“誤作動する脳の警報システム”

▶はじめに
こんにちは。大阪府枚方市「はる鍼灸整骨院」院長の島井浩次です。
私たち人間は、数万年前の狩猟採集時代から続く生命維持と防御の生理学的システムを持っています。
しかし、文明の急速な発展によって、情報量・ストレス・生活環境が過剰になる現代では、この“設計”とのギャップが「原因不明の不調」として現れがちです。
つまり、神経系が過剰に警戒モードを作動させることで、体や心に“見えないアラーム”が鳴り続けている状態。これを「脳の誤作動」と呼ぶことができます。
本記事では、その誤作動を生理学・神経学・生化学・動物行動学の視点からわかりやすく解説し、当院でも取り入れている「BASE療法」についてご紹介します。
文明と身体のギャップ:進化と行動学の視点
人間の神経・生理システムは、自然環境の中で「危険の迅速な検出と反応」「エネルギー節約」を目的に進化してきました。
動物行動学で言えば、闘争・逃走・回避行動のシステムが最優先されていたのです。
ところが現代の社会では、命の危険そのものは減ったにもかかわらず、常に情報やストレスにさらされることで、神経系が慢性的なアラーム状態に追い込まれています。
これは動物でいう「捕食者がいないのに警戒し続けている状態」に近いといえます。
この過剰な緊張が、原因不明の不調へとつながっているのです。
脳の誤作動とは? ― 神経・生理学的メカニズム
本来、脳は危険を察知すると交感神経を優位に切り替え、心拍数や血圧を上げて戦うか逃げるかの準備をします。
しかし現代では、メール通知・人間関係のストレス・睡眠不足といった「生命に関わらない刺激」が誤って危険と認識されることがあります。
すると、自律神経が乱れ、ホルモン分泌(アドレナリン・コルチゾール)も過剰に。結果として、
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慢性的な疲労
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睡眠障害
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消化器のトラブル
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情緒不安定
といった症状が生じます。
BASE療法(Brain Alarm System Entrainment)とは?
BASE療法は、新札幌カイロプラクティックセンターの中原敏憲先生が考案された治療法です。
脳の誤作動を段階的に検出・解除していくアプローチであり、その理論と臨床応用には深い洞察と経験が込められています。
当院でも中原先生のご研究・ご実践に敬意を表し、この療法を取り入れております。
BASE療法では、呼吸と触覚刺激を用いながら、大腰筋の筋出力を指標としてアラーム反応を確認し、解除を促します。
① ファーストアラーム:大脳皮質レベル
- 検査:頭部を回旋した状態で大腰筋テスト
- 意味:前頭前野の活動低下により制御機能が弱まる
- 解除:自然体位で深呼吸 → 筋力回復でリリース
② セカンドアラーム:辺縁系レベル
- 検査:肋骨に手を置いて大腰筋テスト
- 意味:扁桃体・帯状回など情動と呼吸の結合が乱れている
- 解除:深呼吸 → 筋力回復で解除
③ ストレス反射:脳幹・副腎レベル
- 検査:臍外側の副腎ポイントを押さえて筋力テスト
- 意味:HPA軸の過剰活性化、アドレナリン優位状態
- 解除:押圧しながら呼吸 → 筋力回復でリリース
④ シンパシティック・タッチ:交感神経反射点
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検査:体表の特定部位(交感神経反射点)にソフトタッチを加え、筋テストで筋出力の変化を確認。
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神経学的意味:交感神経は胸髄〜腰髄の側角から起こり、交感神経節を経て全身に広がります。慢性的なストレス状態では、この経路が過活動化し、心拍数上昇・血管収縮・筋緊張・消化抑制が持続してしまいます。
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生理学的裏付け
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皮膚機械受容器からの入力が脊髄後角で収束し、交感神経節に対する抑制的投射を高める。
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迷走神経系とのバランス:軽い持続圧やソフトタッチは迷走神経核の活動を高め、副交感神経優位に傾きやすくなる。
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中枢レベルの統合:触覚刺激は視床を経由して前頭前野や島皮質に伝わり、帯状回で情動と自律神経の統合を助ける。
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生化学的影響:交感神経優位が緩むことで、アドレナリン・ノルアドレナリンの放出が抑えられ、コルチゾール濃度も低下。循環・代謝・免疫が安定へ向かう。
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解除法:反射点にソフトタッチを加えつつ呼吸を繰り返す。呼吸と触覚入力の相互作用で交感神経活動が鎮まり、副交感神経(迷走神経)優位に移行する。
呼吸が持つ科学的根拠
呼吸は単なるリラクゼーションではなく、神経学的にも効果が確認されています。
- HRV(心拍変動)を高める → 副交感神経の働きが優位に
- 迷走神経刺激 → 消化・免疫機能を改善
- 前頭前野活性化 → 情動制御・集中力向上
- 全身ネットワークの再調整 → “アラームモード”解除
つまり呼吸は、脳と体の両方にとって“リセットボタン”の役割を果たします。
BASE療法で期待できる効果
- 原因不明の不調の改善
- 自律神経バランスの正常化
- 睡眠の質向上
- 消化・免疫機能の回復
- 筋力・姿勢の安定
- 身体が「自ら回復に向かう学習」
BASE療法は、身体を「過剰警戒モード」から「本来の安定モード」へ戻す手助けになります。
まとめ
現代社会のストレス過多な環境は、脳の誤作動を起こしやすい条件です。
BASE療法は、生理学・神経学・生化学・動物行動学の知見を背景に、呼吸と触覚刺激を用いてシンプルかつ科学的に脳の警告信号を解除する方法です。
そして何より、この理論を体系化し、臨床に応用する道を開かれた新札幌カイロプラクティックセンターの中原敏憲先生のご尽力に深く敬意を表します。
先生の探究心と臨床経験が、多くの方々の健康回復の道しるべとなっていることに、心より感謝申し上げます。
「検査で異常がないのに不調が続く」そんな方にとって、BASE療法は一つの新しい選択肢になるでしょう。
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