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はじめに

こんにちは。大阪府枚方市のはる鍼灸整骨院、院長の島井です。


今回ご紹介するのは、30代・保育士・2児の母である女性の回復ストーリーです。

テーマは

「めまいと低音性難聴は治まったのに、なぜ“耳鳴りと頭鳴り”だけが残ったのか?」

そして、

「なぜ“仕事中は気にならず、夜と朝だけ強く出るのか?」

という、とても神経学的な問いを含んだ症例です。
 

「もう大丈夫だと思っていたのに…」

彼女が最初に来院されたとき、
口にした第一声は、少し困ったような、でも張りつめた声でした。

「めまいも、低音の聞こえにくさも、だいぶ落ち着いたんです。でも……」
「夜になると、右のこめかみの奥で、“ジージー…”って音がして」
「朝、目が覚めた瞬間から、もう鳴ってるんです」

数か月前、耳鼻科ではメニエール病と診断され、
めまい、低音性難聴、ふらつき
いわゆる典型的な症状は、薬の服用と安静で次第に安定してきたそうです。

ただ、
安定剤を中止した後から、耳鳴りと頭鳴りだけが浮き彫りになるように現れ始めた。
それが、今回の主訴でした。

 

 

 

「仕事中は平気なんです。不思議ですよね」

詳しくお話を伺っていく中で、興味深い特徴が浮かび上がりました。

・仕事中(保育園)は、ほとんど気にならない
・帰宅後、子どもが寝静まった頃から強くなる
・寝る直前と、起床直後が最も強い
・音は「右だけ」「こめかみの奥」「ジージーという連続音」

この時点で、
私はある“神経の特徴”を強く疑いました。


「注意が外に向いている間は症状が弱く、意識が内側に向くと強くなる」

これは、
感覚処理と自律神経、そして脳幹・小脳・前庭系が関係しているサインでもあります。

 

 

 

神経学的検査で見えてきた「左右のズレ」

さっそく、神経学的なスクリーニングを丁寧に進めました。

・パースート(追視運動)でオーバーシュート
・輻輳反射で左右差
・VOR(前庭眼反射)で固視のブレ
・ロンベルグ、継ぎ足歩行で動揺
・リンネ・ウェーバーテストで左右差
・酸素飽和度、血圧にも左右差

 

これらはすべて、

「前庭系・眼球運動・脳幹・小脳・自律神経」の統合の崩れを示すサインです。

特に印象的だったのは、
VOR固視で“視線が止められず、にじむように揺れる感覚”を訴えたこと。

これは、
聴覚と前庭、そして小脳の連携に“微細な誤作動”が残っている証拠でもありました。

 

 

 

「耳だけの問題ではない」と考えた理由

耳鳴りというと、
どうしても「耳の中の問題」と捉えられがちです。

しかし実際には、
・内耳
・前庭神経
・脳幹
・小脳
・側頭葉(聴覚野)
・さらに三叉神経系


これらが立体的に連動して“音の感覚”を作っています。

今回のケースでは特に、
右三叉神経領域と前庭・眼球運動系の左右差が強く疑われました。

 

 

 

施術方針

この症例では、
「耳を治す」ではなく、「脳と神経のバランスを再統合する」
という視点でプランを立てました。

具体的には、

・右三叉神経ポイントへの刺鍼
・前庭系・眼球運動系の再教育
・自律神経系の左右差調整
・体性感覚入力による脳幹活性
・呼吸と姿勢反射の調整

 

これらを機能神経学的アプローチとして組み込み、
週1回ペースで計画的に介入していきました。

 

 

 

初期(1〜5回)──「少し軽い…かも?」

初期は、
「大きな変化はないけれど、少し静かな時間が増えた」
という反応が多く見られました。

・寝る前の音が、以前より短くなる
・朝の“ジージー”が、10分ほどで引く日が出てくる
・ふらっとする感覚が減る

この時期は、
神経の“土台作り”の段階です。

目に見える劇的な変化はなくても、
脳幹や小脳の警戒モードが、じわりじわりと緩み始めます。

 

 

 

中期(6〜12回)──「気にならない日が増えた」

この頃から、本人の表情が明らかに変わってきました。

「そういえば…昨日は気づいたら鳴ってなかったです」
「朝も、鳴ってたけど“あ、今日は弱いな”って」

VORの固視ブレも、
ロンベルグでの動揺も、
少しずつ改善していきました。

“耳鳴りの音量”というよりも、
“脳がそれをどう受け取るか”が変わってきた印象です。

 

 

 

後期(13〜17回)──「鳴ってても、不安じゃなくなった」

最終盤で、彼女がふとこぼした言葉が印象的でした。

「前みたいに、“あ、また来た…”ってドキッとしなくなりました」
「鳴ってても、気にならないって、こういう感じなんですね」

これは、とても重要な変化です。
耳鳴りの治療では、

・音を消すこと
・気にならなくすること

この2つは、まったく別の意味を持ちます。
そして多くの場合、
脳が“安全だ”と認識したとき、結果的に音は小さくなっていきます。

 

なぜ「夜」と「朝」だけ強かったのか?

この症例の本質は、ここにあります。

・仕事中 → 交感神経優位・意識は外界
・夜・朝 → 副交感神経寄り・意識は内側

この切り替えの瞬間に、
前庭・自律神経・三叉神経・脳幹ネットワークの“不安定さ”が露出していた
そう解釈できます。

つまり、
「耳鳴りは、日中は抑え込まれていた“脳のズレの音”だった」
というわけです。

 

 

 

現在:月1回のメンテナンスへ

現在は、
大きな耳鳴り・頭鳴りはほぼ消失し、
月1回のメンテナンス通院で安定した状態を維持されています。

仕事も育児も、
「あの音に支配されていた頃」の自分を思い出すことが、
少なくなったそうです。

 

 

 

この症例が教えてくれること

このケースは、
「病名がついても、症状の正体はひとつではない」
ということを、静かに教えてくれます。

・内耳
・前庭神経
・三叉神経
・小脳
・自律神経
・眼球運動
・感覚統合

どこか一つだけが悪いわけではなく、
“つながりの誤差”が積み重なって、症状として現れる
それが、耳鳴り・頭鳴り・めまいの本質だと、私は考えています。

 

 

 

おわりに

耳鳴りは、
音そのものよりも、
「この先ずっと続くかもしれない」という不安のほうが、
人を深く疲れさせます。

しかし、
脳と神経には、
正しく刺激すれば、正しく再学習する力が備わっています。

この症例は、
そのことを静かに、でも確かに教えてくれた一例でした。





 

参考・出典文献

  1. Eggermont JJ, Roberts LE.
    The neuroscience of tinnitus.
    Trends in Neurosciences. 2015;38(11):712–729.

  2. Shore SE, Roberts LE, Langguth B.
    Maladaptive plasticity in tinnitus—triggers, mechanisms and treatment.
    Nature Reviews Neurology. 2016;12(3):150–160.

  3. Brandt T, Dieterich M.
    The vestibular cortex. Its locations, functions, and disorders.
    Annals of the New York Academy of Sciences. 1999;871:293–312.

  4. Leigh RJ, Zee DS.
    The Neurology of Eye Movements. 5th ed. Oxford University Press, 2015.

  5. Büki B, et al.
    Trigeminal influences on the vestibular system.
    Otology & Neurotology. 2009;30(1):81–89.

  6. Jastreboff PJ.
    Phantom auditory perception (tinnitus): mechanisms of generation and perception.
    Neuroscience Research. 1990;8(4):221–254.

  7. Ashton H.
    Benzodiazepines: how they work and how to withdraw.
    University of Newcastle, UK. 2002.

  8. Thalamocortical dysrhythmia as a mechanism for tinnitus.
    Llinás RR, et al.
    Proceedings of the National Academy of Sciences (PNAS). 1999;96(26):15222–15227.


     

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