
はじめに
こんにちは。「はる鍼灸整骨院」院長の島井浩次と申します。
当院ではこれまで、肩こり・頭痛・めまい・耳鳴りなど、いわゆる“原因不明”とされる不定愁訴に悩む多くの患者さまを診てきました。
現代の忙しさや情報過多による“脳の疲労”が、身体の症状となって現れるケースも少なくありません。
今回は、「クーラーを浴び続けた翌日から首がこわばり、左足にしびれまで出るようになった」という、50代の男性会社役員の症例を通して、冷えや姿勢、目の使い過ぎが身体にどう影響するのかをご紹介します。
「私もそうかも」と感じる方にとって、安心と希望のきっかけになれば幸いです。
▶忙しさの中、静かに忍び寄る「異変」
その患者さま(仮にTさんとします)は、50代の男性で、京都市内の企業で役員を務める方でした。
責任も重く、スケジュール帳は常に真っ黒。
とくに不調を訴える数日前は、新しいプロジェクトの立ち上げ準備で連日深夜までパソコンに向かっていたそうです。
「やりがいはある。でも、最近ずっと頭がボーッとしてて…」
最初の訴えは、そんな曖昧なものでした。
ところが、ある朝、首のこわばりとめまい、左足のしびれが一気に現れました。
「寝違えかなと思っていたんです。でも、その日の昼から足までしびれ出して、これはヤバいかもって…」
冷房の効いた部屋で、首にエアコンの風が直撃した状態で一晩過ごしていたというのです。
まるで首だけが氷水につけられたように冷え、翌朝にはまるで“鉛のように硬く”なっていたと表現されていました。
▶検査では異常なし。けれど症状は進む…
Tさんはまず整形外科と脳神経内科を受診しました。
しかしMRI・CT・血液検査の結果はすべて「異常なし」。
「よくあるストレートネックですね」
「加齢と姿勢によるものかもしれません」
そんな曖昧な説明と、湿布と痛み止めだけが処方されました。
しかし、症状はむしろ日に日に増していきました。
- 首から肩にかけて鉄板が貼り付いているようなこわばり
- 左下腿(ふくらはぎ~足先)へのピリピリとしたしびれ
- 動くたびに感じるふわふわしためまい感
- 時折、視界がグラつきピントが合いづらくなる
「歩いてると地面がフワフワしてるような感覚があって怖いんですよ」
と話される姿は、まるで“見えない不安”に追い詰められているようでした。
▶身体の声を聴く——初診の検査から見えたもの
初診では、以下のような所見が確認されました。
-
眼球運動検査で、視線をゆっくり動かす際に「止まるべき位置でオーバーシュート(行き過ぎて戻る)」がみられた
→ 小脳機能(とくに滑車核・虫部など)にかかわる異常
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固視が難しく、対象物に視線をとどめ続けられない
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ロンベルグテストで軽度のふらつき、閉眼立位で姿勢保持が困難
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オルタネイト運動障害(反復運動)で左右差あり、小脳の機能左右差が疑われた
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後頭下筋群(とくに大後頭直筋・小後頭直筋)に強い圧痛
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胸鎖乳突筋や斜角筋に強い圧痛と緊張
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患側(左)に頭位が傾倒しやすく、姿勢にも左右差あり
特に注目したのは、眼球運動の乱れと後頭下筋群の圧痛の一致です。
眼球運動を支える神経と、首の深層筋群(後頭下筋群)は、“頭の位置感覚”を司るセンサー”として連携しています。
目の使いすぎや、偏った姿勢・冷えによってこの連携が乱れると、
→ 首の筋肉に異常なトーン(過緊張)が出現し、
→ 血流・神経伝達に影響を与え、
→ 結果として「こわばり」「しびれ」「めまい」といった症状につながります。
▶体のセンサーが“誤作動”を起こすとき
人の身体は、センサーの塊です。
目で位置を捉え、耳でバランスを感じ、筋肉や関節で自分の姿勢を微調整しています。
Tさんの場合、このセンサーの一部である眼球と首まわりのセンサー群が、
エアコンの“偏った冷え”と“長時間の固定姿勢(PC作業)”によって、片側だけ過剰に刺激され、
もう片側は働きが抑えられるという、“機能的左右差”を生んでしまったのです。
例えるなら、
「左右のワイパーのスピードが違う車で雨の高速道路を走っている」ような状態。
視界が不安定で、運転どころではありません。
身体もまた、自分の位置やバランスが不安定になると、
“とりあえず止まって”とばかりに筋肉を緊張させ、動きを制限しようとします。
それが「こわばり」や「しびれ」として現れるのです。
▶施術方針とアプローチ——“再起動”をかける
Tさんへの施術は、以下のように段階を踏んで行いました。
【初期(1〜3回目)】
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トリガーポイント鍼治療:
後頭下筋群・斜角筋・胸鎖乳突筋への刺鍼
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機能神経学的アプローチ:
眼球運動と頭頸部の連動性を回復させる訓練
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呼吸と姿勢のリセット:
呼吸筋(横隔膜や前鋸筋)への刺激と再教育
初回で「首が少し軽くなった」と変化を実感。
2〜3回目で「しびれが一時的に弱くなる感覚が出た」と話されました。
【中期(4〜7回目)】
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固視トレーニング:
視覚安定化のための簡単な運動を指導
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重心の再教育:
立位での足底感覚と頸部の連動性を再構築
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耳介への微弱電気刺激:
副交感神経の調整と脳幹系のバランス調整目的
ここで「朝起きたときのふらつきがなくなった」と変化が安定し始めました。
【後期(8〜10回目)】
- 上位体幹と視覚-前庭-体性感覚の統合トレーニング
- 筋緊張の左右バランス調整(特に肩甲帯)
- 呼吸時の“胸郭の動き”に対するアプローチ
10回終了時には「もう不安はないですね」「PC仕事してても疲れ方が違う」とお話しくださいました。
▶その後のメンテナンスとセルフケア
月1回のメンテナンスでは、簡単な神経検査と頸部筋の状態チェック、
眼球運動やバランス調整のリマインドを行っています。
Tさん自身も、
「長く頑張ってきた“会社役員”の自分を、一度クールダウンできた気がします」
と笑顔で話されていました。
▶おわりに:冷えの正体は“偏り”だった
「冷え」は単なる温度の問題ではなく、刺激の“偏り”による感覚異常を引き起こすトリガーになります。
片側だけが冷え続ける
↓
脳の片側が機能低下
↓
交感神経が一方的に優位になる
↓
筋緊張や血流低下、神経の過敏性が高まり、
↓
「しびれ」「こわばり」「めまい」といった形で現れる
Tさんのようなケースは、決して珍しくありません。
あなたの首こりや足のしびれも、「たかが冷房」と見過ごしてはいけない“体からのサイン”かもしれません。
参考・出典論文
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Balaban CD, Thayer JF. Neurological bases for balance-anxiety links. J Anxiety Disord. 2001;15(1-2):53-79.
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Fernández L et al. The role of the suboccipital muscles in cervicocephalic pain syndrome. Man Ther. 2006;11(4):286-293.
-
Gurfinkel VS, et al. Visual control of posture in man. Vestn Ross Akad Med Nauk. 2001;(7):18-25.
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Hüllemann P, et al. Neuroanatomy of the neck and its relevance for cervicogenic headache. Cephalalgia. 2008;28(6):628–636.
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Ellrich J. Trigeminal and spinal mechanisms of craniofacial pain. Cephalalgia. 2002;22(9):699-709.
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Budde H, et al. The brain’s response to vestibular input: a review. Front Integr Neurosci. 2013;7:22.