
こんにちは、はる鍼灸整骨院の院長・島井です。
今回は、「なぜ、ぎっくり腰を繰り返してしまうのか?」という疑問を通して、私たちが見逃しがちな「脳の調整力」の役割にスポットを当てたお話を紹介します。
登場するのは、何度もぎっくり腰に悩まされていた50代の男性。
施術の過程で見えてきたのは、意外にも「筋肉」や「骨」だけの問題ではなく、脳がうまく身体の状態をコントロールできていなかった…という真実でした。
彼が初めて当院に来られたのは、5度目のぎっくり腰を経験した直後のことでした。
ある朝、顔を洗おうと前かがみになった瞬間、「ズキンッ!」という激しい痛みが腰を襲いました。
よくある話のようですが、彼はこの数年で同じようなぎっくり腰を何度も繰り返していたのです。
そのたびに整形外科や接骨院、整体などを転々とし、マッサージや湿布、電気治療などを受けてきました。
しかし、良くなったと思ってもまた再発。原因が分からず、不安だけが積み重なっていたといいます。
◆ レントゲンは「異常なし」、でも痛みは確かにある
病院で撮ったレントゲンでは、「加齢による軽度の椎間板変性はあるけれど、特に異常はない」との診断。
しかし本人の感覚は「そんなはずはない、何かおかしい…」。
このようなケースは非常に多く、現代医療では見つけきれない「機能的な問題」が背景にあることがしばしばです。
たとえば…
- 筋肉の過剰な緊張やアンバランス
- 神経の誤作動
- 脳の“感覚の地図”の歪み
こういった要素は、画像には映らないけれど、体の不調を引き起こす大きな要因になります。
◆ 「脳の地図」がズレると、身体はうまく動かない
脳は、私たちの身体の状態を“地図”のように把握しています。
しかし、この地図がぼやけたり、ズレたりすると、脳は正確な命令を出せなくなります。
すると、筋肉が本来の働きをできなくなり、姿勢や動きに無理が生じ、結果として「ぎっくり腰」のようなトラブルが起きるのです。
これはちょうど、地図アプリのGPSが狂って目的地にたどり着けないのと同じ。
行きたい方向に進んでいるつもりが、実際には全然違う方向に進んでいた…そんな状況に似ています。
◆ 姿勢・視覚・呼吸がカギだった
詳しく検査をしていくと、彼には以下の特徴がありました。
- 長時間のデスクワークで背中が丸まり、呼吸が浅い
- 視線が常にやや下向きで、眼球の動きが制限されている
- 右足に無意識の荷重偏りがある(立位バランスの偏り)
この状態では、体幹の深部筋がうまく使えず、表層の筋肉ばかりに負担がかかります。
言い換えるなら、「船の舵が壊れた状態で、エンジン全開で航海をしている」ようなもの。
そりゃあ、船もいつか座礁しますよね。
◆ 鍼灸と神経機能のリセットで“再学習”を
彼には、鍼灸によって以下のような神経系のリセットと再学習を促す施術を行いました。
- 体幹の深部感覚を高めるための局所鍼
→ 腰椎周囲の多裂筋や腸腰筋への軽刺激により、求心性入力(身体から脳への情報)を増やす
。 - 眼球運動と姿勢制御の調整
→ 視線の位置や眼球運動をトレーニングし、前庭-小脳系の働きを活性化。
- 横隔膜・呼吸筋への鍼通電
→ 呼吸を深めることで、自律神経の安定と姿勢反射の正常化を目指す。
- 足部の感覚と立位バランスの統合
→ 足底への軽い刺激を加え、立位時の重心コントロールを再教育。
これらの施術は、「身体に正しい地図を描き直す」作業といえます。
◆ 3か月後、再発なし!「動きやすさ」を実感
初回の施術から3か月、彼はこう語りました。
「最初は正直、半信半疑だったけど、今は“体が軽くて動きやすい”って実感があります。」
「朝起きたときの怖さがなくなったのが大きいですね。」
再発なし。体の動かし方に余裕ができ、慢性的な腰の張りも改善しました。
これは、「腰だけを見る」のではなく、「脳と体の関係を見る」視点を取り入れた成果です。
◆ “脳の調整力不足”とは何か?
「調整力」とは、外部の変化や体内の状況に応じて、適切に姿勢や筋肉の働きを変化させる力のこと。
この力が落ちると…
- ちょっとした動作で過剰に力が入る
- 緊張が抜けなくなる
- 疲労が抜けにくくなる
- 知らず知らずに無理な姿勢を取る
などの現象が起き、最終的に“爆発”(=ぎっくり腰)するのです。
脳の調整力を取り戻すには、「感覚入力」と「適切なフィードバック」が欠かせません。
鍼灸はそのスイッチ役として非常に優れています。
◆ ぎっくり腰に「脳の視点」を
私たちは、「腰が痛い=腰が悪い」と考えがちです。
しかし、腰の痛みはあくまで“結果”。
その原因は、もっと上流――脳の情報処理や感覚のズレ、姿勢制御の破綻――にあることが少なくありません。
特に何度もぎっくり腰を繰り返す人こそ、「脳の働きに注目」してみてください。たとえレントゲンが“異常なし”でも、あなたの脳はすでに「SOS」を出しているかもしれません。
◆ まとめ:身体を“再教育”すれば、腰は変わる
- ぎっくり腰の再発には、「脳の調整力不足」が大きく関与
- 眼球運動・姿勢・呼吸・足の感覚などがキーポイント
- 鍼灸は“感覚の地図”を描き直す強力なツール
- 繰り返す腰痛こそ、脳と身体の“再教育”で改善が可能
今、腰痛に悩んでいるあなたも、「脳からの再スタート」で身体は変わるかもしれません。
◆ 出典・参考文献
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Moseley, G. L. (2008). "Reconceptualising pain according to modern pain science." Physical Therapy Reviews, 12(3), 169–178.
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Tsao, H., & Hodges, P. W. (2007). "Immediate changes in feedforward postural adjustments following voluntary motor training." Experimental Brain Research, 181(4), 537–546.
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Dieterich, M., & Brandt, T. (2015). "The bilateral central vestibular system: its pathways, functions, and disorders." Annals of the New York Academy of Sciences, 1343(1), 10–26.
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宮本省三・宮本竜也(2017)『痛みと感覚運動の神経科学』医歯薬出版
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森岡周(2018)『リハビリテーション神経科学』医学書院