
こんにちは。
大阪府枚方市にある「はる鍼灸整骨院」の院長の島井 浩次です。
当院には、仕事と家事・育児の両立に疲れ果てた方が、身体の悲鳴に気づかず来院されるケースが多くあります。
今回はそんな中のひとつ、2人のお子さんを育てながらフルタイムで働く30代女性の症例をご紹介します。
ただの“腰痛”だと思っていた痛みが、なぜ日常生活まで蝕んでいったのか。
そして、その回復のプロセスには、意外な脳の働きが関係していました。
■「もう少しだけ…」と目を閉じたまま、朝が始まる
目覚ましのアラームが鳴る数分前——
彼女は、布団の中で目を閉じたまま、今日これから起こる出来事を脳内でシミュレーションしていました。
隣には、年中の息子が寝返りを打ってぐずぐず。
夜泣きで何度も起こされた記憶が、まだ身体に残っている。
「またちゃんと眠れなかったな…」
ゆっくり身体を起こして台所へ。
ご飯を炊きながらお弁当の準備、同時に朝ごはんも並行して進める。
登校班の集合時間に間に合うように、小1のお姉ちゃんに声をかけながら支度を急かし、下の子の着替えと歯磨き、トイレの確認。
保育園の連絡帳を書き、バッグの中身をチェック。
おむつと着替え、タオルや連絡帳も忘れずに。
洗濯機を回す音を背中に聞きながら、息子の靴下を探して家中をウロウロ。
ようやく出発の準備が整う。
朝7時半、ご主人が下の子を保育園に送りに出発し、娘は登校班で小学校へ。
ようやく訪れた静かな数分間。
「…ふぅ」と吐いた深いため息と一緒に、腰に鈍い痛みが残っているのを感じる。
その感覚は、ここ数ヶ月ずっとあった。
■「座ってるだけなのに…」とため息が漏れる日中
出勤準備を終えて会社へ向かう。
職場では、朝から晩までパソコンの前で資料作成やメール対応。
座ったまま、ほとんど身体を動かさずに何時間も過ぎていく。
「最初はただの肩こりだと思ってたんです」
彼女はそう話していました。
長時間のデスクワークで肩や背中が重いと感じるのは、誰にでもよくあること。
でもそのうちに、「なんか腰が重いな」と思うことが増えてきて、
朝起きたときには腰が固まったような鈍痛を感じるようになり、
座っていると、今度は右のお尻から太ももの裏にかけてピリピリとした“しびれ”が出てくるようになっていった。
■帰りの“戦い”と、やっと座れた夜の違和感
午後5時、仕事を終えた彼女は、すぐに車で保育園と学童へ。
2か所を回って子どもたちをピックアップし、帰り道に買い物。
後部座席では兄弟げんかが始まり、「ママ~!」の呼び声に片手で運転、片手でなだめながらの帰宅。
家に着けば、夕飯作り・お風呂・宿題・洗濯・寝かしつけ……
怒涛のような家事と育児のルーティンをこなし、ようやくリビングのソファに腰を下ろしたとき。
ズキン。
腰が痛む。
ジワ~。
右のお尻から脚にかけて、しびれが広がっていく。
「今日もまたか…」
そう思いながら、冷えたお茶をひとくち。
目の前では、兄弟が「寝たくない~」と枕投げ。
■整形外科での検査と「異常なし」の安心
痛みとしびれに不安を感じ、彼女は整形外科を受診。
MRIやレントゲンなどの画像検査を受けた結果——
椎間板ヘルニア、脊柱管狭窄症、内臓疾患や腫瘍などの異常はなし。
この「異常なし」という結果は、私たち施術家にとっても非常に大切な情報です。
なぜなら、重大な病変(がんや感染症など)がないことが明確になったうえでの慢性症状は、安心して鍼灸や神経機能からのアプローチが行えるからです。
自己判断で済ませず、まずはきちんと検査を受ける。
これはどんな不調にも共通する、大切なステップです。
■「これ以上、放っておいたらダメかも」——心のブレーキが外れた瞬間
痛みやしびれは、日を追うごとに強くなっていた。
だましだまし過ごしてきたけれど、最近は子どもを抱っこするのも億劫に感じるように。
座っている時間が長いと、仕事に集中できない。
気づけば「痛み」に気を取られている時間が、日常を侵食していた。
「もう少し我慢すれば治る」
「寝たら楽になるはず」
そう思っていたけど、そんな日が来る気配はない。
そんなとき、ご主人が言った。
「俺、通ってるところ、けっこう良いよ。行ってみたら?」
彼女は、当院を訪れる決心をされました。
■ご主人からの紹介で来院へ
彼女が当院にいらっしゃったのは、ご主人の勧めがきっかけでした。
実はご主人も、過去に腰痛で通院されており、現在は月1回のメンテナンス通院を継続中。
「先生のところでだいぶ良くなったよ」と言われ、
彼女も半信半疑ながら足を運んでくれたそうです。
■検査でわかった“隠れた原因”——それは「脳」だった
問診後、詳しい検査を行いました。以下が主な所見です。
◆筋・筋膜のトリガーポイント(押すと響くポイント)
- 右中殿筋・梨状筋・腰方形筋に強度の圧痛
- 押すと「そこそこ!それ!」と強く反応あり
◆バランス・姿勢制御機能の検査
- ロンベルグ(閉眼立位)や継足歩行で大きなふらつき
- オルタネイト(交互動作)、鼻指鼻検査で左右差が著明
◆眼球運動の検査
- サッケード(瞬間的な眼球運動)で片側のオーバーシュート(行き過ぎ)が出現
- 輻輳反射(両目を内寄せる動き)では片方の眼が寄りにくく維持できない
◆感覚の検査
- 触覚:右がやや鈍い
- 痛覚:右太もも裏〜脛で軽度の過敏化
これらの所見から浮かび上がってきたのは、
小脳と大脳皮質(感覚・運動制御に関わる脳のエリア)の機能低下によるバランス・筋トーン・感覚異常です。
■なぜ「脳の機能低下」が痛みやしびれを起こすのか?
長時間のデスクワークや育児の負担、睡眠不足などが重なると、脳の“調整役”である小脳や大脳皮質がうまく働かなくなることがあります。
◆小脳の役割とは?
- 筋肉の協調運動・姿勢の安定・眼球運動の制御に関与
- 小脳がうまく働かないと、必要以上に筋肉が緊張しやすくなる
◆大脳皮質の感覚野・運動野
- 体の位置や刺激を正確に感じ取り、動かす指令を出す
- 機能が低下すると、一部の筋肉が過剰に働き、他はサボる→痛みやしびれの元に
加えて、座位が長いことで殿筋や腰部が慢性的に圧迫され、
不動による感覚入力の低下も重なり、
結果として、筋膜内のトリガーポイントが形成され、
痛みやしびれの感覚が引き起こされていたと考えられます。
■行った施術:鍼と神経機能の“再教育”
◆トリガーポイント鍼治療
- 中殿筋・梨状筋・腰方形筋へ鍼を使用
- 深部の筋膜にアプローチし、血流と神経伝達を改善
◆機能神経学的アプローチ
- 小脳系や前庭系への刺激(視覚・前庭・体性感覚統合)
- 眼球運動訓練(サッケード、パースート、輻輳)
- バランストレーニング(片脚立ち、バランスパッドなど)
- 呼吸の再教育と胸郭の可動性向上
■施術経過と変化:週1回 × 9回のストーリー
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初回~3回目
まずはトリガーポイント鍼と機能神経学アプローチを組み合わせて施術開始。
朝の腰の痛みが徐々に軽くなり、ベッドからの起き上がりが少し楽に。
座っているときのしびれ感はまだ強く残っているものの、
「張ってる感じが前よりマシかも」と本人も変化を実感し始める。
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4回目~6回目
お尻から太もも裏のしびれが明らかに減少。
学童や保育園の送迎で車の乗り降り時も
「あれ?そういえば痛くない」と感じる場面が増える。
同時に、バランスや眼球運動の訓練によって、姿勢が安定してきた印象あり。
夜の寝つきも少しスムーズになったとの報告。
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7回目~9回目
腰の痛みやしびれは、日常生活ではほぼ気にならないレベルにまで軽減。
仕事中に長時間座っても大丈夫な時間が増え、集中力も戻ってきた。
保育園で子どもを抱き上げるときの不安もなくなり、
「日常の中で自然と笑顔が増えた気がする」と話されるように。
■忙しいあなたへ伝えたいこと
この症例は、単なる「腰痛」ではありませんでした。
日々の生活習慣、身体の使い方、そして“脳の働きのズレ”が積み重なって生まれた複雑な症状でした。
「腰が痛い」「足がしびれる」といったサインは、身体からの“SOS”であり、同時に“気づきのチャンス”でもあります。
頑張るあなた自身が、心身の不調に耳を傾けること。
その選択が、家族にとっても、将来の自分にとっても、とても大きな意味を持ちます。
■まとめ
- 画像所見「異常なし」でも、症状の背景には脳の機能低下や感覚異常が潜むことがある
- 長時間の同一姿勢、不動、睡眠不足、ストレスが積み重なると、小脳・感覚野の働きに偏りが出やすい
- 鍼治療と機能神経学アプローチで脳-身体の再統合を図ることで、症状は改善へ
- 定期的なメンテナンスで再発を予防
参考文献
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Simons DG, Travell JG, Simons LS. Myofascial Pain and Dysfunction: The Trigger Point Manual.
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Haavik N, Murphy B. The role of spinal manipulation in addressing maladaptive neural plasticity. J Electromyogr Kinesiol.
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Manto M, et al. The cerebellum: a new key structure in the pathophysiology of chronic pain. Rev Neurol (Paris).
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Butler DS, Moseley GL. Explain Pain.
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Le Pera D, et al. Inhibitory and excitatory pain mechanisms in the human brainstem and spinal cord. J Neurosci.