スマホ使用と意外な神経の関係とは

最近、子どもから大人まで「立ちくらみ」「倦怠感」「集中できない」「朝起きられない」など、起立性調節障害(OD)と考えられる症状を訴える方が増えています。
病院では「自律神経の乱れ」と診断されることも多いこの症状。
実はその背景には、スマートフォンの長時間使用と、脳や神経の機能低下が深く関係していることが、私たちの臨床経験や神経学的知見から見えてきました。
本記事では、
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スマホと眼球運動・呼吸・ATP(エネルギー代謝)との関係
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自律神経と大脳皮質のつながり
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鍼灸と機能神経学によるアプローチ
について、わかりやすく解説していきます。
1. 起立性調節障害とは?
起立性調節障害(OD:Orthostatic Dysregulation)は、自律神経系の調整機能が乱れることで、以下のような症状が現れる状態を指します。
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立ち上がったときのふらつきやめまい
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動悸、息切れ
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朝起きられない
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倦怠感・集中力の低下
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頭痛・胃腸症状
成長期の子どもや10代に多く、最近ではスマホ依存や長時間のスクリーン視聴との関連が指摘されています。
2. スマホ使用が起こす「眼球運動の機能低下」
スマホを見続ける姿勢では、眼球は常に近くの一点に集中しています。
これは
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追従性眼球運動(Smooth pursuit)
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前庭動眼反射(VOR)
といった眼球運動の機能を著しく低下させます。
これらの眼球運動は、脳幹や小脳、前庭神経と深く関わっており、頭位変化時のバランス調整や血圧維持にも関与しています。
したがって、眼球運動の低下は、
→ 前庭系の不活性化
→ 視覚・空間認知機能の低下
→ 起立時の不安定感や立ちくらみ
へとつながりやすくなります。
3. スマホ姿勢が「呼吸機能」を低下させる
スマホを操作しているとき、多くの人が猫背気味になり、
胸郭(肋骨まわり)や横隔膜の動きが制限されます。
これにより、
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呼吸が浅くなる
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酸素の取り込みが減る
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横隔膜・腹筋などの姿勢筋の活動が低下
といった状態に。
この浅い呼吸は、
→ 迷走神経(副交感神経)の刺激不足
→ 交感神経の過剰興奮
→ 体内のATP産生(エネルギー代謝)低下
という悪循環を生みます。
4. ATP不足が神経の働きを鈍らせる
ATP(アデノシン三リン酸)は、神経細胞や筋肉が正常に働くための「エネルギー源」です。
ところが、呼吸や血流の低下によって酸素供給が滞ると、ATP産生が不足し、神経の活動が抑制されます。
これは特に、中枢神経(大脳皮質や自律神経中枢)において問題となります。
ATP不足は、
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神経伝達が遅れる
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感覚入力が過敏になる(痛み・不快感)
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調整系が働かず、交感神経優位に偏る
など、自律神経の調節障害の要因となります。
5. 大脳皮質の機能低下と自律神経の乱れ
私たちの脳は、前頭葉・感覚野・運動野・視覚野などの皮質領域が、それぞれ外界の情報を処理し、
内臓や血管の働きに影響を与える「下行性調整系」を担っています。
スマホによる
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視覚入力の単調化
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呼吸の浅さ
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頸部や足部からの感覚刺激の減少
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ATP不足による神経活動の低下
などが重なることで、
→ 大脳皮質の活動が全体的に低下します。
この結果、
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自律神経の調節がうまくいかない
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特に起立時の血圧・心拍変動に適応できない
という“起立性調節障害”に似た状態が引き起こされます。
6. それ以外にも考えられる要因とは?
起立性調節障害に関連する追加要因として、以下の点も見逃せません。
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足底部への刺激低下
→ 体性感覚が乏しくなり、姿勢制御力が低下 -
頸部の筋緊張や神経絞扼
→ 頚部交感神経や迷走神経の機能異常 -
スマホ光刺激による概日リズムの乱れ
→ メラトニン分泌障害 → 睡眠障害 → 自律神経乱れ -
精神的ストレスと脳疲労
→ 前頭葉機能の抑制 → ホルモン分泌異常
7. 当院のアプローチ:鍼灸 × 機能神経学
はる鍼灸整骨院では、こうした複合的な要因による自律神経の乱れに対し、神経学的な評価と鍼灸治療を組み合わせたアプローチを行っています。
▷ 鍼灸による調整
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頚部、腹部、下肢などのツボを用い、自律神経のバランスを整える
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ATP産生を高め、神経活動を活性化する
▷ 機能神経学的評価・介入
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眼球運動・姿勢・前庭系・呼吸の機能検査
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右脳・左脳の偏り、感覚過敏・鈍麻のチェック
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感覚刺激や運動入力による脳機能の再構築
▷ セルフケア・生活指導
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スマホ使用時間の管理
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呼吸トレーニングや簡易VOR運動
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足部刺激や姿勢改善体操の提案
8. おわりに
「自律神経の乱れ」と聞くと、ストレスや精神的な要因ばかりが注目されがちですが、
実は“身体への入力”と“脳の働き”の低下が本質的な原因であることが多くあります。
スマホの使いすぎによって起きる神経機能の低下。
そこから起立性調節障害のような症状が出ているとしたら、
薬ではなく「神経の働きそのものを整えるアプローチ」が必要です。
もしお子様やご自身に似た症状があると感じたら、ぜひ一度ご相談ください。
脳と神経の視点から、本当の原因に向き合いましょう。
【参考文献】
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Stewart JM. "Common Syndromes of Orthostatic Intolerance." Pediatrics. 2013.
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Maruta T, et al. “Visual motion perception in children with orthostatic intolerance.” Auton Neurosci. 2020.
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藤本幸弘『自律神経の整え方』永岡書店.
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大島清『脳から治す自律神経失調症』講談社.