
はじめに:汗が止まらない、意識がぼんやり…それは“体からのSOS”
こんにちは。大阪府枚方市にある「はる鍼灸整骨院」の院長 島井浩次です。
毎年、夏が来ると「熱中症に注意」といった言葉を耳にします。
水分補給をこまめに、エアコンを使って温度調整を…といったアドバイスもよく知られていますよね。
けれど、「熱中症って要するに暑さで気分が悪くなるだけでしょ?」と軽く見られがちなのも事実です。
しかし、実際には——
「体が制御不能になる」
「脳が指令を出せなくなる」
「細胞が自ら破裂し、全身が暴走を始める」
……そんな“内側からの暴走”が起きているとしたら、どうでしょうか?
本記事では、熱中症の本当の怖さを「体・細胞・脳」の3つのレベルから、
わかりやすく・けれどしっかりと解説していきます。
読み終わった後には、熱中症への意識がきっと変わるはずです。
1:体はどうやって“熱”を逃がすのか?——体温調節のしくみ
私たちの体は、「内なる火」を一定に保つシステムを持っています。
それが「体温調節」です。
体温コントロールの司令塔は“脳のエアコン”
体温は常に36.5~37.0℃ほどで維持されていますが、これは脳の視床下部(ししょうかぶ)という場所が、体のサーモスタットとして働いているからです。
気温が上がると、この視床下部が“体を冷やせ!”という指令を出します。
その指令を受けて起こるのが、以下の2つの放熱反応です。
-
皮膚の血管が広がる(血流を増やして熱を逃がす)
-
汗をかく(汗が蒸発するときに熱を奪う=気化熱)
この調整役は“自律神経”
この放熱反応は、自分の意志でコントロールできるものではありません。
それを担っているのが自律神経という神経系です。
特に、「副交感神経」と「交感神経」がバランスをとりながら、発汗や血流の調整を行います。
でも“暑すぎる”と、どうなる?
真夏の炎天下、高湿度の中では…
- 汗がどんどん出るけど、湿度が高くて蒸発できない
- 熱が逃げず、体内にどんどんこもる
- 脱水が進んで、血液がドロドロになり流れにくくなる
- 放熱ができなくなると、体温は40℃以上に上昇する
この時点で、体の冷却システムは完全にオーバーヒートしてしまうのです。
2:細胞たちの“サバイバル戦争”——生化学的メカニズム
体温が急上昇すると、目に見えない「細胞の世界」で悲鳴が上がり始めます。
細胞は“小さな工場”
私たちの体を構成する細胞は、例えるなら「24時間操業の工場」です。
この工場では、酸素と栄養をもとに「ATP(エネルギー)」を作り出し、あらゆる生命活動を支えています。
しかし——
熱中症では、その工場が火事になるのです。
高熱はATPの生産ラインを止める
高体温が続くと、ミトコンドリアというエネルギー工場がダメージを受けます。
- 酸素が足りない
- 酸素があっても、熱で酵素が働かなくなる
- ATP(エネルギー)が作れない
まさに停電状態です。
電解質(ナトリウム・カリウムなど)の異常
汗とともに体外に失われるのは水分だけではありません。
ナトリウム(Na⁺)やカリウム(K⁺)などの“体内の電気信号”を伝える成分も出ていってしまいます。
-
ナトリウムが少ない → 意識がぼんやり・けいれん
-
カリウムが多くなる → 心臓が止まるリスク
体はまるで“ショート寸前の配電盤”のような状態になります。
3:細胞が破裂する?——ネクローシスと炎症の連鎖
細胞が壊れる「ネクローシス」とは?
ネクローシス(necrosis)とは、細胞が異常な形で死んでしまう現象です。
例えるなら——
精密機械が故障して煙を上げて壊れるようなもの
ATPが足りず、細胞膜のポンプが働かなくなると、水やイオンのバランスが崩れ、
細胞が膨れ上がって破裂してしまいます。
破裂すると、中から出てくるのが“DAMPs(損傷関連分子パターン)”。
これが周囲の免疫細胞を刺激し、炎症の嵐が巻き起こるのです。
4:脳の中の“司令室”が沈黙するとき——神経学的な異常
熱中症で最も恐ろしいのは、脳が機能を失うことです。
視床下部の故障=エアコンのリモコンが壊れる
体温を調整する司令塔である視床下部。
ここが熱に弱いのです。
高体温が続くと——
- 放熱の指令が出せなくなる
- さらに熱がこもる → 神経細胞がダメージ
- 意識障害、痙攣、昏睡へと進行
まるで、ブレーカーが落ちて真っ暗になった指令室のよう。
血液脳関門(BBB)の破綻
血液と脳の間には「関所」のような防御壁があります。
これが血液脳関門(Blood Brain Barrier:BBB)です。
しかし、炎症や酸化ストレスによりこの関門が壊れると——
- 有害物質が脳内に入り込む
- 浮腫(むくみ)や炎症が発生
- 脳が腫れ上がり、機能低下を起こす
5:なぜ「命に関わる」のか?——臓器のドミノ崩壊
体温が高いまま維持されると、以下のような臓器障害が進行します
臓器 | 熱中症による障害 |
---|---|
脳 | 意識障害・痙攣・脳浮腫 |
肝臓 | 肝機能障害・酵素上昇 |
腎臓 | 横紋筋融解による急性腎不全 |
心臓 | 不整脈・循環不全 |
消化管 | 粘膜障害・下血 |
これらが重なると、多臓器不全(MODS)となり、生命にかかわる危険な状態になります。
6:熱中症を防ぐには?——“壊れる前”の対応がすべて
熱中症は、「気合い」や「慣れ」で乗り切れるものではありません。
体のシステムそのものが限界を超えると壊れるのです。
予防のためにできること
- 水分だけでなく、塩分も摂る
- 氷や冷タオルで首・脇・鼠径部を冷やす
- 呼吸が浅くなっていないか意識する
- 睡眠不足は体温調整に悪影響
- エアコンは我慢せず活用
終わりに:——熱中症は「内なる災害」
熱中症は、単なる“外の暑さ”ではなく、体の中に起こる災害です。
それは、最初は見えない、感じないかもしれません。
けれど、その沈黙のなかで、
-
脳の指令は狂い
-
細胞は暴走し
-
全身のシステムは連鎖的に崩壊していきます
ぜひ、この記事を通じて「熱中症=ただの暑さ」ではないことを知っていただき、
日々の体調管理に役立てていただけたらと思います。
参考・出典論文
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Bouchama A, Knochel JP. Heat stroke. N Engl J Med. 2002 Jun 20;346(25):1978-88.
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Epstein Y, Yanovich R. Heatstroke. N Engl J Med. 2019 Jun 27;380(26):2449-2459.
-
Leon LR, Bouchama A. Heat stroke. Compr Physiol. 2015 Jul;5(2):611-47.
-
Tsuruta R, Kaneko T, et al. Pathophysiology of heat stroke and heat illness. Acute Med Surg. 2020 Apr;7(1):e516.
-
中村好一『熱中症診療ガイドライン2022』日本救急医学会・環境医学会