
こんにちは。大阪府枚方市の「はる鍼灸整骨院」院長の島井 浩次です。
当院では、鍼灸治療と機能神経学的アプローチを組み合わせ、
「原因がわからない」「検査で異常はない」と言われた症状の改善に取り組んでいます。
今回は、日々の仕事の中で身体の限界に気づけなかった、とある30代の女性歯科医師の回復ストーリーをご紹介します。
◆ 静かに始まった“不調”のサイン
彼女は初診時、どこか自分の状態に半信半疑のようでした。
「こんなことで来ていいのか迷いました」と言いつつ、私の前でそっと口を開きます。」
「肩こり、首こりは昔からあったんですけど、ここ数ヶ月で耳が詰まる感じがして……。」
「音が響いてしんどい日もあって、ひどいと頭痛や吐き気がくるんです。」
声のトーンも少し控えめで、話すたびに“がまんグセ”がにじみ出ていました。
◆ 歯科医師という「姿勢を壊す仕事」
患者さんは30代半ばの歯科医師。
特に最近は、高齢者施設や在宅医療の現場に赴く訪問診療が中心です。
医院での診療と違い、訪問歯科はとにかくハード。
車の運転、器具の運搬、不安定なベッドや椅子での処置……。
「車に揺られて、到着してすぐに準備。ベッドサイドで身体をねじって口腔ケアするから、気づけば肩や首がパンパンです。」
ふとした瞬間に「耳が詰まった感じ」が始まり、
それがある日、音が鋭く頭に突き刺さるように響く感覚へと変わったそうです。
◆ 症状の全体像
来院時の主な訴えは次のようなものでした。
- 首から肩にかけての強いこり感・張り感
- 左耳の「ふさがったような違和感」
- 音に対する敏感さ(聴覚過敏)
- 頭痛や吐き気まで感じる日もある
- 夜は眠りが浅く、すぐ目が覚める
- 手足の冷えや、車の運転後の疲労感が強い
◆ 「疲れてるだけ」では片づけられない——神経学的な検査から見えた“偏り”
施術前に機能検査を行ったところ、いくつかの特徴的な反応が見られました。
● 血圧・酸素飽和度(SpO₂)の左右差
- 仰臥位(寝た姿勢)→立位での酸素飽和度の低下
- 左右の手での血圧測定でも数値の差
これは、交感神経と副交感神経のバランスの偏りが疑われる所見です。
特に「交感神経優位」状態では、末梢血管が収縮しやすくなり、
冷えや血流不全、筋緊張の亢進が起こります。
● 瞳孔反射・近見反射
- 瞳孔反応がやや緩慢
- 近見反射で片側の瞳孔が収縮しない(寄らない)
これは、中脳を中心とした脳幹の視覚統合系の機能低下を示唆するものです。
眼球運動と自律神経のバランスをつなぐ重要なルートが働いていないことが読み取れました。
● 小脳・前庭系の異常所見
- ロンベルグ → 閉眼時にグラつきが強い
- 片足立ち・継足歩行 → 明らかな不安定性
- オルタネイト運動・指鼻指試験 → 明らかな左右差
これらは、小脳の運動調整機能が崩れている可能性を示唆します。
特に、姿勢の安定化や眼球の動き、音に対する調整機能は小脳と密接に関係しています。
◆ 音に過敏になった理由——「三叉神経」と「顔面筋のトリガーポイント」
「耳が詰まった感じ」「音が響く」という感覚。
これらは聴覚系の神経伝達異常だけでなく、筋肉の緊張や神経の興奮性亢進からも起こりえます。
▶ 圧痛がみられた筋群
- 後頭下筋群(後頭部〜首の付け根)
- 側頭筋、咬筋、内側翼突筋(噛みしめに関わる)
- 胸鎖乳突筋、斜角筋群(首を支える深層筋)
これらの筋肉は、三叉神経の運動枝や顔面神経支配と関係しており、
音の伝導経路や中耳・内耳の機能に影響を与える可能性があります。
◆ 治療方針:「神経を整える」×「筋肉の興奮を鎮める」
彼女の治療には、以下のアプローチを行いました。
【1】トリガーポイント鍼治療
- 圧痛のあった筋群に対する刺鍼
特に、側頭筋や内側翼突筋へのアプローチは、耳や頭蓋内圧にも影響を与えるため慎重に。
- 三叉神経・顔面神経支配領域への顔面刺鍼
音に対する過敏さの軽減、耳閉感の緩和に寄与。
【2】機能神経学アプローチ
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眼球運動の再教育(パースート・サッケード・輻輳訓練)
中脳・脳幹機能の左右差の改善
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バランス訓練(片側性の立位・振動刺激)
小脳片側機能低下への介入。小脳-前庭-視覚連携の再構築
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呼吸調整と胸郭可動域の改善
自律神経系のアンバランス是正と副交感神経の活性化を図る
◆ 回復の軌跡:週1回 × 7回の施術記録
回数 | 主な変化・所感 |
---|---|
1回目 | 首と肩の重だるさが軽減。耳閉感が一時的に緩和。 |
2回目 | 聴覚過敏がやや軽減。眠りが深くなったと実感。 |
3回目 | 音が刺さらなくなってきた。吐き気が出なくなる。 |
4回目 | 左耳の詰まり感がほぼ消失。車移動後も疲れにくく。 |
5回目 | 頭痛が出なくなった。呼吸が深く吸えるように。 |
6回目 | 夜間に目が覚めることが減り、回復力を実感。 |
7回目 | 継足歩行・片足立ちが安定。体の中心が“通る”感覚が出る。 |
◆ 今は「月1回」のメンテナンスへ
現在は症状の波もなくなり、メンテナンス通院中。
施術中に交わされる会話も変わってきました。
「前は“しんどい”が当たり前で、それが普通だと思ってました」
「今は“あ、疲れてるな”ってちゃんと気づけるようになりました」
“気づけること”が、再び不調に戻らないための大切な力です。
◆ 最後に:あなたの不調にも「ちゃんとした理由」があるかもしれません
音がつらい。
耳が詰まる。
人混みや車の運転がつらい…。
そんな症状があっても、検査で異常が出なければ
「気のせい」
「ストレスでしょう」
で終わってしまうことが多々あります。
でも、身体は嘘をつきません。
- 自律神経の偏り
- 小脳・脳幹の機能バランス
- 筋肉の過緊張と神経の興奮
これらが複雑に絡み合って、「症状」という形で現れるのです。
あなたの“不調の正体”、一緒に紐解いてみませんか?
どんな小さな違和感でも、「我慢しなくていい場所」がここにあります。
【参考・出典論文】
-
Fernández-de-las-Peñas, C., et al. (2009). Myofascial trigger points and temporomandibular disorders. Curr Pain Headache Rep.
-
Chou, R., et al. (2007). Diagnosis and treatment of headache. Ann Intern Med.
-
Gacek, R. R. (2009). The auditory nerve: structure, function, and response to injury. Otolaryngologic Clinics of North America.
-
Schmid, A. B., & Coppieters, M. W. (2011). The double crush syndrome revisited. Manual Therapy.
-
Simons, D. G., Travell, J. G., & Simons, L. S. (1999). Myofascial Pain and Dysfunction: The Trigger Point Manual.