
はじめに:
こんにちは。はる鍼灸整骨院の院長、島井浩次と申します。
当院では、「もう治らないかもしれない」と感じていた痛みや不調に対して、鍼灸と機能神経学のアプローチで、身体の奥にある原因からアプローチする施術を行っています。
今回は、「突然肩が痛くて眠れなくなった」と訴えて来院された、40代男性の回復ストーリーをご紹介します。
あなたや、あなたの大切な人にも同じような状況があるなら、きっとお役に立てると思います。
1:ある日突然、肩が「爆発」した
それは、ある朝のことでした。
40代の男性・Kさん(自営業)は、特に何か重いものを持ったわけでもなく、運動をしたわけでもなく、いつものように起き上がろうとしたその瞬間…
「ズキッ!」と肩の中に、ナイフを突き刺されたような鋭い痛みが走ったのです。
「えっ、何これ…?」
まるで寝ている間に肩の奥で何かが“爆発”したかのような感覚。
右肩を少し動かそうとするだけで、電気ショックのような痛みが襲い、顔をしかめるほど。
痛みで息が止まる感覚すらありました。
2:整形外科での診断——「五十肩ですね」
すぐに整形外科を受診したKさん。
レントゲンでは「石灰沈着がある」とのこと。
いわゆる「石灰性腱炎」、つまり「五十肩」の一種で、急性期の状態でした。
処方されたのは、湿布とロキソニン。
「安静にして、痛み止め飲んで様子を見てくださいね」
けれど、現実は「安静」どころではありませんでした。
3:夜の苦しみ——「うずいて、眠れない」
昼間も痛みはあるものの、もっと辛いのは「夜間痛」。
仰向けでも、横向きでも、どの姿勢でも肩が疼く。
じわじわと燃えるような痛みが、まるで肩の奥に“火種”を抱えているような感覚。
眠ろうとしても、痛みが邪魔をして眠れず、ようやくウトウトしても、痛みで何度も目が覚める…
「地味だけど、拷問のようでした」とKさんは語ります。
4:痛みが痛みを呼ぶ——脳の感覚が変わっていく?
実は、こうした「夜間痛」が続くことで、私たちの脳は“痛みに対して過敏”になります。
これは「下行性痛覚抑制系(かこうせいつうかくよくせいけい)」と呼ばれる、痛みをコントロールする神経系がうまく働かなくなることで起こる現象です。
さらに、長期にわたって激しい痛みを脳が学習してしまうと、「中枢感作(ちゅうすうかんさ)」と呼ばれる状態に移行してしまうことも。
これは、例えるなら火災報知器が壊れて、煙がないのに鳴り続けるようなもの。
痛みの元が消えても「痛い」と感じてしまう、厄介な状態です。
5:一縷の希望としての「お灸」
そんなとき、Kさんが「はる鍼灸整骨院」を訪れてくれました。
ネットで「五十肩 夜 眠れない 灸」と検索して、たどり着いたとのこと。
「正直、最初は半信半疑でした」と苦笑しながらも、「このままじゃ仕事もできないし、何とかしたい」という切実な気持ちが伝わってきました。
6:灸治療の本質——身体の“火消し役”
お灸と聞くと、「昔ながらの民間療法」と思われる方も多いかもしれません。
しかし、現代医学の視点からも、お灸にはしっかりとした効果があることが分かっています。
特に五十肩のような「炎症性の痛み」には、次のような作用が注目されています。
- 抗炎症作用:局所の血流を増やし、炎症性サイトカインの濃度を下げる
- 鎮痛作用:温熱刺激が脳内のオピオイド系を活性化し、痛みを抑制
- 自律神経調整:副交感神経を優位にし、身体全体の緊張を緩める
つまり、「肩の奥の火事」に対して、外から温かい火で“火消し”を行うようなアプローチなのです。
7:施術開始——“熱いけど、気持ちいい”灸
今回の施術では、直接灸(皮膚の上に艾をのせて火をつける)を使用しました。
もちろん、やけどのリスクには細心の注意を払いながら行いますが、跡が1~2ヵ月ほど残る可能性があることも事前にしっかり説明。
Kさんは「それよりこの痛みをどうにかしたい」と即決されました。
「ジリジリ…」という感覚のあとに、フワッと筋肉の奥が緩むような感覚。
「熱いけど、変な気持ちよさがある」とKさんも表現されていました。
8:機能神経学的アプローチ——脳と肩を“再接続”する
さらに、私たちは機能神経学という観点からの施術も組み合わせました。
- 視覚・前庭刺激を使った脳へのアプローチ
- 三角筋・棘上筋など肩の深層筋の位置覚フィードバックの再学習
- 左右の前庭神経系のバランスを調整して、上半身のトーンをコントロール
これにより、「肩に対する脳の誤解」を解きほぐし、痛みの“背景”にも働きかけるのです。
9:変化の兆し——「昨日、3時間も眠れました」
最初の2〜3回の施術では、大きな変化はありませんでした。
しかし、4回目の施術の翌朝、Kさんから嬉しい言葉が。
「昨夜、3時間だけど…ぐっすり寝られた気がします」
これは大きな進歩です。
痛みのレベル自体はまだ高かったものの、「睡眠がとれる」というのは、下行性抑制系の回復につながり、中枢感作の予防にもなります。
10:1ヵ月後——「夜が怖くなくなった」
約1ヶ月間、週に2回のペースで通っていただきました。
・肩の可動域も徐々に回復
・夜間痛はほぼゼロに
・朝の目覚めもスッキリ
・睡眠薬を使わずに自然な眠りが取れるように
Kさんの表情も、初診のときとはまるで別人のように明るくなりました。
最後に:灸治療は「時間をかけて火を鎮める」伝統医術
「痛み」は、単なる身体の異常ではなく、「身体からのメッセージ」です。
お灸は、そのメッセージに耳を傾けながら、やさしく火を鎮めていく治療法です。
もちろん、誰にでも合う治療ではありませんし、急性期の五十肩には適切なタイミングと方法が必要です。
でも、「薬だけではダメだった」「夜が怖かった」そんな方にこそ、一度知ってほしい選択肢です。
出典・参考文献
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Yao, W. et al. (2021). Efficacy of moxibustion for pain: a systematic review and meta-analysis. Journal of Pain Research.
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Park, J.E. et al. (2014). Moxibustion for the treatment of shoulder pain: a systematic review of randomized controlled trials. BMC Complementary and Alternative Medicine.
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Moayedi, M., & Davis, K.D. (2013). Theories of pain: from specificity to gate control. Journal of Neurophysiology.
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川嶋朗(2016)『お灸で健康になる』PHP文庫
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日本整形外科学会「五十肩(肩関節周囲炎)について」
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Melzack, R., & Wall, P.D. (1965). Pain mechanisms: a new theory. Science.