
はじめに
こんにちは。大阪府枚方市にある「はる鍼灸整骨院」の院長の島井浩次です。
日々、肩こりや腰痛などさまざまな症状の患者さんが来院されますが、なかでも「三叉神経痛」という診断を受けた方が、鍼灸や機能神経学的アプローチを選ばれるケースが増えてきています。
三叉神経痛は、その痛みが「電気が走るようだ」と例えられるほど強烈です。
今回ご紹介する60代の女性主婦の方も、「左の下顎にズキンと走る痛みが、まるで雷に打たれたみたいなんです」と表現されました。
食べ物を口に入れただけで発作的な痛みが走り、生活そのものが恐怖に支配されていた彼女。
しかし、半年間の施術を経て今では「痛みを気にせず食事ができる」までに改善しています。
これは、その半年間の記録と、彼女がどのようにしてその激痛から抜け出したのか。
そして三叉神経痛という病気が教えてくれる「体全体のバランス」の大切さについてのお話です。
1. はじまりは「歯が痛い?」 原因がわからなかった日々
「最初はピリピリするくらいだったんです」
彼女が最初に違和感を覚えたのは5年前。
左頬から顎にかけてピリピリとした軽い痛みを感じるようになりました。
それが数週間で「歯が痛い」と錯覚するほど強い痛みに変わり、歯科を受診することに。
歯科医院ではレントゲン検査を受けましたが、虫歯や歯周病などの異常は見つかりませんでした。
「様子を見ましょう」という説明を受けましたが、その後も痛みは収まらず、むしろ悪化。
食べ物を口に入れるだけで「ズキン」と激痛が走り、食事が怖くなるほどでした。
「何か大変な病気なのではないか」という不安が彼女を支配していました。
痛みのたびに顔がゆがみ、家事もままならない日々。
夫や家族にも心配をかけ、精神的にも追い詰められていったそうです。
2. 新聞記事との出会い やっと見つけた“病名”
転機は、ある日の新聞記事でした。
「三叉神経痛」という言葉が目に入り、
記事に書かれた症状の説明がまさに自分と同じだったのです。
「これ、私のことじゃないかしら」と感じた彼女は、すぐに専門病院を探して受診を決意しました。
MRI検査や詳細な神経学的検査を受けましたが、脳や血管など中枢神経系に異常はありませんでした。
これはとても重要なポイントです。
三叉神経痛には、脳血管の圧迫や腫瘍など中枢性の原因が隠れていることがあるため、「異常がない」とわかることが大きな安心材料になります。
3. 病院での治療とその限界
診断は典型的な「三叉神経痛」。
担当医師からは手術の選択肢も提示されましたが、「脳血管に異常がない場合、すぐに手術を勧める必要はない」と説明を受け、彼女自身も手術を見送りました。
代わりに抗てんかん薬(カルバマゼピンなどが一般的)が処方され、服用開始後1ヵ月ほどで発作的な痛みの頻度は少し減少。
ただし「完全に痛みがなくなるわけではない」「薬の副作用が心配」という思いがありました。
「このまま薬だけに頼っていていいのだろうか…」
そんな時、知人の紹介で当院を知り、来院されました。
4. 初診時に見えた「体のサイン」
初めてお会いしたとき、彼女の全身状態には三叉神経痛だけでなく、交感神経優位が強いサインがいくつもありました。
主な検査所見
- 血圧:140/80 とやや高め
- 末梢循環:手足が冷たい
- 酸素飽和度:最終的には98%まで上がるものの、交感神経優位による毛細血管収縮で数値が上がるまで通常より時間がかかる
- 瞳孔反射:緩徐(交感神経優位なサイン)
- 胸郭可動性:低下、呼吸が浅い
筋触診での所見
- 左側の咬筋、側頭筋、内側翼突筋に複数の圧痛点
- 首から肩にかけて僧帽筋、胸鎖乳突筋、斜角筋群の過緊張
- これらが三叉神経への二次的負担を増やしていると推察
神経学的検査
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眼球運動では大きな異常はないものの、パースート時にサッケードが混入(視覚と小脳の微細な連携の問題)
これらはすべて「ただ神経が痛んでいる」というよりも、全身的に交感神経が過剰に働き、局所の筋緊張と感作が三叉神経痛を悪化させていることを示す重要な情報でした。
5. 施術方針とアプローチ
① トリガーポイント鍼治療
- 咬筋・側頭筋・内側翼突筋の過緊張を解放
- 僧帽筋・胸鎖乳突筋・斜角筋群にもアプローチし、首・肩の筋緊張を緩和
② 機能神経学的アプローチ
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胸郭可動性改善の呼吸リハビリ
→ 横隔膜の動きを促し、迷走神経優位へ -
眼球運動リハビリ(スムーズなパースートの再獲得)
→ 小脳—脳幹連携を改善し、過剰な交感神経活動を抑制 -
耳介迷走神経刺激・軽い頸部刺激
→ 自律神経の調整
③ 生活指導
- 「長時間同じ姿勢での家事を避ける」
- 「就寝前の呼吸エクササイズ」
これらを病院の服薬治療と並行し、2週間に1回、半年間継続しました。
6. 経過と変化
1~2ヵ月目
- 施術後すぐは「少し楽な時間が増えた」程度
- 発作頻度は依然として1日に数回
3~4ヵ月目
- 発作頻度が週に数回程度に減少
- 「食べ物を入れる時の恐怖が少し薄れてきた」との報告
5~6ヵ月目
- 発作的な痛みはほぼ消失
- 咀嚼時の軽い違和感のみ
- 呼吸が深くなり、肩こり・首こりも以前より改善
現在は月に1回のメンテナンスのみ。
「今は怖がらずに食事ができるんです。本当に夢みたい。」
と笑顔で話してくださいました。
7. 三叉神経痛で悩む方へ
- 「脳や血管に異常がない」と診断されることはとても重要です。
- 痛みが長引く背景には、局所だけでなく全身の自律神経や筋緊張のアンバランスが関わっていることが多いです。
- 薬だけで限界を感じている場合、体全体を整えるアプローチが有効なケースがあります。
「もう手術しかない」と思い込まず、まずは専門医に相談し、そして可能であれば全身的な調整を考えてみてください。
参考・出典論文
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Maarbjerg S, Di Stefano G, Bendtsen L, Cruccu G. Trigeminal neuralgia – diagnosis and treatment. Cephalalgia. 2017;37(7):648-657.
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Cruccu G, Finnerup NB, Jensen TS, et al. Trigeminal neuralgia: New classification and diagnostic grading for practice and research. Neurology. 2016;87(2):220-228.
-
Schmid AB, et al. The role of muscle tension and autonomic nervous system dysregulation in chronic orofacial pain. Pain Reports. 2019;4(3):e738.
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Tracey I, Mantyh PW. The cerebral signature for pain perception and its modulation. Neuron. 2007;55(3):377-391.