
〜ATP・神経・鍼灸から読み解く腰のトラブル〜
「ちょっと前かがみになっただけで激痛が走った」
「くしゃみをした瞬間、腰が抜けるようになった」
こうした突然の腰痛、いわゆる“ぎっくり腰”は誰にでも起こり得ます。
実は、ぎっくり腰にはなりやすい人に共通する“3つの特徴”があります。
そしてその背景には、「神経機能」「エネルギー代謝(ATP)」「自律神経の制御異常」といった、現代医学と東洋医学をつなぐ重要な視点があります。
本記事では、ぎっくり腰の隠れた神経学的メカニズムと、セルフケアや鍼灸による予防・対処法まで、専門性を保ちつつわかりやすく解説します。

【共通点①】エネルギー不足の人(ATPが作れていない)
● ATPとは何か?
ATP(アデノシン三リン酸)は、筋肉の収縮や神経伝達に欠かせない生体のエネルギー分子です。
ATPが不足すると筋肉は脱力と緊張を繰り返す不安定な状態に陥り、ある瞬間に「限界」を超えてしまうことがあります。
● なぜATPが不足するのか?
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酸素不足:呼吸が浅い、猫背、睡眠不足などで細胞内酸素が減少
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水分不足:脱水で代謝が低下しATPが作れない
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ブドウ糖不足:極端な糖質制限や偏食、低血糖状態
ATPが不足すると、筋線維は適切に弛緩できず、筋肉や靱帯の急激な緊張変化に弱くなります。
これが“突然の腰の崩れ”につながります。

【共通点②】大脳皮質の働きが低下している
● AT6 / PT6の概念
機能神経学では、前頭前野と頭頂葉の働きをAT6(Anterior Thalamic 6)・PT6(Posterior Thalamic 6)というモデルで評価します。
これは、姿勢制御や感覚入力の統合にかかわる脳領域で、左右差や機能低下があると、脊柱起立筋群や骨盤帯の筋出力にばらつきが生じます。
● 大脳皮質の低下が何を招くか?
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身体の動きの予測・制御が鈍くなる
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無意識下の姿勢バランスが崩れる
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脊髄レベルでの反射が過剰または低下し、筋肉が過敏になる
その結果、「ちょっとした動き」で過剰な負荷が特定の腰部組織にかかり、ぎっくり腰を引き起こします。

【共通点③】自律神経の調整力が弱っている(IML機能の低下)
● IML(中間外側核)とは?
IML(intermediolateral cell column)は、脊髄内で交感神経の起始部となる中枢です。
ここが過剰に興奮すると血管収縮が起こり、逆に働きが低下すると血流調整がうまくいかずATP供給も悪化します。
特に慢性的なストレス、過労、寝不足、交感神経の緊張が続く人は、IMLの機能が低下しがちです。
● IMLの抑制がうまくいかないと…
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筋肉や靱帯の血流が悪化
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交感神経過緊張による痛覚の過敏化
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ぎっくり腰後の回復が遅く、慢性化しやすい
機能神経学的セルフエクササイズ
大脳皮質を刺激し、脊髄・自律神経系の安定を図るエクササイズを紹介します。
◆ 1. クロスクロール(左右脳の協調刺激)
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立って右手と左膝をタッチ → 左手と右膝をタッチ
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10回×2セット(リズムよく行う)
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前頭葉と体幹筋の連動が促されます
◆ 2. つま先・かかと立ち交互エクササイズ
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つま先立ち → かかと立ちを交互に10回
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脊髄の前庭脊髄路や固有感覚経路に刺激が入ります
◆ 3. 眼球運動エクササイズ
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水平方向に目だけを動かす(左右10回ずつ)
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前頭前野と視覚系の連動性を高めることで、体幹の安定性が改善

セルフツボ刺激:ぎっくり腰予防にも有効
● 腎兪(じんゆ)
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場所:腰椎の高さで背骨から指2本分外側
- 効果:腎臓・副腎の活性化、体液バランスの調整
● 委中(いちゅう)
- 場所:膝裏中央
- 効果:腰部から下肢への血流改善と痛み緩和
● 太谿(たいけい)
- 場所:内くるぶしとアキレス腱の間
- 効果:腎経に属し、エネルギー代謝や腰の弱りに有効
押すときはゆっくり息を吐きながら5秒間、3セットが目安です。

鍼灸治療の有効性
● 鍼灸は神経とエネルギー代謝を整える
鍼灸治療は、皮膚や筋膜を介して感覚神経 → 脊髄 → 中枢神経 → 自律神経という経路で影響を与えます。
特に以下のような作用があります
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ATPの局所再合成促進(ミトコンドリア活性)
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交感神経緊張の緩和と血流改善
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内因性鎮痛物質(エンドルフィンなど)の放出
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前頭葉・視床・脳幹の活動を通じた体幹筋の再活性化
ぎっくり腰の予防・再発防止には、脳・脊髄・筋肉を一体で整える鍼灸アプローチが非常に有効です。
まとめ:あなたは当てはまっていませんか?
ぎっくり腰になりやすい3つの共通点を振り返ってみましょう。
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ATPが不足している(酸素・水・糖が足りない)
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大脳皮質の働きが鈍っている(脳疲労:前頭前野・頭頂葉)
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自律神経の調整が弱っている(IMLの抑制力低下)
これらは一時的な状態ではなく、日常のストレス・生活習慣・姿勢の癖などが背景にあることが多いです。
エクササイズ・ツボ刺激・鍼灸を活用しながら、「ぎっくり腰を繰り返さない体づくり」を始めてみませんか?
出典・参考文献
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Langevin HM et al. (2001). Biomechanical response to acupuncture needling in humans. Journal of Applied Physiology, 91(6), 2471–2478.
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Takahashi T. (2011). Mechanism of acupuncture on neuromodulation in the gut—a review. Neurological Research, 33(1), 1-7.
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Brock J, Davis M. (2015). Functional Neurology: An Evidence-Based Approach to Clinical Neuroscience.
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日本自律神経学会 編 (2020). 自律神経と痛み. 医歯薬出版.
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金子雅俊(2021)『ATPエネルギー代謝と慢性痛』日本神経治療学会誌