
はじめに
こんにちは。大阪府枚方市にある「はる鍼灸整骨院」の院長 島井浩次です。
当院では、慢性的な痛みや不定愁訴に対して、
トリガーポイント鍼治療と機能神経学的アプローチを組み合わせた施術を行っています。
「腕が痛い」「肩こりがひどい」「頭痛が続いている」など、
病院では異常なしと診断されてもつらさが続く——
そんな方が数多く来院されています。
今回ご紹介するのは、
右腕の痛みに長く悩まされていた50代女性が、
本当の原因と向き合い、少しずつ痛みとの付き合い方を見つけていった回復のストーリーです。
「私もそうかもしれない」と思いながら、ぜひ最後まで読んでみてください。
きっと、あなた自身の体にもヒントが見つかるはずです。
1:はじまりは、何気ない“右腕の違和感”だった
「なんか最近、右の腕が重だるいなぁ……」
団体職員として働くMさん(50代女性)は、毎日PC業務と事務作業に追われる生活を送っていました。
最初は前腕(肘から手首にかけて)にわずかな違和感。
そのうち、上腕(二の腕)にまで“ズーン”とした痛みが広がっていったのです。
それでも、忙しさもあって「きっと寝方が悪かっただけ」と、深く考えず放置していたそうです。
しかし、気づけば右腕を動かすたびに不快感が。
ペンを握るのも、パソコンのマウスを動かすのもつらい……。
ついには整形外科を受診することに。
2:整形外科での診断——「異常はありません」
整形外科での検査結果は「特に異常はありません」。
レントゲンにもMRIにも異常所見は見つからず、処方されたのは痛み止めと湿布だけ。
確かに薬を飲めばその場では少し楽になるものの、切れるとまた痛みが戻ってくる。
そんな“その場しのぎ”を繰り返しているうちに、気づけば肩こりや頭痛、時折感じる腰の重だるさも気になるようになってきました。
「これって年のせい?それとも何かもっと悪い病気なの?」
不安を抱えながら、Mさんはネットでさまざまな情報を調べる日々が続きました。
3:当院への来院——原因は腕ではなかった
そんな中、当院のブログを見て「もしかして私と似てるかも」と感じ、来院されました。
問診を進めていくと、以下のような情報が浮かび上がってきました。
- 仕事はPC作業中心で、1日中タイピング姿勢
- 夜はスマホを長時間、横になって見てしまう
- 息が浅く、呼吸が浅いと感じる
- 頭痛・肩こり・腰痛も慢性的にある
- 痛みは右腕の前腕と上腕の外側から前側にかけて
そして検査を進めていくと、ある意外な事実が見えてきたのです。
4:本当の原因——斜角筋と肩甲下筋の“関連痛”
Mさんの痛みの本当の原因は「腕」そのものではありませんでした。
検査の結果、以下の筋肉に顕著な圧痛(トリガーポイント)を認めました。
- 斜角筋(首の筋肉):ここは前腕や上腕外側へ関連痛を飛ばす
- 肩甲下筋(肩甲骨の内側の筋肉):ここは上腕前側や後側へ痛みを飛ばす
実際に圧痛点を押すと、「あっ、それがいつもの痛みです!」と驚かれていました。
また、眼球運動検査では輻輳反射(近くを見るときに目を寄せる働き)に左右差があり、
視覚処理にも負担がかかっている状態。これは頚部や肩回りの筋緊張と密接に関係します。
5:どうしてこうなった?——姿勢・呼吸・脳機能の関係
Mさんの症状には、いくつかの“伏線”がありました。
●長時間のタイピング姿勢
前方重心、肩甲骨は巻き込まれ、肩甲下筋に常に負担がかかる状態。
●寝転がってスマホを見る習慣
首が前に突き出た「ストレートネック」状態に。斜角筋に過剰な負荷が。
●呼吸の浅さ
呼吸による胸郭運動が低下し、横隔膜の活動性も低下。
これは自律神経や脳幹、さらに大脳皮質の下行性抑制系の働きも鈍らせる原因になります。
●脳の“ブレーキ”が弱くなると……
筋肉に過剰な負担がかかっても、それを抑える制御が効きづらくなり、トリガーポイントが形成されやすくなるのです。
つまり、「痛みの出る場所=原因」ではないということ。
これが“関連痛”というメカニズムです。
6:施術開始——まずは“体の地図”を整えることから
施術の初回、私たちが取り組んだのは、「体の誤解を解いてあげること」でした。
痛みの原因が腕ではなく、首や肩の深層筋にある——ということは、
その誤った「痛みの地図」を脳内で修正する必要があります。
●ステップ1:トリガーポイント鍼治療
斜角筋・肩甲下筋へのトリガーポイント鍼治療を行いました。
これらの筋肉は深層にあるため、鍼でピンポイントにアプローチする必要があります。
特に肩甲下筋は肩甲骨の裏側にあるため、表層からの手技では届きづらい筋肉です。
鍼を打った直後に「腕のズーンとする感じが、ふわっと軽くなった」と、早速変化を感じていただけました。
●ステップ2:眼球運動トレーニング(機能神経学)
輻輳の左右差に対応するために、特定方向への眼球運動(視標追従)を導入。
この“視覚刺激”は、脳幹や小脳へのフィードバックを強化し、
頚部や体幹筋の過剰な緊張を和らげるための鍵となります。
●ステップ3:呼吸再教育と胸郭モビリティ
呼吸が浅く、胸郭がロックされたような状態では、
脳の“安心センサー”が働かず、交感神経優位が続きやすくなります。
横隔膜の動きを意識させる呼吸誘導を行い、
胸郭の可動性を高める手技を加えることで、身体の“安全感”を取り戻していきました。
7:3回目の施術——「痛みの波」が少しずつ小さくなってきた
3回目の来院時、Mさんはこう話しました。
「痛みがゼロになったわけじゃないけど、痛み止めを飲まなくても仕事ができる日が出てきました」
これは、脳が“痛みに過敏”になっていた状態が緩み始めているサインです。
この頃から、鍼刺激後の筋反応だけでなく、
眼球運動テストでの輻輳も改善傾向が出始めました。
斜角筋の圧痛も軽減し、痛みの広がりも徐々に減ってきました。
8:6回目の施術——「スマホを見ながら寝落ちしなくなりました」
この頃になると、Mさんにある変化が現れました。
「スマホを見てても、途中で“もうやめとこ”って思えるようになったんです」
これはとても大きな進歩です。
“行動”が変わるということは、脳の制御系がしっかり働き始めた証拠。
以前は気づけば1時間以上スマホを見続けていたのが、
「気づく」→「やめる」→「寝る」へと行動がスムーズに切り替えられるようになってきたのです。
9:8回目の施術——「また痛くなりそう…」という不安が減ってきた
最終回の8回目の施術では、Mさんの表情にも明るさが出てきていました。
「正直まだ痛みはゼロじゃないけど、痛くても“焦らなくなった”んです」
私たちの体は、痛みがあっても“安心できる感覚”があれば回復に向かいます。
反対に、ほんのわずかな違和感でも「またあの痛みが来るんじゃないか」という不安があると、
それだけで脳は緊張し、痛みを大きく感じてしまうものです。
「体と心が仲直りできる」
そんな土台ができてきたのです。
10:その後——“緩解”というゴール
Mさんは現在、月に1度ほどのメンテナンスに通われています。
完全に「痛みが消えた」というわけではありませんが、
日常生活に支障が出ないレベルにまで落ち着き、
ご本人も「これくらいなら付き合っていける」と前向きに捉えられています。
▼「治癒」ではなく「緩解」へ
痛みの治療は、「完全にゼロにすること」だけがゴールではありません。
痛みと折り合いをつけながら、自分の体を理解し、整える習慣がつけば、
再発のリスクも減り、もし再び症状が出ても早く立て直すことができます。
おわりに——“痛い場所”に原因があるとは限らない
Mさんのケースは、「腕が痛いのに、首や肩が原因だった」という典型的な関連痛の例でした。
同じように、
- 腰痛の原因がふくらはぎの筋肉だった
- 頭痛の原因が目の使いすぎだった
- 肩こりの裏に呼吸の浅さがあった
ということは、実際の臨床では珍しくありません。
「どこに行っても治らない」
「年齢のせいだと思っていた」
そんな痛みや違和感がある方は、ぜひ一度、“体全体のつながり”から見直してみてください。
参考・出典論文
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Simons, D.G., Travell, J.G., & Simons, L.S. (1999). Myofascial Pain and Dysfunction: The Trigger Point Manual. Vol. 1. Lippincott Williams & Wilkins.
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Fernández-de-Las-Peñas, C., Dommerholt, J. (2018). Myofascial Trigger Points: Pathophysiology and Evidence-Informed Diagnosis and Management.
-
Boudreau, S. A., & Falla, D. (2014). “Chronic neck pain alters muscle activation patterns and pain sensitivity.” Journal of Electromyography and Kinesiology, 24(4), 502–508.
-
Schafer, R. J., Moore, T., & Leuthardt, E. C. (2011). “Functional neuroanatomy: The importance of cortical-subcortical loops.” Brain Research Bulletin, 84(3), 145–152.
-
Louw, A., Puentedura, E.J., & Zimney, K. (2016). Why Do I Hurt?: A Patient Book About the Neuroscience of Pain. OPTP.