〜体の声を聞くことから始まった、もうひとつのキャリア〜

はじめに: 〜「大丈夫」は、本当に大丈夫?〜
こんにちは。「はる鍼灸整骨院」院長の島井浩次です。
日々、さまざまなお悩みを持つ患者さんと向き合う中で、身体の不調の裏には“目に見えない働き”が深く関係していると実感しています。
「今日もなんとか乗り切った…」
閉店後、鏡越しに見る自分の顔は、メイクの奥に疲れの影がにじんでいた。
今回ご紹介するのは、そんな毎日を過ごしていた30代女性美容師・由紀さん(仮名)の改善ストーリーです。
長時間の立ち仕事、細かい手作業、お客さまへの笑顔。
美容師という職業は華やかに見えて、実は体にも心にも相当な負担がかかります。
「好きな仕事なのに、終わるころには足が棒のよう」
「腰が痛くて、つい猫背になってしまう」
「頭痛で休みたいけど、スタッフが足りないから無理」
そんな由紀さんのような方は、実はとても多いのです。
当院では、こうしたお悩みに対して、単なる対症療法ではなく「なぜ体がつらくなるのか」を神経の働きや姿勢、筋肉の連動パターンまで含めて見直していくアプローチを行っています。
今回は、鍼灸と機能神経学的なアプローチを通じて、心も体も前向きに変わっていった由紀さんの物語をお届けします。
1,好きな仕事が「つらい仕事」になっていた
「立っているだけで、しびれてくるんです。
特に午後になると、足の裏が熱くなって、じっとしているのがつらくて…」
初めて来院された時の由紀さんは、腰に手を当てて立っておられました。
背中は軽く丸まり、首は少し前に出た状態。話を伺うと、こんなお悩みがありました。
- 慢性的な腰痛(立ちっぱなしで悪化)
- 足の裏のしびれとむくみ
- 首と肩のこり、眼精疲労
- 夕方以降の頭痛と集中力の低下
- 最近、寝つきも悪く、疲れが取れない
「若い頃はもっと元気だったんですが、ここ数年で一気に…」
まるで、体が少しずつ“限界”を伝えようとしているようでした。
2,「腰痛」の裏にあった神経のサイン
整形外科では「筋肉の使いすぎ」と言われ、湿布やマッサージで様子を見ていたそうですが、なかなか改善しなかったとのこと。
当院ではまず、「なぜこの方の腰に負担がかかっているのか」を、神経の機能面から評価していきました。検査では以下のような特徴が見られました。
-
前庭系(バランス感覚)と姿勢制御の不安定さ
→ 立位での軽い揺れが多く、体幹筋が常に緊張している状態。 -
眼球運動と頸部筋の連動の弱さ
→ 視線を動かすと同時に首や肩も過剰に動いてしまう。 -
足底感覚の左右差と足指の感覚鈍麻
→ 特に右足で地面をつかむ力が弱く、片側に体重がかかりやすい。
これらは、単なる筋肉疲労では説明がつかない、「神経系の協調機能の低下」を示す所見でした。
由紀さんの身体は、姿勢を保つために“非常ブレーキ”を常に踏み続けていたのです。
3,神経をリセットする鍼灸と神経調整
施術では、以下のようなアプローチを行いました。
① 鍼治療:過敏になった神経への「リセット信号」
過緊張していた筋肉に直接アプローチするだけでなく、自律神経の中枢である脳幹部と関係するツボ(百会、風池、足三里、崑崙など)に鍼を使用。
とくに青斑核—自律神経の警戒モードを司る領域—へのアプローチを意識して、「緊張しすぎない体」を作るサポートを行いました。
→「鍼を受けた後、目がぱっちりして体がポカポカしてくるのが不思議でした」と由紀さん。
② 機能神経学アプローチ:脳と身体のつながりを再教育
- 前庭リハビリ(バランスボードや片脚立ち)
- 眼球運動トレーニング(追従性眼球運動、視線ジャンプ)
- 足底感覚トレーニング(タオルギャザーや足指の分離運動)
- 呼吸再教育(横隔膜呼吸による自律神経調整)
こうしたトレーニングを通して、「立っていること自体がストレス」だった身体に、少しずつ“余裕”が戻ってきたのです。
4,変わり始めた心と身体のメッセージ
週に1〜2回の施術を2か月続けたある日。
由紀さんはふと、こんな言葉を口にされました。
「最近、立ち仕事の途中で“疲れた”って思うタイミングが遅くなってきました。」
「前より体がラクなんです」
さらに、こうした変化も見られました。
- 朝の寝起きがスムーズに
- 生理前の腰痛が軽減
- 靴の減り方が左右対称に
- お客さまとの会話にも余裕が出た
まるで、身体が「もう大丈夫」と伝えてくれているかのようでした。
5,自分をいたわるという、新しい習慣
改善が進む中で、由紀さんはセルフケアにも積極的に取り組まれるようになりました。
中でも取り入れていただいたのが以下の3つです。
-
就寝前の深呼吸と耳マッサージ
→迷走神経を刺激して自律神経のバランスを整える -
足裏マッサージと足指ストレッチ
→足底の感覚入力で姿勢を支える神経にスイッチを入れる -
1日1回、壁を背にして立つ“軸チェック”
→左右差の再確認と、脳のボディマップ更新
「朝のルーティンにすることで、自分の身体に目を向けるようになった」と話してくださいました。
6,:からだと心が調和するということ
今では月1回のメンテナンス施術に来られるだけで、日常生活や仕事の中での「つらさ」はほとんど感じなくなったという由紀さん。
「これからも美容師を続けていきたい。そのために“自分のメンテナンス”はずっと大事にしたいと思っています」
この言葉が、すべてを物語っていると思います。
おわりに: 〜あなたの“違和感”も、体からの大切なサイン〜
腰痛や疲労、姿勢の崩れ――それは単なる筋肉の問題ではなく、あなたの「神経」が発しているサインかもしれません。
もしあなたが、「最近立っているのがつらい」「マッサージでは戻らない疲れがある」と感じているのなら、一度“神経の働き”という視点から身体を見直してみませんか?
体の声を聞くことは、自分を大切にする第一歩です。
出典・参考文献
-
Clark BC, Taylor JL. The role of the nervous system in muscle fatigue. Human Movement Science. 2011.
-
Balaban CD, Thayer JF. Neurological bases for balance–anxiety links. Journal of Anxiety Disorders. 2001.
-
Peper E, Lin IM, Harvey R. Increase strength and coordination with mental practice: using imagery and biofeedback to train the brain. Applied Psychophysiology and Biofeedback. 2006.
-
Takakura N, Yajima H, et al. Acupuncture reduces chronic low back pain: A meta-analysis. Pain. 2012.
-
Benarroch EE. The locus coeruleus norepinephrine system: Functional organization and potential clinical significance. Neurology. 2009.