
腰痛と自律神経
自律神経とは何か?
自律神経とは、私たちの意思とは無関係に、体の内側の働きを調整する神経系のことです。
心拍数、呼吸、血圧、消化、体温などを自動的にコントロールしており、生命を維持するために欠かせない存在です。
自律神経には「交感神経」と「副交感神経」の2つがあり、これらがバランスよく働くことで、体と心の安定が保たれています。
ところが、ストレスや疲労、生活習慣の乱れなどによってこのバランスが崩れると、筋肉の緊張や血流障害、内臓の働きの低下などが起こり、それが腰痛を引き起こす一因になるのです。
自律神経の乱れが腰痛を悪化させる仕組み
たとえば、ストレスで交感神経が優位になると、筋肉が常に緊張した状態になり、特に腰回りの筋肉が硬くなります。これによって血行が悪くなり、酸素や栄養が筋肉に届きにくくなると、疲労物質が蓄積され、痛みが強まります。
また、自律神経の乱れは内臓の働きにも影響を与え、腸の動きが悪くなることで下腹部の張りや不快感が出現し、それがさらに腰への負担を増すケースもあります。
さらに、慢性的な痛みそのものがストレスとなり、自律神経のバランスをさらに崩す「悪循環」に陥ってしまうこともあります。
鍼灸治療が自律神経に及ぼす効果
鍼灸治療は、東洋医学に基づいた伝統的な医療ですが、近年の研究では神経生理学的にも効果があることが示されています。鍼や灸を使ってツボを刺激することで、神経系やホルモン分泌、免疫系に作用し、体のバランスを整えることができます。
特に、自律神経に関しては以下のような作用があることが知られています。
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副交感神経を活性化し、交感神経の過活動を抑える
→ リラックス状態を促し、筋肉の緊張を和らげます。 -
血流改善
→ 筋肉や神経への酸素供給が増え、回復が早まります。 -
内臓の働きを調整
→ 消化器や泌尿器の働きが整い、腹部の張りや冷えも改善。
また、腰痛に関係する経絡(けいらく)やツボを選んで刺激することで、局所の痛みだけでなく全身のバランスを整えることができるのが、鍼灸の大きな特長です。
機能神経学とは?腰痛への応用
機能神経学(Functional Neurology)は、神経の構造的な損傷がなくても、神経の働きに「機能的な不具合」がある場合に注目し、それを正常に戻すことを目的とした新しい神経学的アプローチです。
たとえば、脳幹や小脳、前庭系(バランス感覚を司る神経ネットワーク)がうまく働かないと、姿勢制御が乱れたり、筋肉の左右バランスが崩れたりします。
これが長期的に続くと、腰部への過度な負荷が生じ、痛みとして現れることがあります。
機能神経学では、視覚、聴覚、運動、平衡感覚などを使った神経リハビリテーションを通じて、神経系の働きを再教育します。具体的には以下のような方法があります。
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眼球運動トレーニング
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バランスボードなどによる前庭刺激
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特定の運動を使った脳の左右差の調整
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呼吸法や意識的なリズム運動による自律神経の安定化
これらを通じて、神経系全体の働きが改善されると、腰痛も根本的に改善されやすくなります。
鍼灸と機能神経学の相乗効果
鍼灸が身体の自律神経や筋肉・内臓機能を整えるのに対し、機能神経学は脳神経の機能を正常化させるというアプローチです。
これらを組み合わせることで、次のような相乗効果が期待できます。
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神経ネットワークの働きが効率化され、回復が早まる
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自律神経と運動神経の両方からアプローチできる
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症状の「根本原因」にアプローチでき、再発予防にもつながる
このように、腰痛という一見「筋肉の問題」に見える症状も、実は神経系のアンバランスや自律神経の乱れが大きく関わっています。
そのため、鍼灸や機能神経学のように神経の調整を重視した統合的なアプローチが、現代の慢性腰痛において非常に有効だと考えられているのです。
出典
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Lund I, Lundeberg T. "Mechanisms of acupuncture and clinical applications in chronic musculoskeletal pain." Pain Manag. 2016.
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Korr IM. "The spinal cord as organizer of disease processes: Some preliminary perspectives." J Am Osteopath Assoc. 1976.
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Carrick FR. "Neurophysiological implications in functional neurology." J Vert Sublux Res. 1997.
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中根一 監修『自律神経と痛みの関係』医道の日本社、2021年。