
はじめに
こんにちは。はる鍼灸整骨院 院長の島井浩次です。
当院では、鍼灸治療と機能神経学(Functional Neurology)を組み合わせ、首こりや肩こり、しびれ、自律神経の不調、慢性痛などを専門的にケアしています。
今回お伝えする内容は、実際に当院で改善されたケースをもとにしています。
ただし、読んでくださる方がイメージしやすいように、患者さんの日常や会話の描写を一部脚色しています。
症状や経過は事実に基づいていますが、あくまで「こういうケースもある」という参考としてお読みいただければ幸いです。
「病院で検査をしたけれど異常は見つからなかった」
「でも症状はつらい」
そんな方が多く来院されます。
ここで大事なのは、病院検査が無駄だったわけではないということです。
「病気が隠れていない」という情報は、私たちにとっても非常に重要で、治療方針を組み立てるうえで大きな安心材料になります。
今回は、「首こりから始まった右腕のピリピリとしたしびれ」に悩まされていた50代男性会社役員の回復ストーリーです。
1. 朝のピリピリで始まる一日
「まただ…」
午前6時、目覚まし時計の電子音が鳴る前に、右腕のピリピリとした感覚が彼を起こしました。
「まただ…」
腕を少し動かすだけで、まるで小さな電流が流れたようにピリピリとした感覚が走ります。
動かせないわけではない。けれど、朝の始まりがこの不快な刺激から始まることに、彼はうんざりしていました。
海産物を扱う卸問屋の会社役員。現場で魚をさばいていた頃は、腕を酷使することが当たり前でしたが、今は毎日が会議とパソコン作業です。
「お風呂に入ると楽になるんだけどな…」
湯気が立つコーヒーカップをそっと持ちながら、彼は心の中でため息をつきました。
2. 会議中も気になる右腕
午前9時、会議室。
部下たちが並べた資料を前に、彼は社内の物流戦略について説明を受けていました。
「今月の輸送コストは…」
部下の声を聞きながらも、右腕のピリピリが意識を支配していきます。
資料をめくるたび、タブレットを操作するたびに、「ピリ」「ピリ」という刺激が脳に割り込んでくる。
「社長、大丈夫ですか?」
部下の一人が心配そうに尋ねました。
「大丈夫、ただの首こりだよ。」
そう笑って答えましたが、心の奥では「本当にただの首こりなんだろうか?」という疑問が膨らんでいました。
3. 家族の一言、そして決意
夕食後、妻が言いました。
「ねえ、病院行ってみたら?最近、ずっと腕のこと気にしてるでしょ。」
「病院行っても異常なしって言われるのがオチだよ。…お風呂に入ればマシになるし。」
「でも、それがずっと続いてるじゃない。これ以上ひどくなったらどうするの?」
言葉に詰まりました。確かに、今は仕事に支障が出るほどではありません。
でも、悪化したらどうなる? その不安が頭をよぎりました。
その夜、ベッドに横になりながらスマホで「首こり しびれ 朝つらい」と検索しました。
いくつかの記事を読み進めるうちに、「病院で異常がない場合、神経の働きが関係していることが多い」という一文が目に止まりました。
「これだ…行ってみよう。」
翌日、彼はまず整形外科の予約を入れました。
4. 病院へ ―「異常なし」の意味
整形外科。レントゲン撮影、神経学的検査…。
医師は画像を見ながら、静かに言いました。
「特に異常は見つかりませんね。ヘルニアや神経の圧迫もありません。」
「そうですか…」
安堵と同時に、「でも症状はあるのに…」というモヤモヤが残りました。
しかし、後から考えるとこの「異常なし」という結果は非常に重要でした。
腫瘍や重篤な神経圧迫などが否定されたというのは、私たち施術者にとっても大きな意味があります。
この結果があったからこそ、彼も安心して次のステップに進む決心がついたのです。
5. 当院での初診 ―「神経が過敏になっているだけです」
「朝起きた時が一番つらいんです。お風呂に入ると楽になるんですが、また戻ります。」
初診の日、彼はそう話しました。
いくつかの検査を行いました。
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痛覚検査(ピンホイール):右腕で明らかな痛覚過敏
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眼球運動検査:右側の輻輳反射が弱く、サッケードの右方向への動きも遅い
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小脳検査:指鼻試験で右側にわずかな遅れ
「これ、ヘルニアとかじゃないですよね?」
「神経が壊れているわけではありません。“過敏になっている”だけです。」
「過敏?」
「はい。神経には、本来“音量つまみ”のように刺激を調節する働きがあります。
ただ、その調節には小脳、大脳皮質、脳幹など複数の脳領域が関与していると考えられています。
どれが中心に関わるかは人によって異なりますが、今回のような“ピリピリする知覚過敏”では、小脳の働きが影響している可能性が高いです。」
「なるほど…神経が壊れてるわけじゃなくて、ボリュームが上がりすぎてる感じなんですね。」
彼の表情が、少しだけ明るくなりました。
6. 治療開始 ―「小脳を元気にする」って?
1回目~5回目
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鍼治療:首と肩のトリガーポイントを緩め、筋トーンを改善
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機能神経学的トレーニング:
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輻輳反射トレーニング
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サッケード改善トレーニング
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簡単なバランス課題
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「最近、朝のピリピリが半分くらいになりました。」
5回目が終わる頃、彼の声に少し自信が戻ってきました。
7. 治療中期 ―「お風呂に頼らなくてもいい日が増えてきた」
6回目~10回目
「最近は、お風呂に入らなくても楽な日が増えてきました。」
会議中も腕を気にする回数が明らかに減りました。
8. 治療後期 ―「朝がつらくない日が当たり前に」
11回目~15回目
「朝起きてもスッキリしています。」
15回目終了時には、初診時にあった不安そうな表情はすっかり消えていました。
9. まとめ ― 痛みの感じ方は“複合的”に決まる
今回のケースから学べるポイントは、首こりやしびれで悩む多くの方にも当てはまるかもしれません。
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病院で異常がないと分かることは大きな意味がある
「異常なし」と言われると「原因が分からない」と不安に思う方もいますが、実はこれはとても重要な情報です。腫瘍や重篤な神経圧迫などの病気が否定されたことで、安心して「機能面」に目を向けることができます。
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ピリピリするしびれは、神経が壊れているわけではないことが多い
多くの方が「しびれ=神経が圧迫されている」と考えがちですが、今回のように“神経が過敏になっているだけ”というケースは少なくありません。この場合、正しいアプローチをすれば改善の余地が十分にあります。
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痛みやしびれの感じ方は脳で決まる ― 小脳だけでなく複合的な仕組み
痛みは単純に「患部の問題」だけで起きるものではなく、大脳皮質・小脳・脳幹など複数の脳の領域が相互に働くことで“どの程度痛みを感じるか”が決まると考えられています。
今回のケースでは、小脳の働きが十分に機能していなかった可能性が高く、それを整えることで症状が改善しました。しかし、これはあくまで一例であり、人によってどの領域が影響しているかは異なります。
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「首こりだから放置しておこう」は危険かもしれない
長時間のデスクワークや姿勢不良が続くと、神経の情報処理が乱れやすくなります。「たかが首こり」と思って放置している症状が、実は神経過敏型のしびれの前触れだったというケースも少なくありません。
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適切な検査とアプローチで変わる可能性がある
神経が壊れているわけではない場合、鍼治療や機能神経学的アプローチなど、神経の働きを整えるケアで改善が期待できます。
「年齢のせいだ」「首こりだから仕方ない」
とあきらめている方も、原因が“神経の誤作動”であれば、改善できる余地は十分にあります。
「私もそうかもしれない」と感じた方は、まずは専門家に相談してみてください。
原因を正しく見極めることが、改善への第一歩になります。
参考・出典論文
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Moulton EA et al. Cerebellar contributions to pain processing. Pain. 2010.
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Seo J et al. Cerebellar tDCS modulates pain perception and cognitive-emotional aspects of pain. Brain Stimul. 2019.
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Napadow V et al. Intrinsic brain connectivity in chronic pain: modulation by acupuncture. Brain. 2012.
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Haavik H, Murphy B. The role of spinal manipulation in altered sensorimotor integration: A review. J Electromyogr Kinesiol. 2012.