
こんにちは。大阪府枚方市の「はる鍼灸整骨院」院長の島井浩次です。
当院では、痛みや不調の“背景”にある神経系の不均衡や回路の誤作動に注目し、鍼灸と機能神経学を組み合わせた施術を行っています。
今回は、右前頭部から頭頂部にかけてのピリピリした痛みや不眠、焦燥感など、日常生活に支障をきたすような不調に悩まされた30代男性の回復ストーリーをご紹介します。
「父親なのに…」——2児の父が抱えた“訳のわからない頭の痛み”
30代男性。会社員で、2人のお子さんのお父さん。
「もともと、ストレスがたまると首がこるタイプだったんです。」
「でも、半年くらい前から、右側の頭がピリピリと痺れるような感じがずっと続いて…」
首こりだけならまだ我慢できた。
しかし、それに加えて現れたのが…
- 右前頭部〜頭頂部の常時ピリピリする痛み
- 強い光をまぶしく感じる
- 夜に眠れない
- 常に何かに急き立てられるような焦燥感
- 家族に対してイライラしてしまう
精神的にも身体的にも余裕がなくなっていくのを感じていたそうです。
病院では「三叉神経痛の疑い」と診断され、抗けいれん薬や鎮痛剤が処方されましたが、はっきりとした効果は得られず…
「このままずっと痛みが続くんじゃないか」
「子どもと笑顔で向き合えなくなるかも」
そんな不安を抱えながら、ネットで検索して当院を訪ねてくださいました。
問題の出発点は“2年前の頭部の怪我”?
お話を伺っていくと、患者さんは2年前に転倒して右後頭部を3針縫うケガをされていました。
その時は、抜糸後の傷跡に違和感が残る程度で、日常生活に支障はなかったとのこと。
しかし、脳には「過去の痛みや損傷の記憶」が残ることがあります。
皮膚の奥にある瘢痕(傷あと)が、わずかに神経を刺激し続けていると、無意識のうちに“痛みの回路”がずっとオンになり続けることがあるのです。
これは“侵害刺激の持続入力”といい、
それが長く続くことで「感覚過敏」や「自律神経のバランス異常」へとつながるケースがあります。
検査で見えてきた「交感神経優位」と「皮質機能の左右差」
① 血圧・酸素飽和度の左右差と体位変化
まず、血圧とSpO₂(酸素飽和度)を左右で比較。
その結果:
-
右側の血圧とSpO₂が低下
-
臥位→坐位→立位と体勢を変えると、さらに酸素飽和度が低下
この所見は、交感神経が優位になりすぎて、血管が収縮してしまっている可能性を示唆します。
② 瞳孔反射の緩慢さ・四肢の冷え
-
瞳孔反射がやや鈍く、交感神経の過緊張または副交感神経の抑制傾向が考えられました。
-
四肢の冷えもあり、自律神経の末端調節異常が疑われます。
③ 頭皮の痛覚過敏
-
ピンホイールによる痛覚刺激に対し、右側の前頭〜頭頂部で過敏反応あり。
-
典型的な三叉神経痛のような電撃的な発作痛ではなく、常時ピリピリする“表層性の痛み”。
④ 眼球運動検査と腱反射
-
パースート(追従運動)で、右方向でサッケード(跳び目)が混入
-
右の腱反射が左よりやや亢進
これらは、大脳皮質—脳幹—脊髄の“興奮バランスの偏り”を示唆していました。
推測されるメカニズム
「断続的な侵害入力 → 感覚皮質の過活動 → 自律神経の偏り」
今回の症状は、いわゆる「神経痛」とは少し異なる経路をたどっている可能性がありました。
● 発端は、2年前の「右後頭部の怪我」
-
皮下の瘢痕により、わずかに残存する持続的な侵害刺激が存在。
-
この微弱な信号が、皮質(感覚野)に常に入力される状態となっていた。
● 感覚野の過活動と左右差
-
長期の侵害入力により、右半球(あるいは左半身感覚を担当する領域)の抑制機構がうまく働かなくなる。
-
感覚過敏 → 三叉神経領域に慢性的な「痛み様刺激」として認識される。
● 自律神経の調節異常
-
感覚野からの投射異常が、視床や大脳辺縁系(不安や怒りを司る領域)を刺激
-
それにより、焦燥感・不眠・イライラ・光過敏などの症状が併発
施術:症状に対応した鍼治療+機能神経学アプローチ
患者さんの状態を詳細に評価した上で、以下の施術方針を立てました。
① 瘢痕部位への鍼灸
右後頭部の瘢痕部位には、極細の鍼を浅く刺入し、微細な刺激で侵害入力を“上書き”するように施術しました。
このような部位では、深い刺鍼よりも、侵害受容器を賦活しない程度の優しい刺激で、脳に「安全な信号」を送り直すことが重要です。
また、必要に応じて透熱灸を併用し、血流と皮膚温の改善を図りました。
瘢痕が交感神経終末を過剰に刺激していた可能性もあり、温熱刺激での鎮静効果も期待して施術しています。
② 症状に対応したトリガーポイント鍼治療
-
頚部(胸鎖乳突筋・後頭下筋群)への刺鍼で、首こりと関連する緊張の緩和を図りました。
-
側頭筋や前頭筋、帽状腱膜などにも過緊張があり、ピリピリとした表在性の痛みに関与している可能性があったため、頭部への刺鍼も実施。
これらの部位は、三叉神経の末梢枝と関連が深く、筋緊張の緩和によって中枢の感作も抑制されることが期待できます。
③ 機能神経学的アプローチ
-
眼球運動エクササイズ(パースートトレーニング)で、左右の脳皮質間の興奮バランスを調整
-
耳介迷走神経刺激によって副交感神経の活性を促進し、睡眠や不安の改善を図る
-
施術中や前後に姿勢変化時のSpO₂と血圧の測定を行い、神経系の反応性を評価しながら施術を微調整
経過:週1回の施術で11回、徐々に緩やかな改善へ
症状は突発的な変化ではなく、波を描きながら徐々に和らいでいく経過をたどりました。
回数 | 主な変化 |
---|---|
初回 | 施術直後に「頭が軽い」「まぶしさがやわらいだ」感覚 |
2〜3回目 | 首こりが減少し、夜に寝付きやすくなる |
5回目 | 頭のピリピリ感が1日中→夕方のみへと縮小 |
7回目 | 家庭でのイライラが減少し、子どもとの時間を楽しめるように |
10回目 | 自覚的な痛みはごく軽くなり、再発の不安も減少 |
11回目 | 痛み・不眠・光過敏はほぼ消失、表情が柔らかくなる |
最後に:
「あの時のケガが原因だなんて、思いもしなかったです」
この患者さんは、現在も月1回のメンテナンスに通われています。
症状が改善してからは、以前よりも表情が穏やかになった印象があります。
本人いわく、「痛みだけじゃなく、イライラや不安まで消えてきたのが驚きです」
と話されていました。
身体に残る「小さな傷あと」が、
こころや生活に「大きな影響」を与えることもある。
痛みを“痛み”としてだけではなく、
その背後にある神経系の偏りや脳の処理機構に着目することで、
見えてくる世界があるのだと、私たちは信じています。
参考・出典論文
-
Melzack R, Wall PD. Pain mechanisms: a new theory. Science. 1965.
-
Tracey I, Mantyh PW. The cerebral signature for pain perception and its modulation. Neuron. 2007.
-
Apkarian AV et al. Chronic pain and the emotional brain: specific brain activity associated with spontaneous fluctuations of intensity of chronic back pain. J Neurosci. 2005.
-
De Ridder D, Vanneste S. Burst and tonic spinal cord stimulation: different and common brain mechanisms. Neuromodulation. 2016.
-
Yaksh TL, Wallace MS. Pharmacology of Pain. In: Brunton LL et al., eds. Goodman & Gilman's. 2017.