
エネルギー不足と血流の話
「朝起きたとき、腰が固まって痛い」
「動き出すと少しずつ楽になる」
こうした症状に悩む方は少なくありません。
日中はそれほど気にならないのに、朝だけ腰が重い・痛いというのはなぜなのでしょうか?
本記事では、朝の腰痛が起こる神経学的なメカニズムに注目しながら、「酸素とATP(エネルギー分子)」の関係、そして機能神経学的アプローチやツボ刺激、鍼灸治療の有効性について、わかりやすく解説していきます。

1. 朝の腰痛 ― 神経学的なメカニズム
● なぜ“朝”に痛むのか?
朝の腰痛は「寝ている間の血流低下」と「長時間動かないことによる神経の感受性変化」によって起こります。
特に深部の筋肉や関節周囲には多くの侵害受容器(痛みセンサー)が分布していますが、これらは血流が悪くなり酸素やATPが不足すると、過敏に反応するようになります。
夜間は副交感神経優位で血圧・心拍数が下がるため、特に筋緊張の強い人では筋肉内部の局所循環が低下し、組織内のpHが酸性化、ATP産生が落ちてイオンポンプの働きが低下します。
その結果、神経細胞が過剰興奮しやすくなり、痛みが増幅されるのです。

2. 酸素とATPの重要性
● ATPとは?
ATP(アデノシン三リン酸)は、細胞が機能するためのエネルギー源です。筋収縮や神経伝達、イオンバランスの調整、再生修復など、すべての生命活動に不可欠です。
● ATP不足が引き起こす症状
ATPが不足すると、以下のような問題が起こります
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筋肉がリラックスできず、こわばったままになる
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神経細胞が興奮しやすくなり、痛みに過敏になる
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修復・回復が遅れ、慢性化しやすい
これらは特に血流が悪くなる朝方に顕著に現れます。

3. 機能神経学的なセルフエクササイズ
● 「動いて回復する」仕組み
朝の腰痛は「起き上がって動くことで楽になる」という特徴があります。
これは、筋肉のポンプ作用により血流が回復し、ATPが再合成されるからです。
● おすすめのセルフエクササイズ
以下の動きは、神経機能を活性化しつつ、血流を促すのに有効です。
◆ 1. 骨盤揺らし(脊髄反射促進)
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仰向けで膝を立て、左右に膝をゆっくり倒します(10往復)
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腰部の筋・関節の動きを回復し、自律神経にも良い刺激
◆ 2. ブリッジ運動(仙骨の安定)
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仰向けからお尻をゆっくり持ち上げる(5秒キープ × 5回)
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仙腸関節のモビリティと血流を促進
◆ 3. 腰椎アクティベーション(神経再入力)
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立った状態で、腰に手を当て前後に小さく骨盤を動かす(20回)
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深部感覚と固有受容系への刺激が得られます



4. 効果的なセルフツボ刺激
東洋医学では、「腰痛は気血の滞り」と考えられますが、神経学的にもツボ刺激は感覚神経を通じて中枢神経に調整信号を送る手段になります。
● おすすめのツボ
ツボ名 | 場所 | 効果 |
---|---|---|
腎兪(じんゆ) | 腰椎の高さで背骨から指2本分外側 | 腰の痛み、冷え、代謝低下に対応 |
委中(いちゅう) | 膝の裏中央 | 下肢から腰への血流を促進 |
崑崙(こんろん) | 足首の外側、アキレス腱とくるぶしの間 | 坐骨神経痛にも有効 |
● 刺激方法
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親指で5秒押して5秒離す × 各ツボ3回程度
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息を吐きながら刺激することで副交感神経が優位になりやすい

5. 鍼灸治療の有効性
● 鍼灸は“神経系”にどう働くか?
鍼刺激は、皮膚や筋膜の感覚神経を介して脊髄・脳幹・視床・大脳皮質まで刺激を伝えます。
特に
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ATP受容体(P2X/P2Y)の活性化による局所代謝の促進
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内因性オピオイドの放出による鎮痛作用
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自律神経のバランス調整による血流改善
が確認されており、慢性腰痛の軽減に有効です。
● 科学的エビデンス
多くの研究で、鍼灸治療が慢性腰痛に対する安全かつ有効な補完医療であることが示されています。
さらに、ATP産生や血流改善に寄与する点は、神経学的な機序とも合致します。
6. まとめ
朝の腰痛は「寝ている間の血流低下とATP不足」が一因であり、神経が過敏化することで痛みが強まることがわかっています。
エクササイズやツボ刺激で自律神経を整え、ATP産生と血流を促進することで、自然な回復力を引き出すことが可能です。さらに、鍼灸治療を併用することで中枢神経からの鎮痛効果や血流改善が期待できます。
「朝がつらい」を放置せず、科学と伝統医療の融合でケアしていきましょう。
出典・参考文献
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日本自律神経学会 編 (2020). 自律神経と痛み. 医歯薬出版.