
はじめに
こんにちは。はる鍼灸整骨院 院長の島井浩次と申します。
当院では、頭痛やめまい、耳鳴り、自律神経の乱れなど、原因がはっきりしない症状にお悩みの方への施術を行っています。
今回ご紹介するのは、「光がまぶしくて外に出るのもつらい」「音が耳に刺さる」と語っていた30代の女性が、少しずつ元の生活を取り戻していった実例です。
育児に奮闘しながら、自身の体と心を立て直していった回復のプロセスを、専門的な観点も交えながらお伝えします。
ある主婦の苦悩:光・音・頭の中がつらい…
「天気がいい日ほどつらいんです。
外に出ると、光が目に刺さるみたいで。
子供の声や、スーパーの雑音も頭に響いて気持ち悪くなる。
頭が割れそうな頭痛の日は、目の奥までズキズキして、
耳鳴りはキーンと高い音がずっと鳴っていて…。
外出はサングラスとイヤホンが必須です」
来院されたのは30代の主婦の方。
小学生のお子さんが二人いらっしゃいます。
6年前、下の子の育児が始まったころから体調に変化が出始め、年を追うごとに症状が悪化していったといいます。
- 慢性的な睡眠不足
- 食事の時間が不規則で栄養も偏りがち
- 目まいや頭痛が頻発
- 音や光に過敏になり、日常生活に支障が出る
- 片頭痛とめまいの薬を常用
家事・育児に追われながらも、「母親だから頑張らなきゃ」と自分を後回しにしてきた結果、体は限界を超えていたのかもしれません。
病院では異常なし…でも日常は崩れていく
脳神経外科、耳鼻科、眼科など複数の病院で検査を受けたそうですが、すべて「異常なし」。
「片頭痛でしょう」「自律神経失調かもしれませんね」と言われ、対症療法の薬を処方されるのみ。
「薬を飲んで寝る、でも起きるとまたつらい」の繰り返し。
ふわふわとした浮遊感、時おりグルっとくる回転性のめまい、首の強いコリと耳鳴り。
日差しや蛍光灯の光がまぶしくて、外出は困難に。
人の多い場所では、音が脳を突き刺すように響き、「子供の声すら耐えられない」とまで感じるようになったそうです。
それでも「原因が分からない」のが、何よりつらかったと語られていました。
症状を"分解"してみる:複数の神経ネットワークの関与
症状の背景を、機能神経学の観点から整理してみましょう。
●感覚過敏(光・音):脳幹レベルの感覚処理異常
光過敏や音への過剰反応は、視覚・聴覚情報を処理する脳の中枢(視床・中脳・大脳皮質)での情報の"フィルター機能"がうまく働いていない状態です。
情報を「受け取らないようにする」ブレーキが弱まり、すべてが過剰に流れ込んでしまうイメージです。
●耳鳴り:三叉神経や交感神経との関係
高音性の耳鳴りは、必ずしも耳そのものに構造的な異常があるとは限りません。むしろ、聴覚路やその周辺の神経ネットワークが過敏になっているケースが多く見られます。
中でも注目すべきなのが、三叉神経と頚部の交感神経(特に上頚神経節)の関与です。
これらは、耳の中にある耳小骨筋(とくにアブミ骨筋や鼓膜張筋)にも関係しており、過剰な緊張や持続的な興奮状態が耳鳴りの原因になることがあります。
首の筋肉(後頭下筋群や胸鎖乳突筋など)が慢性的に緊張していると、これらの神経が刺激され、結果として耳小骨筋の緊張バランスが乱れ、内耳に伝わる振動が異常に強調されてしまうのです。
つまり、耳鳴りは「聴こえの異常」ではなく、「耳に伝わる情報の“調整役”が過敏になっている」状態と言えるでしょう。
●浮遊感・回転性めまい:前庭系と位置覚異常
右手掌や右足底に見られた「位置覚異常」は、脳が身体の正確な位置を把握できず、前庭(バランス)系に混乱が生じていることを示唆します。
このような状態では、立っているだけでも無意識の不安定感が続き、結果として"ふわふわ感"やめまいにつながるのです。
施術方針:呼吸と感覚入力を整えるアプローチ
この方の施術では、以下の3つを柱にしました。
①ATP産生を促す「呼吸トレーニング」
慢性的なストレスと疲労により、細胞エネルギー(ATP)の産生力が落ちていると予想されました。
特に育児中は、呼吸が浅くなりがちで、酸素摂取も不十分になりがちです。
- 鼻呼吸の再トレーニング
- 横隔膜の可動性改善(肋骨の可動)
- 呼気延長を意識した段階的な腹式呼吸
これにより、副交感神経優位の時間を少しずつ増やし、ATPを作る環境を整えていきました。
②鍼治療:神経の興奮バランスを整える
以下の部位に重点を置いた鍼治療を行いました。
- 三叉神経領域(顔面・耳周囲)
- 頚部の交感神経節周囲(C2〜C3)
- 後頭下筋群と側頭筋
これらは、頭痛・耳鳴り・光過敏・眼精疲労に関連する神経網とつながっており、過剰な神経興奮を鎮める狙いがあります。
③機能神経学アプローチ:前庭と足の感覚入力
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右足底の位置覚修正トレーニング
裸足での刺激入力、バランスパッド、足底筋群への振動刺激 -
前庭—眼球運動連携トレーニング
座位での前庭刺激+視線安定の訓練 -
右手掌の感覚刺激+深部感覚強化
手を使った細かな運動(洗濯バサミ、握力ボール)や触圧覚入力
感覚の「再学習」によって、脳の情報処理のバランスを少しずつ整えていきました。
回復のプロセス:少しずつ「光」が戻る
初回の施術後、「頭が少しスッキリした感じがある」との反応。
3回目以降、徐々に以下のような変化が出てきました。
- 光に対する抵抗感が和らぎ、日中の外出が可能に
- 耳鳴りの音が「遠くなった感じがする」
- スーパーなど雑音の多い場所でも耐えられるように
- 子供の声が気にならなくなった
- 頭痛の頻度が減り、薬の回数も半分に
6年かけて積もった症状ですから、当然ながら一朝一夕には変わりません。
しかし、体の“感じ方”が変わり、生活の幅が広がっていくことは確実でした。
「最近、子供と一緒に公園に行けるようになったんです」
そう笑顔で話してくださった姿が印象的でした。
おわりに:症状は“感覚の誤作動”かもしれない
「異常なし」と言われたのに、生活に支障をきたすほどのつらさ。
それは、「感覚の誤作動」かもしれません。
脳と身体のセンサーが過剰に働き、必要以上に光や音、体の不調を感じてしまっている状態。
これは心の問題ではなく、神経ネットワークの誤作動です。
そこに対して、鍼治療や感覚刺激の再教育が有効なケースは多くあります。
薬だけに頼らず、「体の声」に耳を傾けるアプローチもあることを、知っていただけたら嬉しいです。
出典・参考文献
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Tracey, K. J. (2002). The inflammatory reflex. Nature, 420(6917), 853–859.
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Balaban, C. D. (2002). Neural substrates linking balance control and anxiety. Physiology & Behavior, 77(4–5), 469–475.
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Borsook, D. (2012). A neural signature of migraine. Pain, 153(8), 1633–1634.
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DaSilva, A. F., et al. (2008). Repetitive transcranial magnetic stimulation modulates cortical plasticity in chronic migraine. Headache, 48(8), 1214–1219.
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Rolke, R. et al. (2006). Quantitative sensory testing in the German Research Network on Neuropathic Pain. Pain, 123(3), 231–243.