
はじめに
こんにちは。大阪で鍼灸と機能神経学のアプローチを用いて施術を行っている「はる鍼灸整骨院」院長の島井浩次です。
私は日々、原因がわかりにくい痛みや不調に悩む方々と向き合っています。
中には「年齢のせい」「忙しさのせい」とあきらめてしまっている方も少なくありません。
今回ご紹介するのは、腹腔外科医という過酷な職業に就く男性が、坐骨神経痛に悩みながらも回復していった実例です。
「立っているのが苦痛」「足の裏がしびれて感覚が鈍い」…そう感じている方にとって、きっとヒントになるお話になるはずです。
▶医師である前に、一人の「人間」だった
今回ご相談に来られたのは、40代の男性、腹腔外科医として大学病院で働くAさん。
「午前中は外来、午後は手術、夜はカンファレンス、そして週に数回は緊急オペ…」
まさに、1日を立ちっぱなしで過ごす日々。
その中でじわじわと腰から足にかけての違和感が出てきたそうです。
最初は「なんか左の足が重だるいな」と感じる程度だったそうですが、やがて椅子に座るのもつらくなり、長く立っていると左のお尻から太もも裏、ふくらはぎにかけて、ズキズキと電気が走るような痛みを感じるようになったとのこと。
Aさんは、当然整形外科にも受診し、MRIを撮りました。しかし、画像上は大きな異常なし。
湿布や痛み止めで様子を見るように言われましたが、症状は日を追うごとに悪化していきました。
▶「坐骨神経痛」—だけでは語れない原因の深さ
Aさんの症状は、まさに典型的な「坐骨神経痛」の訴えです。
ですが、私たちが行う機能神経学的評価では、ただの「神経圧迫」や「筋肉の硬さ」だけでは片付けられない“神経の働き”の問題が見えてきました。
Aさんは…
- 左の足裏の感覚がやや鈍い
- 左のふくらはぎの腱反射がやや弱い
- バランス検査では目を閉じるとふらつきやすい(特に左足支持)
- 筋肉の反応速度も左側で遅れがある
これは、筋肉そのものの硬さ以上に、「感覚のズレ」と「神経の反応性の低下」が症状に関与しているサインです。
たとえるなら、「電車の路線はつながっているのに、信号機が誤作動を起こしてダイヤが乱れている状態」です。
線路(神経)はあるけれど、情報がうまく流れない。これが痛みやしびれ、筋力低下につながっていたのです。
▶足のセンサーが発するSOS信号
Aさんの評価を進めていくと、ひとつ大きなヒントがありました。
それは「左足首の硬さと動作時の違和感」です。
よくよく話を聞くと、学生時代にサッカーで何度も左足首を捻挫していたとのこと。
その後遺症で「捻挫グセ」がついており、今でも長時間立っていると足首周囲に重だるさを感じると言います。
このような足首の可動性低下や、足底感覚の鈍さは、脳のバランス調整システムに悪影響を与えることがあります。
とくに、小脳や脳幹の「姿勢制御中枢」に誤った情報が送られることで、身体全体の使い方が歪んでしまうのです。
Aさんの体はまさに、左足のセンサーが狂ったことで、骨盤や腰部の筋肉が常に無理な姿勢を強いられ、結果として坐骨神経領域に慢性的な負荷がかかっていた状態でした。
▶鍼治療×機能神経学のアプローチ
Aさんへの施術は、大きく2つの柱で行いました。
①トリガーポイント鍼治療:
まずは痛みと関連の強い筋肉にアプローチします。
特に反応が強かったのは以下の部位:
- 中殿筋(骨盤の外側)
- 梨状筋(坐骨神経と深く関わる)
- 大腿二頭筋(ハムストリングス)
- 腰方形筋(立位保持の鍵となる筋)
それぞれに、深層へのトリガーポイント鍼を行い、局所の緊張と関連痛を緩めました。
②機能神経学的アプローチ:
神経の「情報伝達のズレ」を整えるために以下の刺激を組み合わせました。
- 足底部への振動刺激による位置覚刺激
- 左足関節へのモビリゼーション(関節の動きを取り戻す)
- 左足への軽打による求心性刺激(脳への入力促進)
- 頭位変換運動や眼球運動刺激による小脳活性化
- 体幹・骨盤のバランス調整トレーニング
最初は足裏の感覚が「ふわふわする」「感じにくい」と言っていたAさんでしたが、3~4回目には「足裏の地面の感覚が明確にわかる」と表現されるようになりました。
▶変化の兆しは、足元から
治療を重ねるうちに、Aさんに次のような変化が現れました。
- 立ちっぱなしでも左足に頼らずに重心が取れる
- 左足裏の感覚が戻ってきたことで、歩き方が安定
- 朝の腰痛が減り、手術中も脚がつらくない
- 「疲れが腰に来る」という感覚が減った
驚くべきことに、これまで「仕方ない」とあきらめていた日常の些細なストレスが一つ一つ解消されていったのです。
本人曰く、
「治療を受けて初めて、自分がどれだけ無理をして立ち続けていたのかに気づいた。」
「腰だけの問題じゃなかったんですね」
と語ってくださいました。
▶痛みは“脳と身体の対話のズレ”で起こる
多くの人が、「坐骨神経痛=神経の圧迫」と思いがちです。
しかし、現代の痛みの多くは「神経が圧迫されている」だけでは説明できません。
実際には
「神経が情報をどう処理しているか」
「どんな入力が日々入っているか」
が重要なカギになります。
神経は入力が偏ると、出力も偏ります。
これはまるで、壊れたセンサーが送った誤情報をもとに機械が誤作動しているようなもの。
私たちの治療では、この“センサーの誤作動”を鍼と神経刺激によってリセットし、身体が本来のバランスを取り戻せるよう導いていきます。
▶変えたいけど忙しい…そんなあなたへ
Aさんも、最初は「仕事が忙しくて通えないかもしれません」とおっしゃっていました。
でも、少しずつお身体の状態を振り返ってみると、
- 集中力が続かない
- 手術後の疲労感がなかなか抜けない
- 夜に痛みで目が覚めることがある
そんな日常の小さな“しんどさ”が、積もり積もっていたことに気づかれました。
「仕事を休むわけにはいかない」
「家族のこともあるし、自分のことは後回し」
そう思っている方ほど、実は身体に無理をかけていることが少なくありません。
週に1回、わずか1時間。
その時間を「メンテナンスの時間」として少しだけ確保してあげることで、身体も心も驚くほど楽になります。
治療とは、決して“贅沢”でも“特別なこと”でもなく、
自分自身がまた笑顔で毎日を過ごすための“必要な時間”だと思っています。
最後に:あきらめないでください
坐骨神経痛に限らず、「どうせ治らない」「年齢のせい」とあきらめてしまっている方がたくさんいます。
でも、本当は「原因が見えていないだけ」かもしれません。
私たちの役割は、見えない原因に光を当てること。
そして、あなたの身体が自分自身の力で再生するスイッチを押すことです。
ぜひ、「このままでいいのかな」と思ったら、相談してください。
あなたが笑顔で日常を過ごせるように、私たちは全力でサポートします。
参考・出典論文
-
Graven-Nielsen T. “Muscle pain – from receptors to clinical symptoms.” Exp Brain Res. 2006.
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Dommerholt J, Fernández-de-las-Peñas C. “Trigger Point Dry Needling: An Evidence and Clinical-Based Approach.” Elsevier, 2013.
-
Haavik H, Murphy B. “The role of spinal manipulation in addressing disordered sensorimotor integration and altered motor control.” J Electromyogr Kinesiol. 2012.
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Voight ML, Hoogenboom BJ. “Proprioception and Neuromuscular Control in Joint Stability.” J Sport Rehabil. 2001.
-
Kandel ER, Schwartz JH, Jessell TM. “Principles of Neural Science.” McGraw-Hill Education.