
耳鳴りとは何か?
耳鳴り(医学的には「耳鳴」)とは、周囲に音源が存在しないにもかかわらず、本人には「キーン」「ジー」「ボー」といった音が聞こえる感覚のことを指します。
人口の約10〜20%が一度は経験すると言われ、特に中高年層で増加傾向にあります。
耳鳴りには、耳の疾患や加齢性難聴が関係することが多い一方、意外にも「首のこり」が関与しているケースが少なくありません。

頚部のこり感と耳鳴りのメカニズム的関係
首や肩の筋肉の緊張やこり(とくに僧帽筋、肩甲挙筋、胸鎖乳突筋、後頭下筋群など)は、頚部交感神経節や感覚神経に影響を与えることがあります。
頚部には、内耳(聴覚・平衡感覚に関わる器官)と脳をつなぐ神経路が通っており、以下のような機序で耳鳴りが生じることが報告されています。
1. 交感神経節の過緊張
頚部には上・中・下の頚部交感神経節(特に上頚神経節)が存在し、これらが内耳の血流を間接的にコントロールしています。
首の筋肉のこりやトリガーポイント(筋膜内の過敏部位)がこれらの神経節を刺激すると、交感神経の緊張が高まり、内耳の血流が低下し、耳鳴りが誘発されることがあります。
2. 感覚神経の求心性入力増加
こりや筋肉の緊張により、頚部の感覚神経(三叉神経・上頚神経叢など)からの求心性(中枢へ向かう)信号が増加すると、脳幹や視床、聴覚野などの中枢神経系に過剰な興奮が生じ、耳鳴りが出現・増強される可能性があります。
3. 筋・筋膜連鎖による関連痛
後頭下筋群などの緊張により、耳周囲に放散する関連痛や知覚異常が生じ、これが耳鳴り感覚として知覚されるケースもあります。
これはいわゆる「筋・筋膜性耳鳴」とも呼ばれることがあります。

トリガーポイントと耳鳴り
トリガーポイントとは、筋肉や筋膜内に形成される過敏な点で、押すと痛みが広がったり(関連痛)、遠隔部に異常感覚を引き起こしたりすることがあります。
とくに以下の筋肉のトリガーポイントは、耳鳴りと関係があるとされています。
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胸鎖乳突筋:
耳の後ろから胸骨・鎖骨に走る筋で、耳の圧迫感や耳鳴りを引き起こすことがあります。 -
僧帽筋上部繊維:
肩こりの代表筋で、こりが強くなると後頭部や耳周囲に関連痛を起こすことがあります。 -
後頭下筋群(大後頭直筋・小後頭直筋など):
頭部の安定化に関わる筋で、頚部神経叢に近接し、緊張により耳鳴りやめまいを起こすことがあります。

トリガーポイント鍼治療の有効性
トリガーポイント鍼治療(いわゆるドライニードリング)は、トリガーポイントに直接刺鍼して、その筋の異常な活動を抑制し、血流を改善し、痛みやこりを軽減する治療法です。
耳鳴りに対しても以下のような有効性が報告されています。
1. 交感神経緊張の緩和
刺鍼によって筋緊張が緩和されることで、頚部交感神経節への機械的刺激が軽減され、自律神経のバランス(交感・副交感の調和)が回復し、内耳の血流が改善されることが示唆されています。
2. 求心性入力の抑制
トリガーポイントへの鍼刺激は、筋肉由来の求心性信号(痛みや不快感)を抑制し、脳内の異常興奮を沈静化させる働きがあります。
これは「ゲートコントロール理論」や「脳内可塑性の調整」にも関連します。
3. 心理的・身体的リラクゼーション効果
慢性の耳鳴りは、心理的ストレスと深く関係しています。
鍼治療による身体的リラックスや自律神経調整効果は、不安や緊張の緩和を通じて、耳鳴りの体感を軽減することにもつながります。

実際の治療例(症例ベース)
【症例1】
40代男性:デスクワークによる首・肩こりと高音性耳鳴り(左)
■主訴:
左耳の「キーン」という高音の耳鳴りと、慢性的な首・肩のこり感。
■病歴:
約6か月前より耳鳴りを自覚。
耳鼻科では「異常なし」と診断され、ビタミン剤を処方されるが効果なし。
デスクワーク(1日10時間)中心の生活。
■評価:
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僧帽筋上部・肩甲挙筋・胸鎖乳突筋に圧痛および関連痛あり
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特に胸鎖乳突筋の下部トリガーポイントにより、耳後部への関連痛と耳閉感を誘発
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後頭下筋群の緊張も著明
■治療:
トリガーポイント鍼(刺鍼深度調整・低周波なし)を週1回で施術。
初回から耳鳴りの軽減を自覚。
4回目で日中の耳鳴りが「気にならない程度」に減少。
首こりの軽減と並行して耳鳴りも緩和。
6回目でほぼ自覚なしとなり、月1回のメンテナンスへ移行。
■考察:
長時間の前傾姿勢に伴う筋膜性緊張が、頚部交感神経節や感覚神経の過活動を誘発し、耳鳴りを引き起こしていた可能性が高い。
筋・神経連関の調整によって症状が速やかに改善した症例。
【症例2】
50代女性:更年期と関連する不定愁訴と低音性耳鳴り(両側)
■主訴:
「ボーッ」「モワーン」とした耳鳴りが断続的に出現。
加えて、首肩こり、頭重感、不眠傾向あり。
■病歴:
閉経後2年。
自律神経失調症と診断されたこともあり、漢方薬を服用中。
ストレスが強い時期に耳鳴りが悪化する傾向がある。
■評価:
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胸鎖乳突筋、側頭筋、後頭下筋に圧痛と硬結
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頚部~側頭部にかけての筋膜連鎖の過緊張が明瞭
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呼吸も浅く、交感神経優位状態を示唆する所見
■治療:
自律神経調整を意識し、トリガーポイント鍼治療に加え、耳介周囲の軽刺激と腹部の補助的刺鍼を実施。治療は週1回、計8回。
首こりの軽減と同時に耳鳴りの頻度・強度が減少。不眠も改善傾向を示す。
■考察:
更年期のホルモン変動に伴い、自律神経の不均衡と筋緊張が相互に悪循環を形成していたと考えられる。
局所的な筋治療に加え、自律神経調整の観点からの鍼治療が奏功した症例。
【症例3】
30代女性:ストレス起因の耳鳴りと頭痛を伴う頚部こり
■主訴:
左耳の「ザーッ」というホワイトノイズ様の耳鳴りと、月に数回起こる緊張型頭痛。
慢性的な首こりを長年自覚。
■病歴:
接客業に従事。
1年前から職場の人間関係に悩み、耳鳴りが出現。
耳鼻科受診では「聴力に異常なし」とされ、心療内科で軽い抗不安薬を処方されるも効果は限定的。夜間や緊張時に耳鳴りが強くなる傾向あり。
■評価:
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後頭下筋群・僧帽筋上部・側頭筋に顕著な筋緊張
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頚部から側頭部への関連痛あり
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トリガーポイント圧刺激により耳鳴り類似症状が誘発される
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ストレス耐性の低下と交感神経優位の兆候(睡眠浅い、呼吸浅い)
■治療:
週1回のトリガーポイント鍼治療を実施。
後頭下筋・側頭筋・僧帽筋上部のトリガーポイントに刺鍼、加えて耳介神門および百会など自律神経調整の経穴も選択。
3回目で頭痛が軽減し、耳鳴りも夜間の発生頻度が減少。
6回目には耳鳴りの「音質が軽くなった」と自覚し、8回目でほぼ消失。
■考察:
ストレスによる交感神経の持続的緊張が、筋緊張の慢性化と耳鳴り発症に関与していたと推察。
トリガーポイント鍼治療による筋弛緩と、中枢神経系への求心性入力の調整が功を奏し、精神・身体両面での改善につながった。
まとめ
耳鳴りは耳そのものの疾患だけでなく、首のこりや交感神経節、筋・筋膜性トリガーポイントと深い関わりがあります。
特に頚部交感神経節や感覚神経との関係を視野に入れることで、鍼灸や手技療法などの治療的アプローチがより効果的になる可能性があります。
トリガーポイント鍼治療は、筋肉の緊張を和らげ、神経の過剰な興奮を抑え、耳鳴りに対する一つの有効な選択肢となり得るでしょう。
【参考文献・出典論文】
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