— 科学から読み解く回復のメカニズム —
四十肩・五十肩とは何が起きている状態なのか?
四十肩・五十肩は医学的には「肩関節周囲炎」と呼ばれます。
40〜60代を中心に発症し、
-
夜間痛
-
腕が上がらない
-
着替えが困難
-
寝返りで激痛
-
洗髪や結髪が不可能
といった日常生活に大きな制限をもたらします。
画像検査では
-
腱板炎
-
滑液包炎
-
関節包の癒着や拘縮
などが確認されることもありますが、画像上「異常なし」とされるケースも非常に多いのが特徴です。
ここで重要なのは、
「なぜ痛みが長引くのか」
「なぜ動かない肩になるのか」
という回復しないメカニズムです。
この答えは、単なる「炎症」だけでは説明できません。
お灸が効く理由①
① 血流の改善と酸素供給
お灸の温熱刺激は、
-
皮膚
-
皮下組織
-
筋膜
-
筋肉
-
血管平滑筋
に作用し、局所血流を強力に増加させます。
四十肩・五十肩では肩周囲の筋肉・腱・靭帯で
-
毛細血管の循環不全
-
酸素不足
-
老廃物停滞
が起きています。
お灸により
-
酸素供給が回復
-
発痛物質の洗い流し
-
組織修復の促進
が生理学的に起こります。
② 筋緊張の正常化
温熱刺激は筋紡錘とゴルジ腱器官の反射を介して、
-
過緊張筋は緩み
-
働いていない筋は再活性化
されます。
この作用は「揉む」「押す」よりも深部まで安全に到達するのが、お灸の特長です。
お灸が効く理由②
① 痛みは「神経の興奮」で起きている
現代の疼痛科学では、痛みとは
組織の損傷 × 神経の興奮 × 脳の解釈
で成立するとされています。
四十肩では、
-
炎症刺激
-
関節の動きの異常
-
筋膜の滑走不全
によって侵害受容器(Aδ線維・C線維)が持続的に興奮します。
お灸の刺激は、
-
温覚線維(Aδ温覚)
-
C線維温覚
を介して、脊髄後角で痛み信号を抑制します(ゲートコントロール理論)。
② 下行性疼痛抑制系の活性化
さらに重要なのが、
-
中脳中心灰白質(PAG)
-
延髄傍巨大細胞網様核
-
セロトニン・ノルアドレナリン経路
という脳からの「痛みブレーキ回路」です。
お灸刺激はこの回路を活性化し、
-
痛みを感じにくくする
-
過敏になった神経を沈静化
させる作用があります。
4.お灸が効く理由③
ここからが、一般医療では最も見落とされがちな重要ポイントです。
① 動かない肩は「脳が動かす許可を出していない」
肩が上がらない理由は、単なる筋肉や関節の問題だけではありません。
脳は常に
-
視覚
-
前庭覚
-
深部感覚
を統合し、
「この動きは安全か?」
「この関節は使っていいか?」
を判断しています。
五十肩では、
過去の痛み体験が“危険記憶”として脳に刷り込まれ、
脳が肩の可動を制限する状態になっていることが非常に多いです。
② お灸は「感覚入力」を書き換える治療
お灸による
-
温度刺激
-
皮膚感覚
-
深部温覚
は、脳に新しい安全な感覚情報を入力します。
これにより
-
危険信号の誤作動が低下
-
運動許可が再び下りる
-
無意識の防御収縮が解除
されるという、脳レベルの可動域改善が起こります。
これは、単なる「温め」ではなく、神経再教育そのものです。
お灸が効く理由④
① 抗炎症サイトカインの増加
お灸刺激により、
- IL-10
- アデノシン
- 一酸化窒素(NO)
などの抗炎症物質が増加することが報告されています。
これにより
-
炎症の慢性化抑制
-
組織修復の促進
が起こります。
② 自律神経・ホルモン調整
五十肩の多くは
-
睡眠障害
-
ホルモン変動
-
自律神経失調
と密接に関係しています。
お灸は
-
迷走神経を介し副交感神経優位へ
-
コルチゾール暴走の抑制
-
メラトニン分泌促進
といった内分泌レベルでの回復環境を整える作用を持っています。
なぜ「夜に痛む」のか?五十肩の本当の正体
夜間痛の正体は
-
交感神経優位
-
末梢循環低下
-
炎症物質停滞
-
脳の警戒モード
が重なった結果です。
お灸による
-
血流回復
-
副交感神経優位化
-
抗炎症物質増加
は、夜間痛の根本構造を同時に解除する数少ない方法です。
リハビリで悪化する人と、お灸で改善する人の違い
強引な可動域訓練では
-
炎症の増悪
-
痛覚過敏
-
防御収縮の固定化
が起きることがあります。
一方、お灸は
-
痛みを出さず
-
神経と血流を同期的に整え
-
脳→神経→筋肉の流れを回復
させるため、回復の土台そのものを再構築する治療です。
お灸で期待できる具体的な効果
-
夜間痛の緩和
-
可動域の自然な回復
-
睡眠の質の向上
-
肩〜背中〜首の連動改善
-
再発リスクの低下
-
自律神経バランスの安定
四十肩・五十肩は「年齢のせい」ではない
確かに加齢は影響します。
しかし本質は、
-
神経の誤作動
-
感覚入力の乱れ
-
血流と代謝の低下
-
炎症の慢性化
-
脳の安全判断のエラー
という「生体システムの誤作動」です。
お灸は、この誤作動を
- 生理
- 神経
- 脳機能
- 生化学
すべての階層で是正できる、非常に完成度の高い治療法です。
まとめ
四十肩・五十肩に対するお灸の効果は、
-
単なる温熱ではなく
-
単なる血流改善でもなく
-
単なるリラクゼーションでもない
「脳・神経・血流・免疫・ホルモン」すべてに同時に介入できる、極めて統合的な治療刺激です。
だからこそ、
-
何ヶ月も改善しなかった肩
-
リハビリで悪化した肩
-
夜眠れなかった肩
が、静かに、しかし確実に回復へ向かっていきます。
■ 出典・参考文献
-
Woolf CJ. “Central sensitization: implications for the diagnosis and treatment of pain.” Pain, 2011.
-
Tracey I, Mantyh PW. “The cerebral signature for pain perception and its modulation.” Neuron, 2007.
-
Fields HL. “Descending modulation of pain.” Progress in Brain Research, 2000.
-
Kawakita K, Okada K. “Acupuncture therapy: Mechanism of action, efficacy, and safety.” Jpn J Physiol, 2014.
-
Takahashi T. “Mechanism of acupuncture on neuromodulation.” Autonomic Neuroscience, 2011.
-
Zhang R et al. “Acupuncture-induced nitric oxide production in local tissue.” J Physiol Sci, 2008.
-
Basbaum AI, Fields HL. “Endogenous pain control systems.” Annu Rev Neurosci, 1984.
-
日本整形外科学会 肩関節周囲炎診療ガイドライン
五十肩に効果が高い代表的ツボ
① 肩髃(けんぐう|LI15)
■ 位置
肩を外転させたときにできるくぼみ。
三角筋前部と上腕骨頭の境目。
■ 主な作用
-
肩関節周囲の血流改善
-
炎症性サイトカイン抑制
-
三角筋・棘上筋の神経興奮抑制
■ 期待できる効果
-
挙上時痛の軽減
-
外転・屈曲可動域の改善
-
夜間痛の緩和
■ 出典
-
Han JS. “Acupuncture and endorphins.” Neuroscience Letters, 2004.
-
Lathia AT et al. “Acupuncture as a treatment for shoulder pain.” Pain, 2009.
(※神経内因性オピオイド活性化による疼痛抑制)
② 肩井(けんせい|GB21)
■ 位置
首の付け根と肩先の中間点。僧帽筋上部中央。
■ 主な作用
-
僧帽筋の持続収縮の解除
-
交感神経緊張の抑制
-
頚部〜肩部の総合的循環改善
■ 期待できる効果
-
夜間痛・ズキズキした疼痛の軽減
-
首〜肩〜背中の連動改善
-
自律神経由来の痛みの鎮静
■ 出典
-
Takahashi T. “Acupuncture for autonomic regulation.” Autonomic Neuroscience, 2011.
③ 曲池(きょくち|LI11)
■ 位置
肘を曲げた時にできるシワの外端。
■ 主な作用(生化学的に最重要)
-
IL-6・TNF-αなど炎症性サイトカイン抑制
-
IL-10(抗炎症サイトカイン)増加
-
自律神経−免疫連関の正常化
■ 期待できる効果
-
炎症期の強い痛みの鎮静
-
夜間痛の早期軽減
-
慢性化の予防
■ 出典
- Kavoussi B, Ross BE. “The neuroimmune basis of anti-inflammatory acupuncture.” Integrative Medicine, 2007.
- Zhang R et al. “Acupuncture-induced nitric oxide release.” J Physiol Sci, 2008.
④ 天宗(てんそう|SI11)
■ 位置
肩甲骨中央のくぼみ(棘下筋中央)。
■ 主な作用
-
棘下筋トリガーポイントの解除
-
肩甲上神経の過剰興奮抑制
-
肩甲上腕リズムの再教育
■ 期待できる効果
-
夜間のズーンと響く鈍痛
-
動作初期の引っ掛かり感
-
腕を後ろに回す動作の改善
■ 出典
-
Travell & Simons. “Myofascial Pain and Dysfunction.”
-
Fernández-de-las-Peñas C. “Trigger point acupuncture.” J Pain, 2015.
⑤ 外関(がいかん|TE5)
■ 位置
手首背側中央から肘方向へ約2横指。
■ 主な作用(機能神経学的に極めて重要)
-
前庭−上肢運動連関の調整
-
小脳−上肢協調回路の再統合
-
痛みの「動き恐怖記憶」の解除
■ 期待できる効果
-
動かすと怖い肩の改善
-
ワンテンポ遅れる動きの修正
-
再発予防
■ 出典
-
Nieuwenhuys R. “The functional organization of the brainstem.” Springer, 2007.
-
Tracey I. “Imaging pain and modulation.” Neuron, 2007.
■ 灸で特に効果が高い理由
五十肩に対するお灸の最大の強みは、
✔ 血流改善(生理学)
✔ 疼痛抑制(神経学)
✔ 運動許可の再獲得(機能神経学)
✔ 抗炎症・ホルモン調整(生化学)
を 1点の刺激で同時に成立させられることにあります。
特に、
-
肩髃 × 曲池
-
天宗 × 外関
-
肩井 × 曲池
の組み合わせ使用は、
「炎症・神経・脳・可動域」の全階層に同時介入できる極めて合理的な配穴パターンです。
■ 注意点(重要事項)
-
急性炎症期(ズキズキ熱感が強い時)は直接の強刺激は避ける
-
夜間痛が強い時ほど弱い熱を長めに
-
可動域が出始めたら動作と同時に灸
この順番を誤ると、
-
炎症のぶり返し
-
神経過敏の固定化
が起こるため、自己流の強刺激は避けるべきです。