
はじめに:長引く「重だるさ」に悩んでいたAさん
こんにちは。はる鍼灸整骨院 院長の島井浩次です。
当院では、鍼灸と機能神経学をベースとしたアプローチで、「原因がわからない体の不調」に悩む方々を多くサポートしています。
今回ご紹介するのは、「肩から腕にかけてずっと重くてつらい」と訴えていた40代の男性・Aさんのお話です。
「肩から腕にかけて、ずーんと重いんです。だるくて、何もしたくない感じが続いて…」
そう話してくださったAさんは、日々デスクワークと車の運転が中心の生活。
病院では異常なしと診断され、マッサージや湿布でもスッキリしないまま、長いあいだ「重さ」と「だるさ」に耐えてきたと言います。
このような症状は、一見「筋肉の疲れ」や「血行不良」と見られがちですが、
実は「脳の疲労」や「感覚のズレ」が原因となっていることも少なくありません。
この記事では、Aさんがどのようにして症状を改善していったのか、
そして、Aさんの実際の経過をもとに、鍼灸と機能神経学的アプローチの考え方から詳しくご紹介していきます。
1. 見逃されやすい「不動」という生活習慣の落とし穴
まず、Aさんが訴えた症状を振り返ってみましょう。
- 肩の内側から腕にかけて、常に重い感覚
- 疲れやすく、夕方には「腕をもぎ取りたい」ような感覚になる
- 腕の感覚が鈍く、つかんだものの感触が曖昧に感じる
- しかし痛みはほとんどなく、動かすことはできる
このような症状は、実は筋肉や関節の問題だけでは説明できないことが多いのです。
Aさんは、仕事のほとんどをデスクワークと長時間の運転で過ごしていました。
■「動かない」という刺激の欠如
人間の体は、動くことで脳に情報を送り続けています。
特に足の裏や股関節、背骨、頸椎からの感覚入力は、大脳皮質や小脳の活動にとって非常に重要です。
Aさんのように長時間同じ姿勢を続けていると、
- 足底からの感覚入力が低下し、
- 姿勢を調整するための脳の機能(運動前野・小脳・頭頂葉)が低下し、
- 体の位置を把握する「位置覚」が鈍くなり、
- 結果的に「重さ」「だるさ」「違和感」などの感覚として現れることがあります。
つまり、筋肉や神経が「壊れている」わけではなく、
働きが低下している(=機能低下)状態なのです。
2. 体の不調は「脳の疲れ」かもしれない?
Aさんのような症状では、脳のなかでも「姿勢調整や感覚統合」に関わる部位が注目されます。
具体的には次のような神経系です。
■大脳皮質(特に体性感覚野・運動前野)
- 手足の感覚情報を処理し、適切な動作を生み出す
- 姿勢や筋緊張の調整を行う
■小脳(特に中間部)
- 体のバランスや協調運動を担う
- 間違った姿勢を自動で修正する働きがある
この両者がきちんと機能していれば、肩や腕の重だるさは自然に調整されます。
しかし、足底からの入力低下や同じ姿勢による単調な刺激が続くと、これらの部位の活動が低下してしまい、体の感覚がズレてくるのです。
その結果、Aさんのように
「筋肉は動くけど、なんとなく重い」
「感覚がおかしい」
という訴えに繋がります。
3. 検査でわかったこと:ズレた身体地図
当院では初診時に、Aさんに対して以下の評価を行いました。
▼機能神経学的検査
- 足底刺激による姿勢反応の左右差(右足への刺激に対し姿勢変化が乏しい)
- 閉眼時の立位バランスの不安定さ(体幹が右後方へ傾く)
- 指先の位置識別の誤差(目を閉じると手の位置を正確に感じづらい)
- 脊柱起立筋の左右の緊張差(右優位の過緊張)
これらの所見から分かることは、
Aさんの「身体地図=ボディマップ」が脳内でずれていた、ということです。
まるで地図の縮尺が狂っているかのように、本来の体の位置や重さをうまく認識できなくなっていたのです。
4. 施術:鍼+神経リハビリで感覚を「再教育」
Aさんに行った施術は、大きく分けて以下の2本柱です。
【1】鍼灸治療による感覚のリセット
- 足底(特に母趾球・踵)に対する鍼刺激
- 後頚部の深層筋(上頭斜筋・小後頭直筋)へのアプローチ
- 腕の知覚神経(橈骨神経・正中神経)の経絡上の調整
これらの刺激は、いずれも末梢から中枢神経に向かう感覚入力を意識しています。
鍼刺激は、神経を「目覚めさせるスイッチ」のような役割を果たすのです。
【2】機能神経学アプローチ
- 足底への微細振動刺激(足のセンサー再教育)
- 頸部回旋運動と視覚の連動トレーニング(小脳の活性化)
- クロスクロール(四肢の交差運動で体性感覚統合)
- 座位での重心移動トレーニング(位置覚の修正)
これらのリハビリは、脳の「感覚マップ」を修正し、身体感覚の再統合を促すものです。
施術の直後から「軽くなった気がする」と反応があり、数回の施術後には「仕事帰りでも疲れにくくなった」との報告をいただきました。
5. 1ヶ月後:Aさんの変化
Aさんは週1回の施術を3週間受け、その後は2週間に1回のメンテナンスへと移行。
最終的には以下のような変化が見られました:
- 肩〜腕の重だるさはほぼ消失
- 仕事後の疲労感が減り、睡眠の質も向上
- 手足の感覚がはっきりし、「グリップ力が戻った感じがする」
- 立位の安定性が改善し、閉眼でもブレなくなる
Aさんご自身も、「体がつながったような感覚です」と言ってくださいました。
6. 現代人に増える「感覚の迷子」
今回のAさんのようなケースは、実は現代に非常に多くなっていると感じます。
- 座りっぱなし
- 足元の感覚を使わない生活
- 同じ画面を長時間見る
- 呼吸が浅く、感情も平坦になる
このような生活は、脳を静かに疲弊させていくのです。
だからこそ、痛みではなく「違和感」や「重だるさ」というサインに早く気づき、身体全体のバランスと感覚を整えていくことが、健康を保つカギになります。
おわりに:あなたの「重さ」も脳の機能低下から来ているかも?
肩や腕の症状というと、つい「肩こり」「四十肩」「神経痛」といった名前が思い浮かびます。
でも、もしそれが「壊れている」わけではなく、脳がうまく働けていないことが原因だったら?
その場合、いくらマッサージや薬で一時的に症状を和らげても、根本的な解決にはなりません。
あなたの「感覚」がどこで迷子になっているのか?
ぜひ一度、ご相談いただければと思います。
出典・参考文献:
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O’Sullivan, K., Dankaerts, W., Burnett, A., et al. (2006). Lumbopelvic kinematics and trunk muscle activity during sitting on stable and unstable surfaces. Manual Therapy, 11(1), 49–55.
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