出ました」
患者さんの表情には久しぶりの笑顔が戻っていました。
▶生理学・神経学的考察
1. 突発性難聴と虚血
内耳は非常に細い血管で栄養されているため、循環障害が起こるとすぐに機能低下が生じます。
鍼灸刺激は局所の血流を改善し、虚血を緩和する作用が報告されています。
2. 聴覚過敏と中枢過敏
通常の音が「過剰に大きく」「鋭く」感じられるのは、中枢神経の閾値が低下しているからです。
三叉神経への鍼刺激は、脳幹の抑制系を活性化し、聴覚過敏を鎮静化する可能性があります。
3. 平衡障害と小脳・前庭系
ロンベルグでの動揺は、前庭小脳系の入力異常を示唆します。
眼球運動リハビリは、感覚統合を再教育し、小脳の可塑性を引き出す働きがあります。
4. 自律神経系の関与
血圧・酸素飽和度の左右差は、自律神経バランスの乱れを示唆。
耳の循環は自律神経に強く依存しているため、ここを整えることが回復の鍵でした。
ストレスと交感神経優位による三叉神経核の過敏化
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精神的・身体的ストレスが続くと 交感神経優位状態 が持続し、脳幹(三叉神経核)への血流が低下します。
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虚血状態ではATP産生が低下し、Na⁺/K⁺ポンプ機能が落ちて 静止膜電位が上昇(脱分極に近づく) します。
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その結果、閾値以下の小さな入力でも活動電位が発火しやすくなり、感覚過敏化 が生じます。
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三叉神経支配である鼓膜帆張筋は過敏化した状態で過剰に反応しやすく、耳の奥の痛みや閉塞感の背景となります。
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また、顔面の第1枝・第3枝領域に出現した痛覚過敏も、三叉神経核レベルでの過敏化の反映と考えられます。
したがって、患者さんにみられた「耳の奥のツーンとした痛み」「耳の閉塞感」「顔面感覚異常」は、ストレスによる交感神経優位 → 三叉神経核の血流低下 → 静止膜電位上昇 → 感覚過敏化 という一連の流れで説明できる可能性が高いと考えられます。
▶機能神経学的考察
- 眼球運動異常:小脳虫部や動眼神経核の機能低下を反映
- 三叉神経の過敏:感覚入力のアンバランスが中枢閾値を変化
- 施術後の改善:感覚入力が再統合され、神経可塑性によって回復
▶回復後の生活
患者さんは現在、ほぼ通常通りに仕事・家庭生活を送っています。
「子供の声を“うるさい”ではなく“かわいい”と感じられるようになった」
と話してくれた時、私も胸が熱くなりました。
▶まとめ
この患者さんは、突発性難聴後に
「耳の痛み・閉塞感・聴覚過敏」という辛い症状に悩まされましたが、
- 鍼灸による血流改善と神経抑制系の活性化
- 機能神経学的アプローチによる感覚−運動統合の再教育
によって、症状は少しずつ改善し、最終的に聴力も約8割回復しました。
▶院長メッセージ
突発性難聴は「時間との勝負」と言われますが、薬で改善が乏しい場合でも、神経系を整えるアプローチによって回復の可能性は残されています。
「もう治らないのでは」と不安を抱えている方へ。
諦める前に、神経と身体を整える施術を試してみてください。
参考文献
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Eggermont JJ. Central auditory neuroplasticity in tinnitus and hyperacusis. Otolaryngol Clin North Am. 2003.
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Baloh RW. Prosper Meniere and his disease. Arch Neurol. 2001.
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Tracy J, et al. Functional neuroanatomy of vestibular processing. Brain Res Rev. 2010.