
こんにちは。はる鍼灸整骨院のブログへようこそ。
「なんだか最近、長時間座っていると腰が重い…」
「立ち上がる時に“イタタッ”と声が出る」
そんなお悩みを抱えていませんか?
実はその腰痛、単なる“座りすぎ”ではなく、もっと深い神経学的な理由が隠れているかもしれません。
今回は、「なぜデスクワークが腰痛を引き起こすのか?」という疑問を、最新の神経生理学の視点から解き明かし、鍼治療と機能神経学がどのようにこの問題にアプローチできるかをわかりやすくご紹介します。
腰は“サボっている”のではなく、“黙って疲れている”
まず知っておいていただきたいのは、腰痛は「突然起こるもの」ではない、ということです。
デスクワークは、実は“無音のストレス”です。
目立った動きがなく、静かに時間が過ぎていく中で、身体はじわじわと負担を溜め込みます。
これはまるで、水道の蛇口から1滴ずつ垂れる水が、いつの間にかコップを満たすようなもの。
最初は気づかず、気づいた時にはもう溢れているのです。
この「溢れ」が、腰痛という形で現れるわけです。
不動状態が神経系に与える“静かなダメージ”
デスクワークの姿勢は、多くの場合「動かない」ことが基本です。
しかし、実はこの“動かない”ことこそが、神経系にとっては危険信号。
■ 不動による感覚入力の減少
人間の身体は、「動くことで生きている」と言っても過言ではありません。
関節が動けば関節包の受容器が、筋肉が収縮すれば筋紡錘が、皮膚が伸び縮みすれば触圧覚受容器が脳に信号を送ります。
これらの「求心性入力(感覚のフィードバック)」が脳に届くことで、脳は常に「今、自分の身体がどうなっているか」を把握し、適切な出力(筋肉を動かすなど)を返しています。
ところが、長時間じっとしていると、これらの感覚入力が激減します。
感覚入力は減少すればするほど、大脳皮質の活動も落ち込み、脳の“地図”がぼんやりと曖昧になってしまいます。
これは、例えるなら「電気の通っていない交差点の信号機」。車はどっちに進めばいいのか分からず、渋滞や事故が起こりやすくなるのです。
呼吸の浅さが“エネルギーの火種”を消してしまう
■ 呼吸低下によるATP産生の減少
不良姿勢で座っていると、横隔膜の動きが制限され、呼吸が浅くなります。深い呼吸ができないと、体内の酸素供給が不足し、エネルギー源であるATP(アデノシン三リン酸)の産生が落ちてしまいます。
ATPは、神経が活動するための“燃料”のようなもの。
燃料が足りなければ、神経は正確に働けません。
つまり、神経の興奮性や情報伝達が不安定になり、筋肉のトーンや血流の調整が狂ってしまうのです。
“脳”が疲れてくると、体はもっと悲鳴を上げる
■ 大脳皮質の機能低下 → 脳幹網様体の機能低下
大脳皮質の活動が落ちると、脳幹にある“網様体”という構造にも影響が出ます。
網様体は、覚醒レベルの調整や筋緊張、姿勢の安定に関わる、いわば「司令塔」のような存在。
ここが弱ると、交感神経や姿勢筋群の制御が乱れ、腰部の筋肉に過剰な緊張や不安定さが生じやすくなります。
■ IML(脊髄中間外側核)の抑制低下 → 交感神経優位
脳幹や大脳皮質の抑制が緩むと、IML(交感神経の出発点)が抑制されず、交感神経が優位になります。
交感神経優位になると、末梢血管が収縮し、筋肉への血流が減少。
すると、局所的に酸欠・栄養不足の状態に陥り、筋肉が過緊張状態となって痛みを感じやすくなります。
この状態は、まるで給水されないエンジンがオーバーヒートするようなもの。
動かしても冷えない、回しても回らないのです。
■ 脊髄前角の抑制低下 → 筋緊張のコントロール低下
前角は筋肉へ信号を送るモーター神経がある部分ですが、ここに対する抑制もまた、感覚入力と皮質の活動が落ちることで弱まります。
すると、筋肉がリラックスできず、常に「ブレーキの利かないアクセル全開」のような状態に。
腰回りの筋肉がいつも張りっぱなしになり、痛みが慢性化してしまうのです。
悪循環の完成形―不良姿勢と呼吸低下のスパイラル
不良姿勢になると、呼吸が浅くなる
↓
呼吸が浅くなるとATPが減り、神経系の活動が落ちる
↓
大脳皮質の機能が落ち、姿勢を修正できなくなる
↓
さらに不良姿勢が強まり、呼吸はもっと浅くなる
この「ネガティブ・スパイラル」に陥ると、腰痛はなかなか改善しません。
痛み止めを飲んでも、マッサージをしても、一時的な効果しか得られないのは、この“中枢”の問題が解決されていないからなのです。
鍼治療と機能神経学の役割
ここで登場するのが、「鍼治療」と「機能神経学アプローチ」です。
■ 鍼による求心性入力の再構築
鍼刺激は、皮膚・筋肉・腱に分布する多種の感覚受容器を刺激し、脳への感覚入力を一気に高めます。
これにより、ぼやけていた“身体の地図”が再構築され、筋緊張や関節運動の調整がしやすくなります。
さらに、鍼刺激は脊髄~脳幹レベルでの“前角抑制”を回復させる効果があることが、動物実験などでも示唆されています。
■ 自律神経のバランス調整
鍼治療によって、IMLや延髄の求心性入力が活性化されることで、交感神経の過緊張が抑えられ、副交感神経の働きが回復していきます。
これはまるで、「ブレーキを踏みながら、アクセルを少しずつ緩めていく」ようなもの。
末梢の血流が改善し、腰部の筋肉がふわっと緩んでいきます。
■ 機能神経学的評価による“脳の偏り”への対応
当院では、目の動き、前庭系、姿勢、呼吸、筋の緊張バランスなどを多角的に評価し、「脳のどの領域が働いていないか」「その結果、どこに負担がかかっているか」を判断します。
例えば、「左の前頭葉が働きづらくなっている→体幹左側の姿勢筋が弱化→骨盤が右に傾いて腰痛を生じている」といった、神経ネットワーク全体の構造から解決策を見出します。
このように、「腰だけを見る」のではなく、「脳と神経のネットワークから腰を見直す」ことが、根本改善につながるのです。
あなたにできること―簡単なセルフケアも紹介
以下の3つを意識するだけでも、腰痛予防に役立ちます。
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1時間に1回、3分間の「立ち上がりリセット」
→軽く伸びたり、足踏みをして感覚入力を再開しましょう。 -
深呼吸を意識する(1日5セット)
→椅子に座ったままでOK。腹式呼吸で横隔膜を動かしましょう。 -
左右交互の目の運動(眼球運動)
→視覚前庭系を活性化することで、脳幹と姿勢制御が向上します。
終わりに:腰痛は、体のSOS。神経の声に耳を傾けよう
デスクワークによる腰痛は、「悪い座り方」という単純な問題ではなく、「神経の機能低下」という深い問題のサインかもしれません。
だからこそ、マッサージや湿布だけで終わらせず、脳と神経を整える施術という視点で、身体全体のバランスを見直してみてください。
当院では、鍼治療と機能神経学的アプローチを組み合わせて、腰痛の根本改善を目指しています。
ご質問や施術のご相談があれば、お気軽にお問い合わせください。腰痛と向き合うあなたを、神経レベルで全力サポートいたします。
出典・参考論文
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Napadow V, et al. Brain correlates of autonomic modulation: combining heart rate variability with fMRI. Neuroimage. 2008;42(1):183-195.
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Sato A. Autonomic neurotransmission and visceral reflexes. Jpn J Physiol. 1995;45(5):449-470.