
はじめに
はる鍼灸整骨院 院長の島井浩次です。
当院では、トリガーポイント鍼治療と機能神経学的アプローチを組み合わせた施術を行っており、肩こりや首の不調、そして腕のしびれといった症状でお悩みの方も多く来院されています。
「ただの肩こりだと思っていたら、最近は腕までしびれるようになってきた…」
「整形外科では『異常なし』と言われたけど、不安は残ったまま…」
そんな不安を抱える方へ、「なぜ首のコリが腕のしびれにつながるのか?」を、できるだけわかりやすく、そして安心していただけるように解説していきます。
1.「首のコリ」と「腕のしびれ」はどうつながる?
◆ しびれはどこから来ているのか?
しびれと聞くと、「神経がどこかで圧迫されているのかな?」というイメージを持つ方が多いかもしれません。
実際、その通りの場合もあります。
けれども「神経の通り道」が圧迫されていなくても、しびれが出るケースは数多くあるのです。
特に、首の筋肉の深層部にあるコリ(=トリガーポイント)が、神経の働きに影響を与え、結果として腕や指先にしびれが出ることがあります。
これは、神経そのものの“通電状態”が乱れている状態と捉えるとイメージしやすいかもしれません。
2. 首の筋肉がしびれを引き起こす「トリガーポイント」とは?
◆ トリガーポイントとは?
トリガーポイントとは、筋肉の中にできる「しこり」のようなもので、そこを押すと痛みが周囲に広がったり、離れた場所に関連痛を飛ばす特徴を持っています。
えば、首の斜角筋(しゃかくきん)や肩甲挙筋(けんこうきょきん)といった筋肉にできたトリガーポイントは、
- 鎖骨のあたりの重だるさ
- 上腕や前腕への放散痛
- 手指のしびれ
といった症状を引き起こすことがあります。
◆ どうしてトリガーポイントができるの?
トリガーポイントは、筋肉が繰り返し緊張状態になったり、長時間の同じ姿勢、ストレスや冷え、そして血流不足などがきっかけで生まれます。
スマホやパソコン作業で前かがみの姿勢が長時間続くと、首の前面の筋肉が常に引き伸ばされて疲労状態に陥り、酸欠になり、硬くなることでトリガーポイントが形成されやすくなります。
3.「神経圧迫」だけが原因ではない
整形外科でレントゲンやMRIを撮って「神経の圧迫は見当たりません」と言われることがあります。
これは一見「何も問題ない」と言われたようで安心ですが、症状があるのに異常がないと言われると、不安にもなりますよね。
ここで大事なのは、
「神経が物理的に押されているか」だけではなく、
「神経が正常に働いているか」という“機能面”に目を向けることです。
◆ 神経の“働き”を考える 〜神経は「情報ケーブル」〜
神経は、脳や脊髄からの命令や、手足・筋肉・皮膚などからの感覚をやり取りする“情報ケーブル”のようなものです。
このケーブルの中には、「電線」にあたる神経線維(軸索)が通っていて、その外側は神経鞘(しんけいしょう)という“絶縁体”や“保護チューブ”のような構造に覆われています。
これにより、電気信号が外に漏れず、スムーズに目的地まで届くのです。
ところが、この絶縁体(神経鞘)は非常にデリケート。
筋肉のコリや持続的な緊張、炎症、そして慢性的な血流不足などがあると、
- 神経鞘の栄養状態が悪くなる
- 神経周囲のクッション(軟部組織)が硬くなる
- 神経自体が“酸欠”や“浮腫”状態になる
といった変化が起こります。
これは、ちょうど「ケーブルが古くなって表面が劣化し、微細な漏電や信号の乱れが起こっている」ような状態といえるでしょう。
◆しびれとは“ノイズ混じりの信号”
神経の働きが不安定になると、脳に届く信号にも“ノイズ”が混ざります。
結果として、
- 触っていないのにピリピリ感じる
- じんわり重く感じる
- 感覚が鈍い、あるいは過敏に感じる
といった、しびれ様の症状が現れるのです。
そしてこのような状態は、レントゲンやMRIといった「構造を見る検査」では映らないため、
「検査上は異常なし」と言われるケースが多くなります。
◆機能異常に対して必要なアプローチ
このような「神経の伝達異常」は、
- トリガーポイントに対する鍼治療で筋肉の緊張や血流を改善し
- 神経鞘の環境を整える
- 脳と末梢の感覚・運動ループを再調整する(機能神経学的介入)
といった“機能を整える治療”が効果的です。
しびれがあるからといって、すぐに「神経の圧迫」や「椎間板ヘルニア」と決めつけず、
神経が正常に働く環境が整っているか?という視点も大切にしたいところです。
4. 機能神経学からみた“しびれ”のメカニズム
機能神経学では、神経の働きの「バランス」をとても重視します。
たとえば、体の右側の筋肉ばかりが緊張している場合、右大脳皮質や左小脳の機能が低下している可能性があります。
これは、姿勢のバランスや感覚入力の左右差により、脳の情報処理が偏ってしまうためです。
このような脳の機能的アンバランスが、
- 首の筋肉の過緊張
- トリガーポイントの形成
- しびれ感や知覚異常
などにつながる場合があります。
まるで「通信基地(脳)と送受信アンテナ(末梢神経)の間で、信号のやりとりが不安定になる」ようなイメージです。
5. トリガーポイント鍼治療でのアプローチ
◆ トリガーポイント鍼治療とは?
トリガーポイント鍼治療は、トリガーポイントに直接アプローチし、
- 血流の改善
- 神経の感作(過敏状態)を鎮める
- 筋肉の緊張を解く
といった効果を狙う治療法です。
しびれの原因が首の筋肉にある場合、腕には一切鍼を刺さず、首のトリガーポイントを狙うことで改善が見られるということもよくあります。
これは、まるで「詰まった水道管の上流部分に手を入れて、下流の水の流れを良くする」ようなものです。
6. 機能神経学アプローチでの調整
◆ 感覚と運動のバランスを整える
脳は、筋肉や関節、皮膚などから常に感覚情報を受け取り、それを元に運動をコントロールしています。
このセンサー(感覚入力)が偏ることで、運動も偏り、特定の筋肉に過負荷がかかってしまいます。
機能神経学的なアプローチでは、
- 足裏の感覚調整
- 眼球運動の再教育
- 体幹の左右差バランス調整
などを通して、脳と身体の「やりとりの質」を高めることを目的とします。
7. ある患者さんのケース
40代・女性・デスクワーク中心のお仕事をされている方の例です。
「右腕がなんとなく重くて、しびれる感じがする」とのことで来院。整形外科では異常なし。
検査の結果:
- 右側の斜角筋に強い圧痛と関連痛
- 頚椎の可動域制限
- 足部感覚入力の左右差(右側の接地感が弱い)
- 眼球運動検査で右方向への追従性低下
アプローチ:
- トリガーポイント鍼で右斜角筋・肩甲挙筋を中心に施術
- 眼球運動トレーニング(右方向へのスムーズな追従)
- 足底のバランス刺激(バランスパッドを使用)
数回の施術後、しびれは徐々に軽減。
2ヶ月後には「全く気にならない」との声をいただきました。
8. まとめ:あなたの“しびれ”は首の筋肉が原因かも
首のコリや筋肉の緊張が、神経の働きに悪影響を与えることで、しびれが生じることがあります。
そしてこのしびれは、
- 単なる「圧迫」ではなく、
- 「神経の働きの乱れ」や
- 「感覚・運動のバランスの崩れ」
といった要因から来ている場合も多いのです。
トリガーポイント鍼治療と機能神経学アプローチは、こうした複雑な症状にも対応できる施術法です。
「検査で異常はなかったけど、症状はある」
そんな時は、あきらめずに専門家に相談してみてくださいね。
出典・参考文献
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Simons DG, Travell JG, Simons LS. Travell and Simons’ Myofascial Pain and Dysfunction: The Trigger Point Manual. Lippincott Williams & Wilkins.
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Gerwin RD. Classification, epidemiology, and natural history of myofascial pain syndrome. Current Pain and Headache Reports.
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Haavik H, Murphy B. The role of spinal manipulation in addressing disordered sensorimotor integration and altered motor control. Journal of Electromyography and Kinesiology.
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Schmid AB, Nee RJ, Coppieters MW. Reappraising entrapment neuropathies—mechanisms, diagnosis and management. Manual Therapy.