
はじめに
はる鍼灸整骨院 院長 島井浩次です。
今回は、起立性調節障害(OD)により不登校になった高校生が、鍼治療と機能神経学アプローチによって心と体のバランスを取り戻していった実際のストーリーをお伝えします。
1,朝が怖い――「また今日も起きられない」
「もう時間だよ! 起きて!」
母の声に反応したくても、体が鉛のように動かない。
まぶたが開かない。
心は焦っているのに、まるで電池が切れたロボットのように体がいうことをきかない。
高校1年の春。
Hくん(仮名・15歳)は、入学から数週間で体調を崩し始めました。
めまい、立ちくらみ、頭痛、動悸…。
病院での検査では異常が見つからず、「自律神経の問題でしょう」と言われました。
それから毎朝が戦いでした。
起きられず、登校できず、次第に学校からも遠ざかっていきました。
2,「気の持ちようじゃない」――家族の戸惑い
Hくんの状態に、最初は家族も戸惑いました。
「夜遅くまでスマホ見てるからじゃない?」
「気合いが足りないんじゃないの?」
…けれど本人は真剣に苦しんでいました。
血圧は朝になると80台/40台まで下がることも。
動き出すと動悸が強く、教室にいるのもつらい。
気分も落ち込み、うつのような状態になっていきました。
何よりつらかったのは、「怠けていると思われること」。
“体はつらい、でも頑張りたい”という気持ちとのギャップが、心を削っていったのです。
3,たどり着いた「体から整えるアプローチ」
心療内科に通っても、薬で少し良くなっても、また戻ってしまう。
そんな中、お母さんがたまたま当院のブログ記事を見つけ、「一度相談してみよう」と連絡をくださいました。
初診時、Hくんは顔色が悪く、声にも元気がありませんでした。
座っているだけでもしんどそうな様子がありました。
私たちが提案したのは、「自律神経の乱れを、神経系と体から整える」という方法です。
それが 鍼治療×機能神経学的アプローチ です。
4,脳と神経の“配線”をチューニングする
Hくんのような状態では、脳幹にある自律神経中枢(特に青斑核や延髄周辺の構造)が過敏になっているケースがあります。
これは例えるなら、「誤作動しているセンサー」が体の内部状態を誤認識し、不適切な反応(低血圧や過換気など)を引き起こしているようなもの。
私たちは次の3つを中心に評価・施術しました。
- 眼球運動と姿勢制御系(前庭小脳系)
- 内臓感覚と迷走神経系の調整
- 体性感覚フィードバック(触覚・関節位置覚)
特にHくんは、右眼の追従運動がスムーズでなく、視覚と姿勢の連動にズレがありました。これが「立ちくらみ」や「視界のゆれ感覚」に関係していたのです。
5,鍼で自律神経を“ゆるめる”
機能神経学的評価と並行して、鍼治療も取り入れました。
使用したのは以下のような経穴
- 百会(前頭前野と連携しやすい)
- 内関(前庭系や迷走神経調整に関連)
- 足三里(脳腸相関、ATP産生調整)
ごく浅く、微細な刺激でアプローチすることで、交感神経の過剰興奮を抑制し、副交感神経系の働きをサポートします。
初回の施術後、Hくんは「ちょっと頭がスッキリしたかも…」とつぶやきました。
6,少しずつ、でも確実に
最初の1か月は、週2回の施術と、日々のホームエクササイズ(眼球運動、呼吸トレーニング)を続けました。
朝起きたときの頭痛が減り、「週1回は登校できた」とお母さんから報告がありました。
2か月目になると、以下の変化が出てきました。
- 起床後の動悸が減る
- 日中のめまいが減少
- 表情に笑顔が戻る
自律神経の回復は「ジェットコースターのような波」がありますが、Hくんはその波に少しずつ乗れるようになっていきました。
7,“心が元気になる”という変化
興味深いことに、身体が整ってくると気分にも変化が起きました。
「最近、ゲームより本を読む時間が増えた」
「週末に友達と出かけた」
「学校の体育祭にちょっとだけ参加した」
私たちは、心の元気は“体が安心を感じられるかどうか”と強くつながっていると考えています。
それはちょうど、安心できる「場所」にいるとリラックスできるように、安心できる「身体」にいると、心も自然と前を向くのです。
8,卒業と、未来へ
半年後、Hくんは無事に進級できました。
すべてが順調というわけではありませんが、彼は「自分の体と上手くつき合う方法」を手に入れました。
「まだ朝が苦手なときもあるけど、パニックにならなくなった」
「もし調子が悪くなっても、焦らず対処できる気がする」
これは症状が“ゼロ”になるよりも、もっと大きな変化です。
彼の中に、「回復していける」という希望が芽生えたのです。
おわりに:同じ悩みを抱えるあなたへ
起立性調節障害という言葉の裏には、単なる「血圧の問題」ではなく、神経の調整力、感覚と脳のズレ、そして「心の居場所」の問題が潜んでいます。
Hくんのように、
「動けない自分を責めていた」
「誰にも理解されずつらかった」
…そんな想いを抱えている方は、たくさんいます。
でも、体から整えていくことで、確実に“変わっていく道”はあります。
その道を、一緒に歩む準備が私たちにはあります。
施術内容のまとめ
アプローチ | 内容 |
---|---|
鍼治療 | 自律神経反応点への浅刺・微刺激(百会、内関、足三里など) |
機能神経学評価 | 眼球運動、立位バランステスト、反射評価 |
神経調整 | 呼吸法、眼球トレーニング、迷走神経刺激(軟口蓋振動や胸郭モビライゼーション) |
出典論文・参考資料
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Raj, S. R. (2013). Postural tachycardia syndrome (POTS). Circulation, 127(23), 2336-2342.
-
Benarroch, E. E. (2012). The central autonomic network: functional organization, dysfunction, and perspective. Mayo Clinic Proceedings, 78(5), 505-517.
-
Thayer, J. F., & Lane, R. D. (2009). Claude Bernard and the heart–brain connection: further elaboration of a model of neurovisceral integration. Neuroscience & Biobehavioral Reviews, 33(2), 81–88.
-
Khalsa, S. S., et al. (2018). Interoception and mental health: A roadmap. Biological Psychiatry: Cognitive Neuroscience and Neuroimaging, 3(6), 501–513.