
はじめに
こんにちは。
大阪府枚方市「はる鍼灸整骨院」の院長、島井 浩次です。
今回は、ちょっと不思議で、けれど多くの方が「経験しているかもしれない」ある症状についてご紹介します。
「日常生活は問題ないし、ダンスもゴルフも楽しめている。」
「でも、畑仕事のときだけ、足の裏が痛いんです。」
そんな症状を訴えた60代の女性患者さんのお話です。
足そのものに異常は見当たらず、靴も変えてみたけれど変化なし。
そして、この痛みは決まって「畑で作業しているとき」にだけ現れるのです。
足底痛、でも病院では「異常なし」
この患者さん、普段は元気で活動的。
週に1回はダンス教室、近所のグラウンドでのグランドゴルフも楽しんでいます。
にもかかわらず、土いじりをしていると、
「ズーンと足の裏が重だるくなってくる。痛いっていうより、しんどい感じが強いかも…」
とのこと。
整形外科ではレントゲンもMRIも異常なし。
湿布を出されて様子をみるように言われたそうですが、畑に立つたびに痛みは繰り返します。
痛みの謎:ダンスやゴルフでは出ない?
この方が不思議に思っていたのは、「畑だけで痛い」という点です。
- 買い物も歩ける
- ゴルフもダンスも楽しめる
- でも畑だけ、ズキンと足底が痛む
まるで「畑にだけ足を痛くする何かがあるみたい」と冗談めかしておっしゃっていました。
触診で浮かび上がった“奥の声”
当院では、痛みのある場所だけでなく、体全体を評価します。
とくに注目したのが、「骨盤の後ろ側」、後仙腸靭帯(こうせんちょうじんたい)と呼ばれる靭帯です。
腰骨(腸骨)と仙骨を結ぶ靭帯で、体幹と下肢の力を受け渡す“中継地点”のような役割を担っています。
軽く押圧してみたその瞬間
「あっ…先生、今、足の裏にズンってきました…!」
驚いたような表情で、患者さんが口にされました。
まさに、畑で感じていたあの痛みにそっくりだとのこと。
決定打:仙腸靭帯への“刺鍼”で足底に響く
さらに評価を進め、慎重に後仙腸靭帯周囲へ鍼を刺入してみました。
すると、
「今、鍼がスッと入った瞬間、足の裏に響きました…」
鍼の刺入と同時に、遠く離れた足の裏に“響き”が走ったのです。
しかも、それは「畑で出るあの感覚そのもの」とのこと。
靭帯そのものに痛みはない。
でも、刺激すると“足底”に反応が出る。
ここで、ようやくパズルのピースがすべてはまりました。
なぜ、靭帯の刺激で足の裏が痛むのか?
実は、後仙腸靭帯はL5〜S3の神経支配を受けています。
そして足底は、脛骨神経(主にS1〜S2)によって感覚が送られています。
この「セグメントの重なり」によって、
靭帯への慢性的なストレスや感作が、脊髄レベルで“足底の痛み”として誤って出力されることがあるのです。
さらに、
- 畑作業のような前傾・しゃがみ姿勢で靭帯が引き伸ばされ
- 靭帯の中にある侵害受容器が反応し
- 関連する神経回路を介して、足底に「痛みの誤信号」が送られていた
と考えられます。
なぜダンスやゴルフでは痛くないのか?
ここも重要なポイントです。
動作 | 痛み | 特徴 |
---|---|---|
ダンス・ゴルフ | × 無し | リズミカル・動的・重心移動あり |
畑仕事 | ◎ 出現 | 静的・前傾・不安定地面・剪断力が集中 |
そのリズムや刺激が、脳の「痛み抑制システム(下行性抑制)」を働かせてくれます。
一方で、畑作業は前傾保持やしゃがみ姿勢を長時間続けるため、
仙腸靭帯に持続的なストレスが加わり、感作された神経が誤作動を起こす条件が整いやすいのです。
治療とセルフケア:体の“誤解”を解いていく
この方には、以下のアプローチを行いました。
- 後仙腸靭帯周囲への軽微な刺鍼刺激
- 骨盤・体幹の安定性を高める腹横筋呼吸訓練
- 足底の末梢神経への皮膚刺激とモジュレーション
- 畑作業前後の「反り・伸ばす」運動の導入
3回目の施術後には、「痛みが出るまでの時間が明らかに延びた」と実感され、
5回目には「この前、1時間畑やっても痛みが出なかった」と喜ばれていました。
まとめ:痛みは“場所”より“背景”を診ることが大切
足の裏が痛いからといって、足だけに注目していたら、この原因は見逃されたままでした。
今回のケースが教えてくれるのは、
「痛い場所に原因があるとは限らない」
という、身体の奥深さです。
靭帯からの“静かな声”が、足の裏に「誤信号」として届いていただけ。
大切なのは、体のつながりに耳を澄ませること。
そして、痛みの背景にある動き・環境・神経系の反応にまで目を向けること。
そんなことを、あらためて学ばせてくれる症例でした。
参考・出典
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Travell, J. & Simons, D. (1999). Myofascial Pain and Dysfunction: The Trigger Point Manual. Volume 2.
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Vleeming, A. et al. (1996). The Role of the Sacroiliac Joints in Coupling Between Spine, Pelvis, and Legs.
-
Schleip, R. (2003). Fascia as a Sensory Organ: A Hypothesis.
-
Hodges, P. et al. (2003). Motor Control of the Lumbopelvic Region in Painful and Non-Painful Conditions.
-
Jaeger, B. (1987). Myofascial Trigger Point Pain Syndromes: To Treat or Not to Treat.