
はじめに
こんにちは。大阪・枚方市にある、はる鍼灸整骨院の院長 島井浩次です。
当院では、鍼灸と機能神経学の視点を組み合わせて、「痛み」と「脳の機能」の関係に注目した施術を行っています。
今回ご紹介するのは、ゴルフを愛する50代の男性管理職の方が、右半身の痛みと記憶力の低下に悩まされながらも、鍼灸と神経アプローチによって回復していった実際のストーリーです。
「動きの片寄りが、脳の片寄りにつながる」。
そんな視点が、あなたの痛みや不調の“見えなかった原因”を紐解くヒントになるかもしれません。
1. ゴルフがくれた「もう一つの勲章」?
「またスコア更新されたんですか?」
そう問いかけると、彼は嬉しそうに、でもどこか気恥ずかしそうに笑いました。
50代後半、会社の管理職として責任あるポジションにいながら、週末はアマチュアゴルファーとして大会にも出場している―そんな“二足のわらじ”を履きこなす、エネルギッシュな男性です。
「いやぁ、ちょっと欲が出ちゃってね。練習、増やしすぎたかも。」
その言葉には、ほんの少しだけ、自分を責めるような響きがありました。
2. 右半身だけ、痛む。――そして「集中できない」自分に気づく
そんなある日、彼は言いました。
「右の腰から背中、腕、脚……全部が鈍く痛むんです。特に朝がつらい。動き出せば少し楽なんだけど……」
最初は単なる筋肉痛だと思っていたそうです。練習しすぎたからだろう、と。
けれど、気づけば日を追うごとに違和感が濃くなり、さらには
「最近、人の名前がパッと出てこないんです。あと、資料を読んでても、内容が頭に入ってこない。」
管理職という責任ある立場。会議中に発言が詰まったとき、自分でも驚いたそうです。
「認知症なんじゃないか?」 そんな不安が胸をよぎり、すぐに脳神経内科を受診。
MRIやCTなどの画像検査も受けました。
結果は「異常なし」。
安心はしたものの、問題は残ったままでした。
3. 痛みと記憶――つながりのない「はず」の2つの症状
彼は、当院に以前からメンテナンス目的で通っておられました。
今回は右半身の痛みを主訴に再来。
症状を聞く中で、私がふと思ったのは、痛みと認知機能の低下の“同時出現”という点でした。
これは、単なる筋疲労や神経の圧迫とは、少し違う匂いがする。
「ちょっと、検査させていただいてもいいですか?」
4. 小脳機能に“片寄り”の兆候
私たちの検査では、以下のような所見がありました。
- ロンベルグ検査:閉眼立位で大きく動揺。姿勢保持が困難。
- 継足歩行:ふらつき顕著。右足がうまく前に出せない。
- オルタネイト動作(交互運動):右手での手のひら・手の甲の交互動作がもつれ、ぎこちない。
- 鼻指鼻試験:右手での動作に測定障害。標的(鼻)にうまくタッチできない。
- 眼球運動:
- パースート(滑動追跡)で静止時にオーバーシュート(通り過ぎて戻る動き)あり
- VOR(前庭動眼反射)では固定視点がわずかにぶれる
これらはすべて、右小脳の機能低下を示唆する所見です。
5. 小脳と「記憶」の関係?――脳は動かして覚える
ここで、多くの方が疑問に思うかもしれません。
「小脳って、運動のバランスとかをとるところじゃないの? 記憶とは関係ないのでは?」
いいえ、近年の研究では小脳と認知機能の深いつながりが明らかになってきています。
小脳は“認知の補助輪”
小脳は「運動のエラー検出と修正」だけでなく、思考や記憶、注意、言語、感情の調整にも関与します。
とくに右小脳は左大脳皮質の前頭前野や頭頂葉とループを成し、言語やワーキングメモリ、集中力の維持に深くかかわっています。
ゴルフ練習=片側の小脳ばかりを使う
右利きの彼は、何百回も左回旋(=右小脳)パターンの練習をしてきたはず。
この偏った刺激が、右小脳の“使いすぎ”→過活動疲労→機能低下を招いた可能性があります。
その結果、小脳→視床→左前頭葉(記憶や注意の中枢)というルートにノイズが入り、
「記憶が出てこない」「集中できない」という症状につながったのでしょう。
6. “小さな脳”がくれた大きなサイン
私は説明しました。
「今回の症状は、小脳の機能的なバランス崩れが引き金になっている可能性があります。」
「片側のオーバーワークが、逆にその領域の機能低下を招いているんです」
彼は、しばし沈黙したあと、少しうなずいて言いました。
「……まさか、ゴルフがここまで脳に影響していたとは。」
でも、それは彼が頑張ってきた証でもあります。
「使いすぎて疲れた脳」を、整えてあげればいいだけなのです。
7. 鍼灸と神経アプローチ―「動きを整え、記憶をつなぐ」
施術は以下のアプローチで行いました。
● 鍼灸刺激
- 頭部刺鍼(百会・前頂・通天付近)→ 大脳皮質〜小脳への間接刺激
- 右体幹・四肢のトリガーポイント鍼 → 感覚フィードバック増加による小脳−皮質ループの活性化
● 機能神経学的アプローチ
- 眼球運動トレーニング(オーバーシュート補正)
- VOR反射のリハビリ
- 右小脳−左前頭葉活性を狙った感覚統合刺激
● 頻度と経過
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週1回の施術 × 11回
→ 8回目頃から痛みは急速に軽快、10回目以降は物忘れも気にならなくなったと話されました。
8. 仕事とゴルフに、また“自分”を取り戻して
11回目の施術の後、彼はこう言いました。
「最近、部下の名前がパッと出てくるんですよ。」
「あれ?って思って……久しぶりにスライスしないショットも出たんです。」
痛みが消え、記憶が戻り、自信も戻る。
それは単に身体が楽になっただけではなく、「自分らしさ」まで取り戻した証拠のように思えました。
9. 小脳は“黒子”のような存在―でも侮れない
小脳は、全脳のわずか10%の体積にすぎません。
ですが、そこには全ニューロンの80%以上が詰まっているとも言われる精緻なコントロールセンターです。
運動だけでなく、
- 思考を整理し
- 感情を安定させ
- 記憶の質を整える
まさに「黒子(くろこ)」のような存在。
そのバランスが崩れたとき、私たちは痛みや忘れっぽさという“サイン”として気づくのかもしれません。
10. 最後に——「まだ脳は動きたがっている」
身体も、脳も、正しく使えばまだまだ力を発揮します。
「年のせいかな……」
そう思って諦める前に、“使い方”の偏りに目を向けてみてください。
- 片側の過負荷
- 不動による感覚入力の不足
- 姿勢や視覚・前庭とのアンバランス
それらを整えるだけで、
「こんなに動ける」
「こんなに覚えていられる自分」
が戻ってくることがあります。
もしも今、あなたが痛みや集中力の低下を感じているのなら、
それは「脳がもう一度、整えなおしてほしい」と言っているのかもしれません。
参考文献
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