
▶はじめに
はじめまして。「はる鍼灸整骨院」院長の島井浩次と申します。
私はこれまで、慢性腰痛をはじめとした自律神経や神経機能に関連する症状に対して、東洋医学と機能神経学の視点を融合したアプローチで、多くの患者さまのサポートをしてまいりました。
このブログでは、「病院では異常なし」「でも痛みは続く」「家事も仕事もこなす日々で心も体も限界…」
——そんな日常に悩まれていたある40代女性の回復ストーリーをご紹介します。
“自分のことかもしれない”と思われた方は、ぜひ最後までお読みください。
▶「最初は、ただのぎっくり腰だと思っていました」
7年前、当時3歳と0歳の2人の子どもを抱えて育児真っ只中だったYさん(仮名)は、ある日、抱っこの途中で「ギクッ」と腰に激痛が走りました。
──そのまま動けず、しばらく床に倒れこんでしまったほど。
病院では「急性腰痛症(ぎっくり腰)」との診断。
湿布と痛み止めが処方され、2~3日安静にしていたら痛みは少し落ち着いたものの、それ以来、「腰に違和感がずっと残ったまま」「ちょっとしたことで再発する」ようになってしまいました。
▶だましだまし過ごした毎日が、「慢性腰痛」という落とし穴に
Yさんはフルタイムでデスクワーク。保育園への送迎、家事、子どもとの時間……朝から晩まで“止まる暇のない日常”の中で、腰の違和感は次第に痛みに変わっていきました。
「朝、起きた瞬間からもう腰が重だるい」
「通勤電車で立ち続けるのがつらい」
「夕方には肩もガチガチで、頭も重い」
家では、夫に「ちょっと横になってていい?」とついお願いしてしまう。
でも、そんな日が続くと「自分が怠けてるのかな」と責めてしまう。
「ちゃんと休めば治るはず」と思いながらも、回復する兆しはなく、心も疲れ果てていったのです。
▶病院では「異常なし」、リハビリでも変化が感じられない…
Yさんは腰痛の原因を突き止めるために、整形外科や整骨院、整体にも通いました。MRIやレントゲンでは「特に異常は見当たりませんね」と言われ、リハビリに通ったことも。
しかし——
「筋トレをしましょう」「ストレッチが大事ですよ」と言われても、やればやるほど痛みが増してしまうこともあり、「私のやり方が悪いのかな…」と不安ばかりが募っていきました。
▶慢性腰痛の“本当の原因”とは?
Yさんのように、構造的な異常がないにもかかわらず痛みが長く続く腰痛を「慢性腰痛」と呼びます。
実は、こうした痛みの背景には「筋肉や骨の問題」だけでなく、脳や神経の“機能的な低下”が大きく関わっていることが、近年の研究で明らかになってきました。
なぜ“ぎっくり腰”が慢性化したのか?
Yさんの初めてのぎっくり腰は、ただの偶然ではありません。
詳しく状態をうかがっていくと、当時の彼女は
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産後間もなくの寝不足
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食事も簡単に済ませて栄養不足気味
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子どもの抱っこで前かがみの姿勢が続く
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呼吸が浅くなっていた(胸式呼吸)
このような状態にあったのです。
呼吸が浅くなると、酸素の取り込みが減少し、脳のエネルギー供給が低下します。
すると、大脳皮質(特に前頭葉)や小脳の働きが落ちてしまうのです。
脳の“司令塔”が弱ると、全身の筋肉の緊張・弛緩のバランスが崩れ、負荷が一点に集中しやすくなります。
そのタイミングで子どもを抱っこしたことで、腰にかかる力の逃げ道がなくなり、ついに「ぎっくり腰」となったのです。
▶機能神経学で見たYさんの状態
機能神経学とは、脳と神経の機能的な働きに着目したアプローチです。
Yさんの場合、次のような神経機能の乱れが見られました。
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大脳皮質の機能低下(特に前頭葉・感覚野)
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小脳の協調運動能力の低下
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胸郭(肋骨まわり)の可動性低下による呼吸の浅さ
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脊髄内のIML領域(交感神経中枢)の過活動
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交感神経優位による筋緊張の亢進
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不動(座りっぱなし)による感覚入力の欠如
これらは例えるなら、指揮者がいないオーケストラのようなもの。
一人ひとり(筋肉や関節、内臓)はちゃんと楽器を持っていても、それぞれが好き勝手に演奏している状態では、美しいハーモニーは生まれません。
結果、特定の部位に無理が集中し、痛みとして現れるのです。
▶施術のアプローチ 〜 鍼灸 × 機能神経学の融合
Yさんの施術では、鍼灸治療と機能神経学的アプローチを組み合わせて行いました。
1. 鍼灸による筋緊張と自律神経の調整
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腰部のトリガーポイントへの鍼刺激
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胸郭・横隔膜周辺の調整
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自律神経に関わる耳介や手足のツボへのアプローチ
特に耳のツボ(耳介)は、迷走神経(副交感神経)の末梢枝が分布しているため、優しく刺激することで全身のリラックスモードを引き出します。
2. 機能神経学的アプローチ
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呼吸の再教育(腹式呼吸)
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前庭系・固有感覚系の再統合(バランス運動・足裏刺激)
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眼球運動や視覚入力を使った大脳皮質の活性化
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小脳刺激のための特定方向への軽い運動刺激
施術の目的は、「正しい神経のやり取りを思い出してもらう」こと。
機能低下していた神経経路に“適切なスイッチ”を入れることで、脳の働きが整い、身体の動きも自然とスムーズに変わっていきます。
▶少しずつ取り戻していった“自分らしさ”
Yさんの変化は、劇的な「ビフォーアフター」ではなく、まるで曇っていた窓が一枚ずつ拭き取られていくような、じんわりとした回復の過程でした。
●1〜3回目:まずは「重さ」が変わってきた
初回の施術では、「腰がほんの少し軽くなったような気がする」とYさん。
2回目以降、肩まわりの緊張が少しずつ和らぎ、「夜中に目覚める回数が減ってきた」と話されました。深い呼吸が入りやすくなってきたことで、体の“緊張グセ”が和らぎ始めたのです。
この頃はまだ腰痛自体は波がありましたが、「痛みのピークが短くなっている」「朝のこわばりが早めに動くと取れるようになった」との変化が見られました。
●4〜6回目:痛みの“予兆”に気づけるように
中盤に差しかかると、Yさんの感覚に少しずつ“余裕”が生まれてきました。
「今日はちょっと無理したから、明日はペースを落とそうかな」
「座りっぱなしが続くと、腰より前に足がむくむ感じが出る」
これまで、痛みが出てから「どうしよう」と対処していた状態から、「予兆に気づいて、先回りできる」段階へ。
また、腹式呼吸や足裏の感覚トレーニングも習慣になり始め、「そういえば、最近子どもを抱っこしても怖くなくなったかも」と、Yさん自身も驚かれていました。
●7〜10回目:生活全体の質が変わってきた
10回目の施術を迎える頃には、
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朝の腰の重さが気にならない日が増えた
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デスクワーク中の姿勢が崩れにくくなった
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肩こりからくる頭痛がほぼ出なくなった
といった変化が日常の中に根づいてきました。
何より印象的だったのは、Yさんがある日ふと口にした言葉です。
「毎朝“今日も一日がんばれるかな”って不安だったのが、“今日は何をしようかな”って思えるようになったんです」
その表情は、最初に来院されたときの“がんばらなきゃ”という張りつめた雰囲気とは違い、安心と自信がにじみ出るような笑顔でした。
▶最後に:同じように悩むあなたへ
慢性腰痛は、「筋肉が悪い」だけではなく、「指令を出す神経の働き」がうまくいっていないことが原因であることが多いのです。
Yさんのように、病院で異常が見つからなくても、体は確かに「助けて」のサインを出していたのです。
「気のせいかも」「甘えているのかも」と自分を責めるのではなく、あなたの体と脳の“対話のチャンネル”を整えることから始めてみませんか?
参考・出典
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Apkarian, A. V., et al. (2004). "Chronic pain patients are impaired on an emotional decision-making task." Pain.
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Baliki, M. N., et al. (2008). "Functional reorganization of the default mode network across chronic pain conditions." PNAS.
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Kjaer, P., et al. (2011). "Are MRI-defined fat infiltrations in the multifidus muscles associated with low back pain?" BMC Medicine.
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Thayer, J. F., & Lane, R. D. (2009). "Claude Bernard and the heart–brain connection: Further elaboration of a model of neurovisceral integration." Neuroscience & Biobehavioral Reviews.
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Nijs, J., et al. (2014). "Treatment of central sensitization in patients with 'unexplained' chronic pain." Expert Opinion on Pharmacotherapy.