~トリガーポイント鍼治療で「諦めていた生活」に戻れた話~

こんにちは。はる鍼灸整骨院の院長、島井浩次です。
このブログでは、当院に通われたある患者さんの体験を通して、「腰痛と脚のしびれ」がどのように改善していったのかを、専門的な視点も交えながら、わかりやすくお伝えします。
同じように悩んでいる方が、「自分も回復できるかもしれない」と思えるきっかけになれば嬉しく思います。
「最初はただの腰痛だと思っていたんです…」
「最初は、朝起きたときに腰が少し重いだけだったんです。
でも、ある日突然、“ピキッ”と電気が走るような痛みが腰に来て、そこから地獄が始まりました」
そう語るのは、当院に通院されていた50代の男性・Mさん(会社員)。
毎日デスクワークが中心の生活で、以前から慢性的な腰の張りは感じていたとのこと。
「でも、“そのうち治るだろう”と放っておいたら、数週間後には脚にも“ピリピリ”としたしびれが出始めて…。ついには椅子から立ち上がるのも辛くなったんです」
彼は整形外科を受診し、「坐骨神経痛の疑い」と診断され、痛み止めとリハビリを受けました。
しかし、なかなか改善せず、次第に仕事への集中力も失われていきました。
「脚のしびれ」の正体とは?
「しびれ」と聞くと、多くの人が「神経の圧迫」を連想します。
もちろん、椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄など、明確に神経を圧迫しているケースもあります。
しかし、MさんのようにMRIやレントゲンで大きな異常が見つからないケースは意外と多いのです。
実はこのような症状の裏には、「筋肉の異常な緊張」、つまり「トリガーポイント」が関与していることがあります。
■トリガーポイントとは?
簡単に言えば、「筋肉のしこり」のようなもの。
押すと痛みが響いたり、遠く離れた場所に痛みを飛ばす性質があります(関連痛)。
たとえば、臀部(おしり)の筋肉にできたトリガーポイントが、脚のしびれや痛みの原因になることもあります。
「まさかおしりの筋肉が、脚のしびれに関係あるなんて…」
と驚かれる方は少なくありません。
Mさんの身体に起きていたこと
Mさんの身体を診させていただいたとき、まず目についたのが「姿勢のゆがみ」でした。
- 頭が前に突き出している
- 腰が反りすぎている(反り腰)
- お尻の筋肉がカチカチに固まっている
とくに緊張が強かったのが、「梨状筋(りじょうきん)」と「中殿筋(ちゅうでんきん)」というお尻の深層筋です。
この部位は、坐骨神経と非常に近い位置にあり、過緊張を起こすと神経に似た症状(しびれや痛み)を引き起こすことがあります。
さらに、太ももの裏側の「ハムストリングス」や、ふくらはぎの「腓腹筋」にもトリガーポイントが確認されました。
これらの筋肉が連鎖的に緊張していたことで、
- 腰の痛み
- 脚のしびれ
- 歩行時の違和感
など、複数の症状が出ていたと考えられました。
トリガーポイント鍼治療とは?
Mさんに対しては、「トリガーポイント鍼治療」をメインに行いました。
これは、トリガーポイントに対してピンポイントに細い鍼を刺入することで、筋肉の緊張を直接ゆるめる方法です。
■なぜ鍼が効くのか?
鍼を刺すと、微細な刺激が筋肉の中の神経終末に届き、
- 局所の血流が改善
- 筋緊張のリセット
- 発痛物質(ブラジキニンやサブスタンスPなど)の低下
といった生理学的変化が起こります。
さらに、脳内の痛みを抑える物質(エンドルフィンなど)も分泌され、自然な鎮痛効果が得られます。
鍼灸には、「脳と神経のフィードバックループ」を整える作用もあり、痛みの悪循環を断ち切るカギとなるのです。
施術スタートからの変化
初回の施術では、Mさんのお尻と太もものトリガーポイントに対し、深層まで鍼を届かせました。
鍼の刺入時、Mさんは「ズーンと響くような感覚がある」とおっしゃいましたが、これは筋肉の“反応”が出ている証拠。
■治療経過(週1〜2回施術)
1〜2週目
- 朝の腰の痛みが軽減
- 脚のしびれの頻度が減る
3〜4週目
- 階段の昇り降りがスムーズに
- 長時間の座位でも痛みが出にくくなる
5〜6週目
- 朝の起床時の強い痛みがほぼ消失
- 脚のしびれは「意識しないレベル」にまで改善
この頃になると、Mさんの表情も柔らかくなり、「前よりぐっすり眠れるようになった」と喜ばれていました。
なぜMさんは回復できたのか?
鍼灸は「自然治癒力を引き出す医療」ともいわれます。
Mさんの回復の背景には、いくつかのポイントがありました。
1. 的確な「トリガーポイントの特定」
筋肉は単なる肉の塊ではなく、「内臓や神経と連携した生きた組織」です。
的外れな場所に施術しても、症状は変わりません。
Mさんのように、「関連痛」のパターンを理解し、
本当の原因となるトリガーポイントを突き止めたことが、改善の近道となりました。
たとえば、梨状筋のトリガーポイントは坐骨神経に沿った放散痛を引き起こすため、腰からふくらはぎのしびれや痛みに非常に似た症状を起こします。
筋肉の中に潜む“無言のスイッチ”を見つけ出す作業は、まさに「痛みの地図を読み解く」ことなのです。
2. 機能神経学的な視点でのアプローチ
実は、慢性的な筋緊張には神経の“誤作動”が関係していることがあります。
■痛みと神経系の悪循環
慢性の腰痛やしびれは、「中枢神経系=脳・脊髄の処理機能」が過敏になっていることが少なくありません(中枢性感作)。
このような状態では、ただ筋肉に刺激を与えるだけでは根本改善が難しいのです。
■神経機能への施術例
- 後根神経節〜脊髄後索系の活性化:鍼刺激による深部感覚の入力で脳への正常情報を再構築
- 小脳・前庭系の再教育:バランス感覚・姿勢反射を改善し、腰〜体幹の筋トーンを整える
- 運動野・前頭葉の再活性:運動意識の再接続で、機能低下していた筋の出力を回復
神経が整えば、筋肉の反応も変わります。
それが、長く続いていた痛みやしびれを止めるカギになるのです。
その後のMさんと、再発予防のポイント
Mさんは現在も、月1回のメンテナンス施術を受けながら、元気に仕事を続けられています。
再発を防ぐためには、
- 長時間同じ姿勢を避ける
- 軽いストレッチやウォーキングを習慣にする
- お風呂での温熱ケア
など、「筋肉を冷やさず・固めず・動かす」ことが大切です。
また、Mさんには、ご自身でできるセルフトリガーポイントケア(テニスボールなどを使った筋膜リリース)もお伝えしました。
同じような悩みを抱えているあなたへ
「私の痛みは、もうどうにもならない…」と感じている方へ。
Mさんのように、長年の痛みやしびれでも、「筋肉」と「神経」に着目することで改善の道はあります。
鍼灸やトリガーポイント治療は、そのための大きな助けになります。
そして、何より大切なのは「まだ治る可能性がある」と信じること。
私たちは、その可能性を共に広げていくパートナーです。
【出典・参考文献】
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Travell, J. G., & Simons, D. G. (1999). Myofascial Pain and Dysfunction: The Trigger Point Manual.
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Baldry, P. (2005). Acupuncture, Trigger Points and Musculoskeletal Pain.
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Simons DG. "Review of enigmatic MTrPs as a common cause of enigmatic musculoskeletal pain and dysfunction." J Electromyogr Kinesiol. 2004 Feb;14(1):95-107.
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日本鍼灸師会:トリガーポイントと鍼灸の臨床研究報告
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