
はじめに
こんにちは。はる鍼灸整骨院 院長の島井浩次です。
私は日々、鍼治療と機能神経学の視点を活かし、さまざまな不調に悩む方々のサポートをしています。
今回ご紹介するのは、「後頭部がビリッと痛む」という症状に悩まされていた30代の女性料理人の方が、なぜマッサージでは良くならなかったのか、そしてどう改善に向かっていったのかというお話です。
「ただの肩こりだと思ってた」
「マッサージでは良くならなかった」
という方にこそ、読んでいただきたい内容です。
◆料理人としての誇りと痛み
「料理の世界で生きていく」
その強い意志を持って厨房に立ち続けてきたAさん(30代女性)。
和食の職人として、毎日10時間以上、包丁と食材を相手に向き合う日々。
手を動かすだけでなく、常に「下を向く」という姿勢が続きます。
魚を捌き、野菜を切り、盛り付ける…そのほとんどの時間、首は前に傾き、背中は丸まり、無意識のうちに首の後ろや肩には大きな負担がかかっていました。
最初は、単なる肩こりや首こりだと思っていたそうです。
「仕事してたら、誰でも肩こるよね」
それがある日、突如としてやってきた“ビリッと走る痛み”によって、状況が一変しました。
◆突然の“電気ショック”のような痛み
その痛みは、ある日の夕方、仕込みの最中に突然現れました。
「ズン…と重い痛みじゃなくて、ビリッと走るような、神経に触れられたような痛みでした」
場所は右側の後頭部。
ちょうど髪の生え際あたり。
痛みは数秒で収まりましたが、数時間後、また同じような痛みが発作的に起きました。
「今までの肩こりとは全然違う」
そう直感したAさんは、翌日すぐに病院を受診。診断名は「後頭神経痛」でした。
◆後頭神経痛とは?
後頭神経痛とは、後頭部を走る神経(大後頭神経、小後頭神経など)が、何らかの原因で圧迫・刺激されて起きる痛みです。
特徴的なのは以下のような症状です。
- 髪の毛の根元あたりがビリッと痛む
- 電気が走るような発作的な痛み
- 頭皮を押さえると痛みが誘発される
- 姿勢の変化や首の動きで症状が悪化することも
「神経が関わっている」と聞くと不安になる方も多いですが、実はその原因の多くは“筋肉の硬さ”にあることも多いのです。
◆マッサージでは改善しなかった理由
Aさんは「神経の痛み」と聞いて、どうすればいいのか分からなくなりました。
痛み止めでその場は落ち着いても、根本的には何も変わらない。
そこで、知人に紹介されたマッサージ店に通い始めました。
「そのときは気持ちいいし、肩のこりも楽になる気がするんです」
「でも、仕事をしてるとまたビリビリと痛くなってくる」
マッサージでは血流改善や筋緊張の緩和は期待できますが、深層にある神経圧迫の原因である“トリガーポイント”までは届かないことがあります。
特に後頭神経の周囲には、後頭下筋群(こうとうかきんぐん)という深い位置の筋肉があり、ここにできた小さな硬結(トリガーポイント)が神経を刺激していると、浅い施術では太刀打ちできないのです。
◆鍼灸とトリガーポイント治療という選択肢
Aさんが当院にいらしたのは、そんなマッサージの限界を感じたタイミングでした。
私たちのアプローチは、単なる表面的なこりの解消ではなく、「なぜその神経が刺激を受けているのか?」を解剖学的・神経学的に評価していくところから始まります。
検査で見えた“首の奥の問題”
触診と神経学的評価を行うと、以下のような問題が明らかになりました。
- 後頭下筋群のトリガーポイント
- 頚椎(特にC2-3)の可動性の低下
- 姿勢の歪み(猫背+頭部前方位)
- 長時間の俯き作業による局所の虚血
Aさんの痛みの原因は、「首の奥深くにある筋肉が硬くなって神経を刺激していた」という構図だったのです。
◆施術の具体的な流れ
トリガーポイント鍼治療
後頭下筋群や肩甲上部筋(僧帽筋上部)、胸鎖乳突筋など、痛みに関与する部位に対して、精密な刺鍼を行います。
ポイントは、“深さ”と“位置の正確さ”です。
ピンポイントでトリガーポイントを捉えることで、神経への圧迫が和らぎます。
鍼を刺した瞬間に、「ズーンと響く感覚」が走り、そのあと一気に筋肉がゆるむ方もいます。Aさんも1回目の施術で、「頭が軽くなった!」と驚かれていました。
姿勢と動作の再教育
鍼の効果を最大限持続させるため、日常の姿勢にも着目しました。
Aさんの場合、下を向く作業姿勢がどうしても避けられないため、以下を実践してもらいました。
- 仕込み作業中に首をこまめに回す
- 高さの合う作業台への改善提案
- 休憩中の首ストレッチ(機能神経学に基づく眼球運動+頭部動作)
◆2か月間の施術で見えた変化
1回目(初診)
施術後すぐに、「後頭部がスーッと軽くなった感じがする」とAさん。
頭を振ったときの違和感もやわらぎ、あの“ビリッと”した電気ショックのような痛みはその日は出ませんでした。
「久しぶりに、頭のことを気にせず過ごせました」とのこと。
3回目(2週目)
まだ仕事中に首がこると痛みが出ることはありましたが、発作の頻度が明らかに減ってきました。
「1日おきくらいに、ちょっとビリッと来ることがあるけど、以前より軽いし短い」と、痛みの質にも変化が。
5回目(1か月後)
「ビリッとくる日が、週に1回くらいまで減ったんです」
痛みの出る頻度と強さがさらに減少し、料理中でも痛みのことを忘れて作業できる時間が増えてきたとのこと。
首まわりの筋緊張もかなり改善され、押して痛みが出ていたポイントもやわらいできました。
8回目(2か月後)
「そういえば、先週は1回も痛みを感じなかったんです」
この頃には、発作的な痛みはほぼ出なくなり、姿勢が崩れたときに軽い違和感を感じる程度に。
ご本人も「またあのビリッと来たらどうしよう…っていう不安が消えました」と話されていました。
首まわりのセルフケアも習慣になり、再発予防も含めたメンテナンス期に移行。
◆Aさんの感想
「正直、マッサージや湿布で何とかなると思ってたんです。でも根本の原因をきちんと見つけてくれて、それをピンポイントで治療してもらえたのが一番の安心でした」
「料理人を続ける限り、姿勢の負担はゼロにはできないけれど、今は仕事中に“またあのビリッとくるかも…”って不安がないんです。これがすごく大きい。」
◆後頭神経痛に悩む方へ伝えたいこと
後頭部のピリッとした痛み。
「寝違えかな?」「疲れかな?」で済ませていませんか?
もしその痛みが何度も繰り返していたら、それは“神経のSOS”かもしれません。
マッサージで一時的に気持ちよくなっても、根本的な改善にはならないケースもあります。
後頭部にはデリケートな神経が多く、深層の筋緊張や姿勢のクセが引き金になっている場合も少なくありません。
そんなときこそ、鍼灸とトリガーポイント治療が力になります。
◆おわりに
体の不調には、必ず原因があります。
そして、その原因を見つけ、丁寧に整えていけば、人は本来の力を取り戻せるのです。
Aさんのように、「マッサージでは変わらなかった」そんな悩みを抱えている方へ、安心と希望が届くきっかけになれば幸いです。
参考・出典
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Fernández-de-las-Peñas C, et al. Pathogenesis and treatment of occipital neuralgia: an updated review. Curr Pain Headache Rep. 2021.
-
Simons DG, Travell JG, Simons LS. Myofascial Pain and Dysfunction: The Trigger Point Manual.
-
Bogduk N. The clinical anatomy of the cervical dorsal rami. Spine. 1982.
-
竹井仁「筋膜性疼痛症候群とトリガーポイント鍼治療」理学療法学、2004