
はじめに
こんにちは。はる鍼灸整骨院 院長の島井浩次です。
日々、多くの患者さんの痛みや不調と向き合う中で、「病院では◯◯と言われたけれど、なかなか良くならなくて……」というお声を耳にすることが少なくありません。
今回ご紹介するのは、病院で「足底腱膜炎」と診断された30代の男性ランナーのケースです。
一般的には“足裏の炎症”と思われがちな足底腱膜炎ですが、彼の足の痛みの本当の原因は、なんと「ふくらはぎの筋肉」に潜んでいたのです。
同じように「歩くと痛い」「朝の一歩目がつらい」そんなお悩みを抱えている方にとって、きっとヒントになるお話になるはずです。
「マラソンの後から足裏が…」ある男性の訴え
彼は30代の会社員。
週に3回は10kmを走るという、本格的なランナーです。
ある日、いつものようにジョギングを終えた翌朝、「かかとから土踏まずにかけて、ズキンと痛む」と感じました。
最初は「ああ、ちょっと張ってるな」程度に考えていました。
しかし数日たっても、朝の一歩目がまるでナイフで刺されたように痛い。
走るのはもちろん、通勤の徒歩さえも苦痛になってきました。
整形外科を受診すると、診断は「足底腱膜炎」。湿布とインソールが処方され、「しばらく走らないように」とのこと。
しかし、走るのをやめて3ヵ月経っても、痛みはほとんど変わらなかったのです。
足底腱膜炎ってどんな病気?
「足底腱膜炎」という名前から、よく誤解されることがあります。
足底腱膜とは、足の裏にある“強い膜状の組織”で、土踏まずのアーチを支える重要な役割を担っています。
歩行や走行のたびに、この腱膜が引き伸ばされることで衝撃が吸収されます。
一般的な解釈では、その腱膜が繰り返しの刺激で炎症を起こして痛みが出るとされています。
でも、ちょっと立ち止まって考えてみてください。
- 安静にしているのに痛みが取れない
- 朝起きたときに痛みが強い
- レントゲンでは異常なし
- そもそも腫れていない、熱もない
…これ、本当に「炎症」が原因なのでしょうか?
痛みの正体は“神経の誤作動”かもしれない
このケースのように、足裏には異常がないのに痛いという場合、最近注目されているのが「トリガーポイント」と呼ばれる筋肉の“しこり”です。
彼のふくらはぎ(特に腓腹筋=ふくらはぎの大きな筋肉)を丁寧に触診していくと、押すと飛び上がるようなポイントが見つかりました。
そこを刺激すると、なんと足裏の痛みが再現されたのです。
これはどういうことかというと──
- ふくらはぎの筋肉内にできたトリガーポイントが
- 神経のネットワークを通じて“足裏に痛み”を送っていた
という仕組みだったのです。
つまり、痛みの発信源は足裏ではなく、ふくらはぎ。脳が誤って「足の裏が痛い」と認識していたのです。
神経と感覚の“錯覚”が起こる理由
このような“誤作動”が起こる背景には、神経のセンサー機能の混乱があります。
私たちの身体は、あちこちにセンサーのような受容器が張り巡らされています。
筋肉の張りや皮膚の感覚、関節の動き、温度などを常に感知し、その情報を脳に送り続けています。
しかし、過剰な運動や疲労、筋肉内の酸素不足などによって、そのセンサーが誤作動を起こすと…
実際には炎症がなくても、「痛い!」という信号が送られるのです。
これはまるで、火事でもないのに誤って作動した火災報知器のような状態。
異常がないのに、身体が「異常あり!」と大騒ぎしているわけです。
トリガーポイント鍼治療で“スイッチ”をリセット
そこで当院では、ふくらはぎのトリガーポイントに対して鍼治療を行いました。
一般的な鍼治療とは異なり、ピンポイントで筋肉の奥深くにある“痛みのスイッチ”を狙う手法です。
細くて柔らかい鍼を用いて、的確に反応点へアプローチしていきます。
1回目の施術で、痛みの再現とともに一時的な軽減が見られました。
3回目の施術で「朝の一歩目がだいぶ楽に」
6回目には「もう走れそうな気がします」と笑顔に。
8回目には、痛みはほぼ消失。ジョギングも再開できました。
なぜ“ふくらはぎ”が原因になったのか?
彼のふくらはぎには、走ることによる反復疲労と、足関節の可動域のアンバランスがありました。
さらに詳しく評価すると、左足関節の背屈制限(足首を上に曲げる動きの制限)があり、その代償としてふくらはぎに余計な負荷がかかっていたのです。
それによって筋肉の酸素供給が低下し、トリガーポイントが形成されたと考えられます。
感覚は脳がつくる
ここで少しだけ、機能神経学の視点も交えてみましょう。
「痛み」や「コリ」は、末梢で起きているようでいて、
最終的には“脳”がそれを感じ取っているのです。
脳の中でも、感覚の地図を持っているのが体性感覚野(somatosensory cortex)という領域。
ここが間違った情報を受け取ると、本来痛みのない場所に“痛み”が作られることすらあります。
つまり、ふくらはぎのトリガーポイントによる誤信号が、体性感覚野に伝わり、「足の裏が痛い」と“錯覚”させていたという構図です。
同じように悩んでいる方へ
- 朝起きての一歩目が痛い
- 病院では炎症と言われたが、なかなか良くならない
- インソールやストレッチだけでは限界を感じる
そんな方こそ、一度「筋肉のトリガーポイント」や「神経のセンサーの誤作動」に目を向けてみてほしいのです。
まとめ:痛みは“場所”ではなく“原因”を見極める時代へ
足底腱膜炎と一口に言っても、その原因は実にさまざま。
今回のように、「ふくらはぎの筋肉のしこり」が足裏の痛みを引き起こしていたケースもあるのです。
「痛みのある場所」だけを診るのではなく、
「なぜそこに痛みが出ているのか?」を掘り下げていくことで、
今まで改善しなかった不調が、一気に解消に向かうこともあります。
もしあなたも、「なんで治らないんだろう…」と悩んでいたら、
“痛みの地図”を描き直すことから始めてみませんか?
参考・出典論文
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Simons DG, Travell JG, Simons LS. Myofascial Pain and Dysfunction: The Trigger Point Manual. Lippincott Williams & Wilkins.
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Gerwin RD. Classification, epidemiology, and natural history of myofascial pain syndrome. Curr Pain Headache Rep. 2001;5(5):412–420.
-
Dommerholt J, Gerwin R. Myofascial Pain: A Clinical Guide to Diagnosis and Treatment. Churchill Livingstone.
-
Woolf CJ. Central sensitization: Implications for the diagnosis and treatment of pain. Pain. 2011;152(3 Suppl):S2–S15.