
◆ はじめに
こんにちは。大阪府枚方市にある「はる鍼灸整骨院」の院長 島井浩次です。
「もう腫れも引いたし、見た目はきれいに治っているのに…なぜこんなに痛いんだろう?」
そんな経験をしたことはありませんか?
ケガの後、痛みは時間とともに自然に消える。
多くの方がそう思っています。
しかし実際には、骨にも異常がなく、動かすのも問題ないのに、触れるだけで飛び上がるほど痛いというケースが少なくありません。
今回は、ゴルフ中に左手の中指にゴルフボールが直撃した40代男性の症例をご紹介します。
「腫れは治ったのに4か月たってもズキンと痛む」という悩みが、3回の鍼治療で改善した理由を、お話しします。
◆ 「あの時の“ズキン”がまだ残っているなんて…」
「ゴルフボールが思いっきり指に当たったんです。」
「あの時は本当に痛かったですよ。」
そう笑いながら話してくれた彼ですが、その表情にはまだ少し不安が残っていました。
その日、友人とのラウンド中、他の組から飛んできたボールが左手の中指を直撃しました。
瞬間、鋭い痛みとともに指はみるみる腫れ、紫色の内出血が広がっていったといいます。
◆ 腫れが引いても残る“ズキン”
2~3週間もすると腫れも内出血も引き、見た目には何もなかったかのように回復しました。
「これならもう大丈夫だ」と思い、ゴルフにも復帰。
指を曲げたり物を握ったりするのも問題なし。
ところが…
「ほんの少し物が当たるだけで“ズキン”と痛むんです。」
衣服が触れただけで顔をしかめるほどの痛み。
「この痛みはいつまで続くんだろう…」
そんな不安を抱えたまま、すでに4か月が経過していました。
◆ 「骨は大丈夫ですよ」と言われても…
「もしかして骨にヒビが入っていたのかも…」
そう考えた彼は、整形外科を受診しレントゲンを撮りました。
結果は、
- 骨折なし
- 骨膜や関節にも異常なし
医師からは「もう大丈夫でしょう」と言われましたが、痛みだけは残ったまま。
「見た目も問題ない、骨も異常なし。」
「それでもこんなに痛いのは気のせいなんだろうか…?」
そんな不安を抱えた状態で、当院に相談に来られました。
◆ 触れるだけで痛い指
初診時、彼の指は見た目に異常はありませんでした。
しかし、触れると彼は「うっ」と顔をしかめ、特に中指の中央付近には小さなしこりのような硬さがありました。
可動域は正常で、握る・曲げ伸ばすなどの動作痛はゼロ。
それでも、軽い触圧だけでズキンとした痛みが出る状態でした。
◆ 見た目には治っていても…その痛みの正体
● 「見えない癒着」という落とし穴
打撲後、組織が回復する過程でコラーゲンが増殖し、筋膜や皮下組織が“くっついた”状態になることがあります。
これを癒着と呼びます。
本来、筋膜や皮膚、腱はお互いにスムーズに動くようにできています。
しかし、癒着が起こると、ページ同士がのりで貼りついたノートのように動きが悪くなります。
この癒着が神経を刺激し、軽い刺激でも痛みを感じるようになります。
● 固定と血流不全
さらに、彼は受傷後、数週間テーピングで指を固定していました。
長期間の固定は、血流を低下させ、炎症物質(ブラジキニンやヒスタミンなど)が組織内にとどまりやすくなります。
その結果、神経が過敏化(末梢性感作)し、
「通常なら痛みを感じない程度の刺激が強い痛みとして感じられる」状態、
いわゆるアロディニアが起こるのです。
◆ 鍼治療で行ったこと
当院では、週1回・全3回の鍼治療を行いました。
目的は大きく3つです。
① 癒着した組織をゆるめる
鍼を局所に刺すことで、微細な機械的刺激が組織に入り、
固まった線維をほぐし、筋膜や皮下組織の滑りを回復させます。
これは、固まった土に小さなスコップで空気と水を入れていく作業に似ています。
② 微小循環を改善する
鍼刺激は局所の毛細血管を拡張し、血流を促進します。
これにより、溜まっていた炎症性物質が排出され、酸素や栄養が届きやすくなります。
③ 神経の過敏をリセットする
鍼のC線維刺激は、脊髄後角や脳幹の痛覚抑制系(DNIC:拡散性侵害抑制)を活性化します。
その結果、過敏化した神経の閾値が正常化し、痛みを感じにくくなります。
◆ 3回の治療での変化
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1回目後
「まだ痛いですが、ズキンという感じが少し減りました」
痛みの質が鋭い痛みからチクチクする感覚へ変化。 -
2回目後
「衣服が当たっても、もう痛いというより違和感程度です」 -
3回目後
「気づいたら痛みを忘れていました」
彼は笑顔でそう話し、ゴルフを再開した際も痛みは一切出なかったそうです。
◆ 考察:なぜ改善したのか
この症例は典型的な末梢性感作型の残存痛です。
動作痛がなく、触圧痛のみだったことから、局所の癒着や血流不全が原因と考えられます。
鍼治療は、
- 組織癒着の機械的解放
- 血流改善による炎症物質の代謝促進
- DNIC・ゲートコントロールを介した痛覚抑制
により、短期間で痛覚閾値が正常化したと推測されます。
◆ まとめ
「もう治っているはずなのに、触るとズキンと痛む。」
そんな悩みは意外と多くの方が抱えています。
見た目に異常がない痛みでも、適切な治療で改善できるケースは少なくありません。
もし同じような症状でお悩みなら、
「そのうち治るだろう」と我慢せず、専門家に相談してみてください。
◆ 参考文献
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Woolf CJ. Central sensitization: Implications for the diagnosis and treatment of pain. Pain. 2011.
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Langevin HM et al. Connective tissue: a body-wide signaling network? Medical Hypotheses. 2006.
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Bialosky JE et al. Manual therapies in musculoskeletal pain: Mechanisms. Pain. 2009.